自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪が成立するためには、被害者に判断能力がなければならない
自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪(刑法202条)にいう「自殺」は、自由な意思決定に基づき、行為者自身が、自身の生命を絶つことです。
なので、自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪が成立するには、自身の命を絶とうとする行為者自身(被害者)が、
- 死の意味を理解し得る能力
- 自由に意思を決定し得る能力
の2つを有している必要があります。
従って、この能力を欠く
- 幼児
- 心神喪失者
の行う自殺は、自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪における「自殺」と評価されません。
例えば、一家心中において、親が子どもを道連れにする場合、子どもの死が自殺の形態を採っていても、その子供が、「死の意味を理解し得る能力」と「自由に意思を決定し得る能力」を有する年齢に達していない場合は、生き残った親には、子どもに対する刑法202条の罪(自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪)ではなく、殺人罪(刑法199条)が成立します。
精神病者であり、判断能力を欠くものを自殺させた場合も、刑法202条の罪(自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪)ではなく、殺人罪が成立します。
「死の意味を理解し得る能力」と「自由に意思を決定し得る能力」のない者の殺人の嘱託・承諾は、有効なものとして取り扱われず、嘱託殺人や承諾殺人ではなく、殺人罪となります。
判例
上記の点に関し、参考となる判例として、以下のものがあります。
被害者が精神病者であって、通常の意思能力もなく、自殺が何のかを理解せず、しかも被告人の命ずることは何でも服従するのを利用して、首つり死の方法を教えて死亡するにいたらしめた事案で、殺人罪が成立するとしました。
裁判官は、
と判示し、刑法202条の罪(自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪)ではなく、殺人罪が成立するとしました。
大審院判決(昭和8年4月19日)
愚鈍で被告人を信じることに厚い被害者に保険を掛けた上、「仮死状態に陥る薬品なるものを服用すれば、首をつっても一時仮死状態に陥るだけで、後で他の薬を使用して蘇生させることができる」旨欺いて、首つり死をさせた事案で、刑法202条の罪(自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪)ではなく、殺人罪が成立するとしました。
大審院判決(昭和9年8月27日)
5年11月の幼児であって、自殺の何たるかを理解する能力のない者は、自己を殺害することを嘱託又は承諾する適格がないと判示しました。
裁判官は、
- 自殺の何たるかを理解するの能力なき幼児は、自己を殺害することを嘱託し又は殺害を承諾するの能力なきものとす
と判示しました。
大阪高裁判決(昭和29年7月30日)
親子心中の事案において、精神遅滞に近い知能の子供(A子)につき、普通の事理弁識能力がなく有効な嘱託・承諾能力がないとし、嘱託殺人罪又は承諾殺人罪は成立せず、殺人罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法第202条にいう被殺者の嘱託又は承諾の有効なるがためには、普通の事理弁別の能力を有する状態においてこれがなされることを要し、かかる能力のない者のなした嘱託又は承諾は有効に成立しないものと解すべきである
- 原判決の証拠によれば、A子は小さい時から頭が悪く医学上の痴愚に近いような精神状態の者であったことが明白である
- 従って、A子は精神障害により普通の事理を弁別するの能力を欠いていた者と認むべく、A子のなした言動によって本件殺害行為につき、法の定める嘱託又は承諾があったとは到底認めることができない
と判示しました。
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