刑法(自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪)

自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪(5) ~「嘱託殺人罪・承諾殺人罪における嘱託・承諾は、真意に基づくものでなければならない」を解説~

嘱託殺人罪・承諾殺人罪における嘱託・承諾は、真意に基づくものでなければならない

 刑法202条の嘱託殺人罪・承諾殺人罪は、被殺者の依頼を受け、又はその承諾を得て、被殺者を殺害する犯罪です。

 そして、嘱託殺人罪・承諾殺人罪における嘱託・承諾は、

真意に基づくもの

でなければなりません。

殺人の嘱託・承諾が真意に基づくものでないとして、嘱託殺人罪・承諾殺人罪の成立を否定した事例

 殺人の嘱託・承諾が真意に基づくものでないとして、嘱託殺人罪・承諾殺人罪の成立を否定した事例として、以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和33年1月23日)

 精神的能力が低く、脳出血のため左半身不随となり入院中の被害者が「死にたい」と言っていたのを真意ではなかったものと認め、承諾殺人罪は成立せず、殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被害者は、被告人に時々「死にたい」「死にたい」とロ走ったことがあり、昭和30年夏頃からはその回数も多くなり、時には薬局から毒薬を買って来て飲ませてくれと言ったこともあるが、Bが死にたいと言うことを口にするのは、便を催すときとか食事をするとき又は身体を拭かせるときなど自分の意のままにならぬのを立腹して言うことが多く、また良い薬があればお前らの手をかけずに死ねると言う趣旨のことを冗談のようにいう状態であった
  • Bのこのような言葉は、その本心とは思っていなかった等の事情から見て、Bが本件当日、用便の始末をしていた被告人に対し「死にたい」と言ったと言うのも、これをもって真実被告人に自分を殺してくれることを嘱託した意思表示と認めることはできない
  • Bが昇汞(※毒物)の水溶液服用した後、被告人に毒を飲まされたことを知りながら、これについて被告人に恨み言を述べなかったとしても、これにより本件行為が遡って承諾による殺人に当ると解することもできない

と判示し、承諾殺人は成立せず、殺人罪が成立するとしました。

広島地裁判決(昭和34年4月7日)

 ヤクザ社会の不義理から、ヤクザ組員の被告人が「上の命令だから死んでもらわねばならぬ」とヤクザ組員の被害者Mに言い、被害者Mは「分かっております。ありがとうございます」と答え、なんら抵抗することなく、被害者Mが被告人から絞殺された事案で、被害者Mの承諾はとうてい自由な真意に基づくものと認め難いとされ、承諾殺人罪ではなく、殺人罪が成立するとされた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人らは、被害者Mを連れ出し、犯行現場に赴く途中の自動車内において、車内で殺害行為に出る寸前にMに対し「上からの命令だから死んでもらわねばならぬ。往生してくれ。命日には必ず線香を上げてやる」などと申し聞けたのに対し、Mは「分かっております。ありがとうございます」などと答え、何ら抵抗するところがなかったことが窺知できるけれども、…前記問答の如きは単に殺害の直前いわゆる因果をふくめて覚悟を促したに過ぎず、Mもまた逃れられずと観念し覚悟のほどを示したに過ぎないものであって、これをもって殺人に対する承諾があったと認めるべきものではない
  • 仮にこれを承諾であるとしても、刑法第202条後段の承諾殺人における承諾は、自由な真意に基づいたものであることを要するところ、判示の如き状況の下において為された右承諾の如きは到底自由な真意に基いたものとは認め難い
  • なお、弁護人らは、被告人らの属するようないわゆる「やくざ」の社会には、本件のような不義理をしたときは、その制裁として生命を奪われても致し方がないという掟があり、Mもこれを知って右の社会に入っていたのであるから、すでにこの時においてあらかじめ殺人に対する承諾があったと認めるべき旨主張するけれども、私的制裁として人命を奪うというが如きことは、著しく違法な内容を持つものであって、如何なる意味においても拘束力を有するものではないから、右の主張は到底採るを得ない

と判示し、承諾殺人罪ではなく、殺人罪が成立するとしました。

大阪地裁判決(昭和56年3月19日)

 被告人が前妻Hに復縁を迫ったものの、それが絶望的となったことから、Hを殺害した上、自殺しようと決意し、包丁をHの首筋に付けたまま「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と申し向けたところ、Hが真っ青な顔をして震えながら頭を縦にふったとしても、この動作をもって任意かつ真意に基づく承諾があったものとは認められないとし、承諾殺人罪ではなく、殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と申し向けたところ、被害者Hが頭を縦に振ってうなずいたような動作をしたことが認められる
  • しかしながら、そもそもHの右のような動作を、自分が殺されることを認識した上でこれを承諾する旨の意思表示をしたといいうるか疑問であるばかりか、仮にHが被告人の右発言を聞いて自分が殺されることを知って頭を縦に振ったとしても、それをもって刑法202条後段にいう承諾があったと認めることはできない
  • すなわち、同条後段にいう承諾があったとするには、それが被害者の妊意かつ真意に出たものであることを要するところ(最高裁昭和33年11月21日第ニ小法廷判決)、関係証拠によれば、Hは、被告人と別居したことや離婚届を出したことで格別衝撃を受けたり、あるいは悲しんだりしたような事情は認められないのに、被告人は、復縁がかなわなければHを殺して自分も死のうと考えて、犯行当日いきなりHのいる部屋に上がり込み、Hの肩に左腕をまわし、右手に持った包丁をHの首筋に突きつけてHの母親らを遠ざけ、さらに、これらの人々が被告人の言動に恐怖して戸外で騒ぎ立てていたため、復縁はかなわないと感知して「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と言ったときも、被告人は包丁をHの首筋に突きつけており、その間、Hは真っ青な顔をして震えていたことが認められるのである
  • このように凶器を間近に突きつけられて恐怖のただ中におかれたHが頭を縦にふる動作をしたとしても、これをもって殺されることについて任意かつ真意に基づいて承諾をしたものと認めることは到底できない
  • さらに、本件において、錯誤によって承諾殺人罪が成立するかについて検討するに、刑法202条後段にいう承諾かあったことについて錯誤があったというためには、任意かつ真意に基づく承諾があった旨の誤信をすることを要すると解されるところ、前記のとおり、被告人は、Hが刃物を間近に突きつけられ、真っ青な顔をして震えながら頭を縦に振ったと思って、直ちにHを突き刺しているのであって、Hが当時任意かっ真意に基づいて承諾をなしえないような状況のもとに置かれていたことを被告人も十分認識していたことが認められ、その他に右認定を左右するに足りる証拠は見出し得ない

と判示し、承諾殺人罪ではなく、殺人罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和61年5月1日)

 シンナー中毒で暴力を振るう被告人の実弟Aに対し、母親S子が「あんたが死んでくれれば一番みんなが助かる。シンナーでもかぶって死になさい。火をつけてやるから燃えて死になさい」と言ったところ、反抗的な態度で、「よし、シンナーをかぶって死んでやる」などと言い返し、さらに紙に「ぼくは、死にます」と書いて署名指印した後、被告人が実弟Aの身体にシンナーをかけて点火し、全身火傷を負わせて死亡させた事案で、実弟Aの任意かつ真意に出た承諾はなかったと認め、承諾殺人罪は成立せず、殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • Aは、それまでにしばしば死ぬと口にしたことがあったものの、自殺の着手行為にすら及んだことがなく、また、これまでAがシンナーをやめるとロで言ったり書いたりしたことがあったのにいっこうにこれをやめず、また、何度も家を出ると言って出て行ったのにすぐ戻って来ていたところから、被告人及び母親S子は、今回Aが「死んでやる。」と言っても、それはいつものうそか冗談であり、遺書もいい加減なものであると考え、本気にしていなかったこと、Aが自己の身体、着衣に引火するまで外見上平然としていたのは、シンナーの影響もあって、死に至る危険を切実に感じなかったものか、又は点火されることはあるまいとたかをくくっていたものと認め得ること、Aは引火後苦しさに耐えかねて風呂場の浴槽に飛び込み、その場に来た被告人や母に自己の非を詫びたこと、本件の際、Aが真に死ななければならなかったような特段の事情も見当たらない上、Aが正常な判断能力の下に真剣に死を決意したとは到底考えられない状況であったことなどにかんがみると、当時Aに殺されることについての任意かつ真意に出た承諾はなかったと認めるのが相当である

と判示し、承諾殺人罪は成立せず、殺人罪が成立するとしました。

嘱託が真意に基づくものと認めた事例

 上記裁判例とは反対に、嘱託が真意に基づくものと認めた事例として、以下の裁判例があります。

浦和地裁判決(平成4年12月25日)

 被告人が被害者Aの依頼により、Aを絞殺した事案で、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪が成立するとした事例です(被告人とAは犯行直前まで交際していた関係)。

 裁判官は、

  • Aは、被告人がベルトの両端を引っ張りAがむせたときも抵抗しなかったばかりか、さらに進んで、カが入りやすいようにとベルトの一端を手すりに固定して他方の一端を被告人に持たせて両手で引っ張らせるという段取りを自ら行っているのであり、また、それを受けて被告人が両手でベルトを引っ張った際も、死に至るまでの2ないし3分間の間全く抵抗していないと認められるのである
  • これらの態度は、Aの嘱託が虚言ではなく真意に基づくものであることの明らかな証左であるというべきである
  • そして、Aは、被告人との間で別れ話が出ると死をほのめかし、自殺を企図するかの如き行動に何回か出ていること、犯行現場には「ここから飛び降りて死にます。なお、花子さんと一切関係ありません」との落書きを残しており、以前から死を意識していたと認められること、さらに殺害直前には本件現場において、あらかじめ携帯し被告人に突き出していた千枚通しを被告人に手渡し、前記認定のとおり、自分を殺すよう執拗に迫り、自ら仰向けになって寝転び、被告人をその上に馬乗りにさせて胸を刺すように迫ったこと、Aはその虚言癖の故に友人・職場・家庭からも見放され、果ては被告人のクレジットカードを不正使用し、郵政監察官の取り調べを受けたことで刑務所に行かねばならないと思い込み、これが原因となって被告人から別れ話を持ち出されたことと相まって、将来に絶望していたと認められることからしても、Aが本件犯行当時、自らの命を絶つべく被告人に対し真摯に殺害を嘱託したものと見るのが相当である

と判示し、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪が成立するとしました。

横浜地裁判決(平成17年4月7日)

 被告人(父)は、被害者T(被告人の二男)に包丁を持たせて、木に足をかけて登らせ、木にくくりつけたロープの輪の中にTの首を掛けさせた上、Tの足をその木の枝から離させ、首をロープで吊った状態にした後、Tが「早く楽になりたい。」などと言って包丁を差し出したのでそれを受け取り、Tの胸部を2回突き刺して殺害した事案で、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被害者の着衣に乱れ等もなく、犯行現場に争ったような形跡も認められず、被告人と被害者の年齢・体格等を考え併せれば、被害者が自ら木に登って首を吊ったことは動かし難いところであり、被害者が自己の死を認容し被告人に殺害されることを承諾していた事実が強く窺われるというべきである
  • 加えて、前記犯行に至る経緯のとおり、被害者は、勤めていた会社を解雇され、復職を頼んだものの断られて、平成16年4月以降、鬱的な症状にあり、同年5月20日ころには自らロープを購入して首を吊ろうとしていたなど、自殺願望があったと窺えること、同年6月中旬には兄に気力がない旨打ち明け相当落ち込んだ様子であったこと、事件当日も、被告人が被害者に「これから散歩に行くぞ。」などと告げると、自らロープと包丁を持ち出し、何ら抵抗することなく本件犯行現場まで赴いていること、本件当日の被告人の日記に「今日はとうとうニ男の自殺を手伝ってしまう。」旨の記載があり、被告人が被害者に自殺意思があったとの認識で行動していたことが窺えることなど、被害者には真意の承諾を窺わせる事情が認められる

と判示し、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪が成立するとしました。

大阪高裁判決(平成10年7月16日)

 SMプレイ性癖のある被害者から、いわば究極のSMプレイとして下腹部を刃物で刺すことを依頼され、サバイバルナイフで突き刺して殺害したという事案で、被害者が死の結果を望んでいなかったとしても、死の結果に結びつくことを十分認識しながら依頼したものである以上、真意に基づく嘱託と解する妨げとならないとして、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被害者自身が死亡することの意義を熟慮し、死の結果そのものを受容し、意欲していたものではないとする点については、そのような認定を否定することはできないが、もしそうだとすると、被害者は、究極のSMプレイとして下腹部をナイフで刺すことを被告人に依頼しながら、その結果惹起されるであろう死の結果はこれを望んでいないという心理状態にあったわけである
  • しかし、死の結果を望んでいるか否かは必ずしも嘱託の真意性を決定付けるものではないというべきである
  • もちろん、自己が依頼した行為の結果が死に結びつくことを全く意識していない場合は「殺害」を嘱託したことにはならないだろうが、死の結果に結びつくことを認識している場合には、たとえ死の結果を望んでいなくても、真意に基づく殺害の嘱託と解する妨げとはならないとすべきである
  • そして、本件の被害者は、ナイフで下腹部を突き刺す行為が死に結びつくことは十分認識していたと認めるのが相当である
  • 要するに、被害者は、死の結果に結びつくことを十分認識しながら、いわば究極のSMプレイとして、下腹部をナイフで刺すことを被告人に依頼したものであり、真意に基づいて殺害を嘱託したものと理解する余地が十分にあるといわなければならない

と判示し、殺人罪ではなく、嘱託殺人罪が成立するとしました。

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