前回の記事の続きです。
前回の記事では、公判手続における6つの基本ルールである
- 公開主義
- 当事者主義
- 口頭弁論主義
- 直接主義
- 継続審理主義
- 予断排除の原則
のうち、④直接主義と⑤継続審理主義を説明しました。
今回の記事では、⑥予断排除の原則を説明します。
予断排除の原則とは?
予断排除の原則とは、
裁判所は、第1回公判期日(1回目の公判)には、起訴された事件についての偏見又は予断を持たすに審理に臨まなければならないとする原則
をいいます。
具体的には、予断排除の原則を実現するために、
- 検察官は、1回目の公判までは、事件に関する証拠を裁判官に提出してはならない
- 裁判官は、1回目の公判で初めて検察官から提出される証拠を目にし、事件の内容を知る
という手続がルール化されており、これにより予断排除の原則が実現されています。
予断排除の原則は、憲法37条1項が規定する公平な裁判を実現させるためにあります。
予断排除の原則は、裁判官が公判期日に公判廷に提出された証拠のみによって事件に対する心証を得るような仕組みを作ることで、裁判官の事件に対する予断や偏見がないようにし、公平な裁判を実現しようとするものです。
起訴状一本主義
予断排除の原則が表れている法手続の代表例として、起訴状一本主義があります(刑訴法256条6項)。
検察官は、公訴提起に当たり(事件を起訴するに当たり)、起訴状には、裁判官に事件について予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならない
とし、検察官が起訴時に裁判所に提出するのは、起訴状のみであって、
- 捜査記録や事件の証拠物を起訴状に添付すること
- 捜査記録や証拠の内容を起訴状に記載すること
は許されないことをルール化しており、このルールを起訴状一本主義と呼びます。
予断排除の原則、起訴状一本主義に関する判例
予断排除の原則、起訴状一本主義に関する判例として、以下のものがあります。
起訴状に被告人の前科・前歴、余罪の存在などを記載することは、予断排除の原則に反して違法とされる場合がある
起訴状に被告人の前科や前歴(警察に検挙されたが、裁判にかけられていないなどして判決を受けていない犯罪歴)、余罪の存在などを記載することは、予断排除の原則に反し、違法とされる場があります。
前科の存在は、それが公訴事実の構成要件となっている場合、例えば、
- 常習累犯窃盗における前科の存在(常習累犯窃盗は、前科の存在を公訴事実に記載することが必要な犯罪である)
- 前科の存在が公訴事実の内容となっている場合(例えば「前科をばらず」と言って恐喝した場合で、前科の存在を手段とした恐喝した場合)
などを除いては、前科を起訴状に記載することは違法となります。
この点について述べた判例として、以下のものがあります。
裁判官は、
- 刑訴256条が、起訴状に記載すべき要件を定めるとともに、その6項に、「起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない」と定めているのは、裁判官が、あらかじめ事件について、なんらの先入的心証を抱くことなく、白紙の状態において、第一回の公判期日に臨み、その後の審理の進行に従い、証拠によって事案の真相を明らかにし、もって公正な判決に到達するという手続の段階を示したものであって、直接審理主義及び公判中心主義の精神を実現するとともに、裁判官の公正を訴訟手続上より確保し、よって公平な裁判所の性格を客観的にも保障しようとする重要な目的をもっているのである
- すなわち、公訴犯罪事実について、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項は、起訴状に記載することは許されないのであって、かかる事項を起訴状に記載したときは、これによってすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする
- 本件起訴状によれば、詐欺罪の公訴事実について、その冒頭に、「被告人は詐欺罪により既に2度処罰を受けたものであるが」と記載しているのであるが、このように詐欺の公訴について、詐欺の前科を記載することは、両者の関係からいって、公訴犯罪事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項にあたると解しなければならない
- もっとも、被告人の前科であっても、それが、公訴犯罪事実の構成要件となつている場合(例えば、常習累犯窃盗)又は公訴犯罪事実の内容となっている場合(例えば、前科の事実を手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であって、これを一般の前科と同様に解することはできないから、これを記載することはもとより適法である
と判示しました。
起訴状に脅迫文書のほぼ全文を記載したことにつき、起訴は無効ではないとした判例
恐喝の手段として被害者に郵送された脅迫文書のほぼ全文を記載した起訴状につき、起訴は無効ではないとした判例があります。
裁判官は、脅迫文書のほぼ全文を記載した起訴状について、
- 少しでもこれを要約して摘記すべきであるが、その文書の趣旨が婉曲暗示的であって、これを要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその趣旨が判明し難いような場合には、その文書の全文とほとんど同様の記載をしても、起訴を無効とすべきではない
としました。
起訴状に犯行動機を記載することは、違法ではないとした判例
起訴状に犯行動機を記載すること違法でないとした判例があります。
殺人事件の事案で、裁判官は、
- 犯罪の経緯、動機を記載した起訴状は刑訴の規定に違反するものとは認められない
としました。
被告人の経歴、素行、性格を起訴状に犯行動機を記載することは、違法でないとした判例
被告人の経歴、素行、性格を起訴状に犯行動機を記載すること違法でないとした事例として以下の判例があります。
恐喝・暴行の事件で、裁判官は、
- 刑訴256条6項によれば、起訴状には事件につき予断を生ぜしめるおしれのある内容のものを引用してはならないのであるから、起訴状を作成する場合にはこの点につき慎重に考慮しなければならぬことはいうまでもない
- そして、一般の犯罪事実を起訴状に記載するに当たり、犯罪事実と何ら関係がないのにかかわらず被告人の悪性を強調する趣旨で被告人に前科数犯あることを掲げるごときは、前記規定の趣旨から避くべきであることも論がないところである
- しかし、本件で起訴された恐喝罪の公訴事実のように、一般人を恐れさせるような被告人の経歴、素行、性格等に関する事実を相手方が知っているのに乗じて恐喝の罪を犯した場合には、これら経歴等に関する事実を相手方が知っていたことは、恐喝の手段方法を明らかならしめるに必要な事実である
- そして、起訴状に記載すべき公訴事実は訴因を明示しなければならないのであり、訴因を明示するには、できる限り日時、場所、方法をもって罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないこともまた前記刑訴256条3項の規定するところであるから、本件起訴状に被告人の経歴、素行、性格等に関し近隣に知られていた事実の記載があるからとて違法であるということはできない
と判示しました。
傷害・暴行・脅迫の事件で、裁判官は、
- 起訴状冒頭記載の「被告人は博徒の親分であるが」との記載は被告人の経歴を示したもので、裁判官に予断を生ぜしめるおそれある事項に当らない
としました。
予断排除の原則、起訴状一本主義が表れた法
予断排除の原則、起訴状一本主義が表れた法として、以下のものがあります。
起訴状と一緒に裁判官に差し出す逮捕状と勾留状は、起訴状一本主義に反しない
検察官は、逮捕・勾留されている被告人について公訴を提起したときは、逮捕状・勾留状を裁判所の裁判官に差し出さなければならないことが、刑訴法規則167条1項に定められています。
これは、手続上の要請に基づくものであるため、起訴状一本主義には反しないとされています。
公訴時効の停止を証明するための資料提出において、裁判官に予断を生じさせる資料を提出してはならない
検察官は、公訴時効の停止(刑訴法255条)を証明するために、被告人が国外にいたこと又は、被告人が逃げ隠れていたため有効に起訴状・略式命令の謄本の送達ができなかったことを証明する資料を裁判所に提出する場合があります(刑訴法規則166条本文)。
そして、刑訴法規則166条ただし書において、裁判所に事件について、予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を提出してはならないと規定しており、ここに予断排除の原則、起訴状一本主義が表れています。
起訴状一本主義に違反した公訴の提起は無効となり、公訴が棄却される
起訴状一本主義に違反した公訴の提起は、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効となり、判決で公訴が棄却されます(刑訴法338条4号)。
さらに、いったん裁判所に予断を生せしめるおそれのある事項を起訴状に記載したときは、その違法性は治癒できないとされます。
この点を判示した以下の判例があります。
裁判官は、
- 刑訴256条が、起訴状に記載すべき要件を定めるとともに、その6項に、「起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない」と定めているのは、裁判官が、あらかじめ事件について、なんらの先入的心証を抱くことなく、白紙の状態において、第一回の公判期日に臨み、その後の審理の進行に従い、証拠によって事案の真相を明らかにし、もって公正な判決に到達するという手続の段階を示したものであって、直接審理主義及び公判中心主義の精神を実現するとともに、裁判官の公正を訴訟手続上より確保し、よって公平な裁判所の性格を客観的にも保障しようとする重要な目的をもっているのである
- すなわち、公訴犯罪事実について、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項は、起訴状に記載することは許されないのであって、かかる事項を起訴状に記載したときは、これによってすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする
と判示しました。
公訴提起を受けた裁判所の裁判官が、第1回公判期日の前に、事件の証拠を目にしないようにし、事件についての予断や偏見を抱かないようにするための法手続
公訴提起を受けた裁判所の裁判官が、第1回公判期日の前に、事件の証拠を目にしないようにし、事件についての予断や偏見を抱かないようにするために設けられた法手続として、以下の1⃣~8⃣があります。
1⃣ 第1回公判期日までは、勾留に関する処分は事件の審判に関与しない裁判官が行う
公訴提起後、第1回公判期日までは、勾留に関する処分(勾留、勾留更新、接見禁止、勾留取消し、勾留理由開示、勾留執行停止、保釈など)は、公訴提起を受けた裁判所(受訴裁判所)ではなく、事件の審判に関与しない裁判官が行う必要があります(刑訴法280条1項、刑訴法規則187条)。
2⃣ 第1回公判期日までは、被疑者又は弁護人の証拠保全請求、検察官の証拠保全としての公判期日前の証人尋問の請求は、裁判所ではなく、裁判官に対して行う
被告人、被疑者又は弁護人の証拠保全請求(刑訴法179条)、検察官の証拠保全としての公判期日前の証人尋問の請求(刑訴法226条、227条)は、いずれも第1回公判期日前に限ってできますが、その請求は、公訴提起を受けた裁判所ではなく、裁判官に対して行う必要があります。
これは、第1回公判期日前に証拠保全請求や証人尋問請求を受けることで、公訴提起を受けた裁判所をして事件の証拠を把握するのは予断排除の原則に反するので、それらの請求を裁判官に限定することで、予断排除の原則に反しないようにするものです。
3⃣ 第1回公判期日前の裁判官の裁判に対する不服申立ては、「抗告」ではなく「準抗告」である
第1回公判期日前の裁判官の裁判に対する不服申立ては、「抗告」ではなく「準抗告」というかたちが採られます。
「抗告」は、裁判所がした裁判(決定)に対して、上級裁判所に不服を申し立てる場合に用いる規定です(刑訴法419条~434条)。
「準抗告」は、裁判官がした裁判(命令)に対して、原裁判所(準抗告の対象となる裁判をした裁判所)に不服を申し立てる場合に用いる規定です。
準抗告は、刑訴法429条に規定があり、具体的には、裁判官の行った
- 忌避の申立を却下する裁判
- 勾留、保釈、押収又は押収物の還付に関する裁判
- 鑑定のため留置を命ずる裁判
- 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
- 身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
に対し不服を申し立てるときに「準抗告」という用語が用いられます。
予断排除の原則があるため、上記①~⑤の項目に関する裁判は、裁判所が行うことができず、裁判官が行うことになります。
「抗告」は、その性質上、裁判所の裁判に対する不服申立てなので、裁判官の行った上記①~⑤の項目に関する裁判に対しては、「抗告」の規定が使えません。
そこで、「準抗告」の規定を設けることで、裁判官の行った上記①~⑤の項目に関する裁判に対して不服申し立てができるようになっています。
ここで、準抗告の宛先は、裁判官ではなく、裁判所となることから、予断排除の原則を破るのではないかという疑問が生じますが、準抗告を請け負う裁判官は、事件の公判に参加しない裁判官が選ばれるので、予断排除の原則には反しないという理解になります。
【参考】裁判官が行う被疑者・被告人に対する移送の同意に対しても準抗告ができる
刑事施設に留置されている被疑者又は被告人を他の刑事施設に移送させる場合、検察官は、裁判官から移送の同意を得る必要があります。
例えば、A警察署に留置されている被疑者又は被告人をB刑務所に移す場合が該当します。
この移送の同意も刑訴法429条1項2号の裁判(勾留の裁判)に当たり、被告人又は弁護人は、裁判官のした移送の同意に対して準抗告することができます。
この点を判示した以下の判例があります。
移送同意の裁判に対し、弁護人が準抗告を行った事案で、裁判官は、
- 被疑者の移監(移送)に対する裁判官の同意は、刑訴法429条1項2号の裁判にあたる
とし、裁判官の行う移送の同意は、刑訴法429条1項2号の勾留の裁判に当たり、準抗告ができることを示しました。
4⃣ 第1回公判期日前には証拠調べの請求をすることはできない
検察官や被告人・弁護人からの証拠調べの請求は、第1回公判期日の後であれば、次回の公判期日より前の日(次回の裁判の当日よりも前の日)でもできます、公判前整理手続において行う場合を除き、第1回公判期日前には証拠調べの請求をすることはできません(刑訴法規則188条)。
これは、第1回公判期日よりも前に裁判官に証拠調べ請求をすると、第1回公判期日よりも前に裁判官が証拠の内容を知り、事件に関する予断や偏見を抱いてしまうので、予断排除の原則から、証拠調べ請求は、第1回公判期日後にしなければならないとするものです。
5⃣ 第1回公判期日前に事件に予断を生じさせるおそれのある打合せはできない
裁判所は、適当と認めるときは、第1回公判期日前に検察官及び弁護人を出頭させた上、公判期日の指定やその他の訴訟の進行に関する必要な事項について打合せを行なうことができますが、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたる打合せはできません(刑訴法規則178条の15第1項)。
6⃣ 検察官は冒頭陳述で事件について偏見や予断を生じさせるおそれのある事項を述べることはできない
公判において、検察官が冒頭陳述を行う際、事件についての偏見や予断を生じさせるおそれのある事項を述べることは禁止されます(刑訴法296条ただし書、刑訴法規則198条2項)。
7⃣ 被告人の自白の証拠は、被告人の自白以外の証拠の取調べが終わった後に行わなければならない
裁判官は、公判において、被告人の自白の取調べ(被告人の自白が記載された供述調書の取調べ)を行うに当たっては、被告人の自白の取調べよりも前に、その他の証拠の取調べ後に行わなければなりません(刑訴法301条)。
これは、裁判官が、客観的な証拠を差し置いて、被告人が自白する供述内容に偏った事件の見方をしないようにするためです。
8⃣ 伝聞証拠はできる限り他の証拠の分離して証拠調べ請求しなければならない
伝聞証拠で証拠能力のある書面は、できる限り他の捜査記録と分離して、裁判官に対し、その取調べを請求しなければなりません(刑訴法302条)。
伝聞証拠は、警察官や検察官が、被害者や目撃者などの事件関係者から聞いた話を記載した供述調書や捜査報告書などの書面であり、人から聞いた話を第三者が書面にした又聞きの文書なので、裁判官に予断を生じさせないように、できる限り他の捜査記録と分離するとされていると考えられます。
公判前整理手続は、予断排除の原則に反しない
公判前整理手続(刑事訴訟法316条の2~32)は、裁判において集中的審理を行うことができるようにするために、1回目の裁判を開く前に、裁判の日以外の期日で、裁判官、検察官、弁護人らが事件の争点と証拠を整理し、明確な審理計画を立てられるようにした制度です。
公判前整理手続に付された事件では、受訴裁判所(公訴提起を受けた裁判所)が、第1回公判期日前に、検察官と被告人の双方の主張を知ることとなるため、予断排除の原則との関係が問題になります。
この点、公判前整理手続は、予断排除の原則には抵独しないとされます。
理由は、公判前整理手続は、公判審理開始前に、裁判所があらかじめ事件の実体について心証を形成することを防止しようとするものであり、また公判審理が計画的かつ円滑に進行するよう準備するために行うものであり、証拠自体に触れることはあっても、証拠の信用性を判断するわけではなく、心証形成を目的とした手続ではないためです。
公判前整理手続において、予断排除の原則が表れている手続
公判前整理手続において、予断排除の原則が表れている法手続として、以下のものがあります。
公判前整理手続において、裁判官に対し、検察官は証明予定事実記載面(検察官が犯罪事実の証明を予定する内容をまとめた書面)を提出し、被告人・弁護人は、予定主張(被告人・弁護人が主張を予定する内容をまとめた書面)を提出しますが、これらの書面は証拠とすることができません。
そして、証明予定事実記載面と予定主張には、証拠として取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することはできません。