刑法(放火罪全般)

放火罪全般(2) ~未遂②「放火未遂罪の中止未遂」を説明~

 前回の記事の続きです。

 今回の記事では、放火罪の中止未遂を説明します。

未遂の種類

 まずは、未遂の基本的な考え方を説明します。

 未遂は、犯罪が成立しなかった原因によって、

「中止未遂」と「障害未遂」

に分けられます。

中止未遂とは?

 中止未遂は、

犯罪の実行に着手したが、自分の意思により犯罪を中止したため、犯罪が既遂に達しなかった場合

をいいます(刑法43条ただし書)。

 中止未遂の場合は、

必ず刑が減軽(刑を軽くすること)

  または

免除(刑を軽くすること)

されるところが特徴です。

 自分の意思により犯罪を中止したことを高く評価し、必ず刑を軽くするという法律の設計になっています。

障害未遂とは?

 障害未遂は、

犯罪の実行に着手したが、中止未遂にあたる理由以外の理由により、犯罪が既遂に至らなかった場合

をいいます(刑法43条本文)。

 障害未遂の場合は、中止未遂と違い、

裁判官の裁量により、刑が減軽または免除される

ことがあります。

 中止未遂と違い、必ず刑が軽くなるわけではないことがポイントです。

中止未遂を詳しく解説

中止未遂の成立要件

 中止未遂が成立するためには、

犯罪の実行の着手後に、自分の意志により犯罪の実行をやめた

という条件が必要になります。

 具体的には、

犯罪の完成を阻止する行為をした

という積極的な行為が必要になります。

 『犯罪の完成を阻止する行為』とは、

  • 犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)
  • 犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)

の2パターンがあります。

『犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)』とは?

 たとえば、

  • 拳銃を相手の頭に突きつけたが、引き金を引くのをやめた場合
  • バッグの中から財布を盗もうとして、バッグの中に手を突っ込んだが、バッグの中から財布を抜きとるのをやめた場合

が『犯罪行為に着手後、その終了前に犯罪行為の継続を放棄した場合(着手未遂)』にあたります。

『犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)』とは?

 たとえば、

被害者の首を果物ナイフで突き刺したところ、流血を見て驚愕するとともに悔悟の情から、被害者の首にタオルを当てたり、救急車を呼んで医師の手当てを受けさせたりして被害者の一命を取り止めた場合(福岡高裁 S61.3.6

は、『犯罪行為の終了後において、結果の発生を阻止する行為をした場合(実行中止)』となります。

 中止未遂となるためには、犯人自身が、結果の発生を阻止すべく、真摯な努力をしたことが必要になります。

 結果発生防止のための真摯な努力をしたと認められるためには、

  • 第三者に助けを頼むだけ
  • 被害者を病院に連れていくだけ
  • 救急車を呼ぶだけ

という程度では足りず、これだけでは中止未遂になりません。

 中止未遂となるためには、犯人自身が、結果発生防止のための最善の努力を尽くす必要があるのです。

障害未遂を詳しく解説

 障害未遂となるかどうかの考え方はシンプルです。

中止未遂が成立しなければ、障害未遂が成立する

という考え方になります。

 障害未遂かどうかの判断基準のポイントは以下のとおりです。

  • 犯罪の発覚を恐れて犯行に着手しなかった場合
  • 恐怖、驚愕、憎悪で犯行を着手しなかった場合

というように、恐怖、驚愕・憎悪という心理的要因が影響して犯行を中断した場合は、中止未遂の成立要件である「自分の意志により犯罪の実行をやめた」にはあたらず、障害未遂になります(最高裁判例 S24.7.9)。

 これに対し、

  • 反省、後悔、あわれみの気持ちで犯行に着手しなかった場合
  • 縁起をかついで犯行に着手しなかった場合

は、「自分に意志により犯罪の実行をやめた」にあたり、中止未遂になるとされます。

放火未遂罪の中止未遂

 未遂の基本的な考え方は上記のとおりです。

 「犯罪を中止した」とは、着手した犯罪の完成を阻止することです。

 中止未遂が成立するためには、結果発生を積極的に防止することを要します。

 この場合、行為者は結果発生防止のため真摯な努力をなし、これにより現実に結果発生が防止されたことが必要であるとするのが一般です。

 なお、中止犯の成立には、結果発生のないことを要するから、犯罪の完成に至った場合、すなわち火勢が独立燃焼の段階となれば中止犯の成立の余地はありません(大審院判決 昭和2年6月29日)。

 これらを踏まえ、放火未遂罪の中止未遂を理解するには、判例を傾向を把握するのがよいです。

 以下で、

  1. 中止未遂が否定され、障害未遂が成立するとされた判例
  2. 中止未遂の成立を認めた判例

に分けて事例を紹介します。

① 中止未遂が否定され、障害未遂が成立するとされた判例

大審院判決(昭和12年9月21日)

 被告人が放火の媒介物を取り除きこれを消し止めたのは、放火の時刻が遅く発火が明け方に及ぶおそれがあるため犯罪の発覚を恐れたことによると認められる事案で、裁判官は、

  • 放火の実行に着手したるも、時効遅く発火払暁に及ぶおそれありしため、これを消し止めたるは、障害未遂にして中止未遂にあらず
  • 犯罪の発覚を恐れることは、経験上一般に犯罪の遂行を妨げるの事情たり得べきものなるをもって右被告人の所為は障害未遂である

として、犯行をやめた行為に任意性がなく、中止未遂とならなず、障害未遂となるとしました。

大阪地裁判決(平成23年3月22日)

 子や孫を道連れに無理心中をしようと企て、その就寝中に自宅に放火して殺害しようとしたが、火が回る前に孫が起き出したため未遂に終わった事案について、自発性の要件を欠くとし、中止未遂のが否定され、障害未遂が成立するとされた事例です。

 この裁判は裁判員裁判であり、公判前整理手続において、裁判所と当事者との間で中止未遂の概念・要件に関する裁判員への説明資料について合意がなされ、その内容を踏まえた公判立証、弁論等が行われるとともに、判決においてもこれに沿う形で判断が示されたものです。

 裁判官は、中止未遂の判断基準について、

  • 中止未遂が成立するためには、①犯人が「自己の意思により」その犯罪をやめたこと(自発性)と、②犯人がその犯罪を「中止した」こと(中止行為)が必要であるが、各要件の解釈については各種の考え方があり得るものの、本件において、裁判所が、公判前整理手続において当事者と合意の上で設定し、かつ、公判と評議の際に使用した各要件の判断基準は、以下のとおりである
  • まず、① (自発性の要件)については、当時被告人の周囲に起こった出来事を前提にしながら、被告人が殺人・放火の犯行をそのまま続けることにつき、「やろうと思えばやれたが、やらなかった」場合、被告人は自発的に殺人・放火を中止したものと認められるが、殺人・放火の犯行を引き続き「やろうと思っても、やれなかった」場合には自発性が認められないと判断する
  • 次に、② (中止行為の要件)については、当時の客観的状況や被告人の置かれた状態を前提として、被告人が既に行った犯罪行為によってどの程度結果が発生する危険性が生じているのかを検討の上、被告人がその後、殺人・放火の「犯罪結果が生じないように真剣に努力した」と評価できるかどうかを判断する

と述べた上、自発性の要件について、

  • まず、被告人が2階消火等の行為をした当時、S男君やE子さんらは、既に起き出してきてはいたものの、まだ自宅2階の放火現場に留まっていたのであるから、被告人が、あくまでも無理心中をやり遂げようとすれば、そのまま2階の小皿の火を消さずにおけば、それも不可能ではなかったのではないかと思われなくもない
  • しかし、当時の客観的状況を踏まえ、本当に、T子さんらを焼死させて殺害することが可能な状況にあったのかどうかを改めて考え直してみると、①S男君やE子さんがその場に留まっていたのは、被告人が110番通報しているのを傍らで見たり聞いたりしていたからに過ぎないのであって、当時、S男君は小学6年生、E子さんも小学4年生であり、T子さんも38歳という年齢で、その知的障害も中等度(事後の認定では「B 1」級に留まっているなど、3人ともある程度物事の判断ができたことを考えると、T子さんらは既に火事に気付いている以上、仮に被告人がそのまま2階の火を消さずにおいて心中を強行しようとしたとしても、T子さんら各自が自力で外に逃げ出すなどして、放火心中は失敗に終わっていた可能性が非常に高いと考えられ、被告人自身も、それに先立ち冷静かつ合目的的に放火行為を行っていたことにも照らすと、当時相当程度のアルコールが身体に入っていたことを考慮に入れても、上記の程度の状況認識は十分できていたものというべきである
  • ②そして、この点は、被告人自身の本件放火に至る心理状態から判断しても、もともと被告人が本件のような特異な放火方法を選択したのは、子や孫に直接手を下したり、苦しむ姿を見たくないという思いから、彼らが寝ている間に放火して心中しようというものであったことからすると、既にS男君やE子さんが起き出してきているにもかかわらず、子や孫が起きている状態のまま焼き殺そうなどと被告人が決意し得たとは到底考えられないのであって、被告人の内心においても、殺人・放火の犯行をそのまま「やろうと思えばやれた」状態にあったとは認め難いのである
  • これに対し、弁護人は、前記のとおり、被告人は、S男君が「熱い。お母さん起きひん。」と言うのを聞いて「かわいそうなことをしてしまった」と考え、2階消火等の行為を行ったから自発性が認められる旨主張するが、(a)被告人自身、公判では「かわいそうなことをしてしまった」という心理状態は終始供述しておらず、検察官調書にそのような供述が存するに止まることから、本当に被告人がそのような心理で消火を行っていたかについて、まず疑問があること、(b)S男君が「熱い。」というのを聞いたとする状況についても、被告人の公判供述は極めてあいまいであり、先に認定した事実経過に照らして考えても、S男君がそもそも被告人に対しそのような言葉を発したかについても疑問がある(S男君らの供述によれば、S男君やE子さんが被告人に強く告げていたのは3階が火事であり、母を助けてほしいということであって、S男君は2階に降りるとすぐに手を冷やしに行っていることからしても、被告人に改めて「熱い」などと訴える必要は乏しい。)こと、(c)それに、被告人が本当にS男君らのことをかわいそうだと考えたのであれば、2階消火等の行為をした後にでも、子や孫らをいち早く外に避難させるなどして、その安全に配慮する行為をしていて当然であるのに、被告人はそのような行動に一切出ていなこと、以上の事情に照らすと、被告人がS男君の言葉を聞いて自発的に2階消火等の行為を行ったとは認めることができない
  • 以上によれば、被告人が2階消火等の行為をしたのは、S男君やE子さんらが被告人に先んじて起き出し、かつ、2人から火事の事実を知らされてしまったことから、もはや放火心中を続けることはできないという状況認識を持つに至ったためであったと考えられ、これはまさしく殺人・放火をそのまま「やろうと思っても、やれなかった」場合に当たると解されるから、その行為に自発性を認めることはできない

と述べた上、中止行為の要件について、

  • 前記認定事実によれは、2階消火等の行為時においては、被告人が既に行った放火によって3階の火がかなり燃え上がり煙も相当の量に及んでいたことが認められるから、殺人・放火、ことに放火の犯罪結果が発生してしまう危険性は客観的に見て既にかなり高まっていたといえる
  • それにもかかわらず、被告人は、前記認定のとおり、2階消火等の行為を行っただけで、子や孫を安全な場所に避難させるような指示を全く行っていないばかりか、消火に寄与する最低限度の行動、すなわち消防隊が到着するまで、自ら3階の様子を確認したり、近所の人たちに助けを求めるなどの行動も一切行っていないのであるから、当時、被告人自身の精神状態がうつ状態にあり、S子さんを殺害しさらに残された家族と無理心中を図ろうとするなど平常の心理状態になかったことを考慮に入れてもなお、被告人が殺人・放火の「犯罪結果が生じないように真剣に努力した」とは到底評価することができない

と述べ、結論として、

  • 以上より、裁判所は、本件殺人未遂・現住建造物等放火未遂については、「自発性」と「中止行為」のいずれの要件も充足しないと認められることから、中止未遂は成立しないと判断した

と判示しました。

大審院判決(昭和7年10月8日)

 実行行為に出た以上は、その後、犯意を翻すことがあっても、「自己の意思によりて犯罪の実行を中止するか又は結果の発生を防止するに非ずんは、行為者の責任に何らの消長を来すものに非ず」とした上、 放火後現場に至り、火は既に消えていると信じて消火行為をなさずに帰宅した場合には、犯罪の実行を中止し、結果の発生を防止したとはいえないとしました。

大審院判決(昭和12年6月25日)

 結果発生の防止は、必ずしも犯人単独でこれに当たる必要はないが、「その自らこれに当たらざる場合は、少くとも犯人自身これが防止に当たりたると同視するに足るべき程度の努力を払うの要あるものとす」とした上、放火後、逃走の際、火勢を認めて恐怖心を生じ、放火したからよろしく頼むと人に叫びながら走り去った場合には、右のような努力が認められないから中止犯といえないとしました。

大審院判決(昭和4年9月17日)

 中止犯の成立には、「犯人自ら犯罪の完成を現実に妨害したる事実の存することを必要とす」とした上、被告人自ら点火した麻縄の揉み消しを試みて消火に努力したが効なく、他人によって結果が防止された場合には中止犯といえないとしました。

大審院判決(昭和6年12月5日)

 他人の発意に基づく消火行為に被告人が協力したにとどまった場合では、中止未遂とはならないとしました。

大審院判決(昭和7年4月18日)

 他人が消火した後に被告人が水を注ぐ等の消火行為をした場合では、中止未遂とはならないとしました。

大審院判決(昭和7年6月29日)

 一定の住宅焼損の意思で、その2箇所に放火した場合には、双方の燃焼を消し止めることを要し、その1箇所について自己の意思によって消し止めただけでは中止未遂とはならないとしました。

東京高裁判決(昭和26年12月24日)

 放火したが古松枝の燃えあがるのを見て急に恐ろしくなり、火事だと大声で叫んだため付近の者がかけつけ消火し、板戸を燻焼したにとどまった事案につき、被告人の防止行為又はこれと同視するに足る程度の努力があったと認められないとし、中止未遂とはならないとしました。

東京地裁判決(昭和38年10月7日)

 家屋放火のため週刊誌を丸めて点火したが、その直後、焼損を思いとどまり炎をシャツでたたき消して立ち去ったところ、残り火により燃焼が続き、畳が焼けていたのを第三者が発見消火した事案につき、被告人は自己の放火行為により作出した危険な状態を消滅させるべく、水をかけるなり、燃えた紙くずを踏みつけるなり、結果発生防止のためその当時とり得た相当な処置をなさない限り、真摯な努力をしたとも、被告人自ら結果の発生を防止したと同視するに足りる努力を払ったとも認められないとし、中止未遂の成立を否定しました。

大阪地裁判決(昭和42年11月9日)

 アパートの一室に放火した者が、その所有者に火災を知らせ、その部屋内に入る方法を教えただけで、消火のため何らなすことなく傍観していたにすぎない場合、結果発生防止のため真摯な努力を払ったと認められないとし、中止未遂の成立を否定しました。

東京高裁判決(平成13年4月9日)

 燃えていない洗濯物を燃えた衣類にかぶせて押さえ付けた後に、火が室内の小物入れや畳に燃え移っているし119番通報はしているもののアパート居住者に火事を知らせ消火の助力を求めるなどの措置をとっていない以上、結果発生を防止したと同視し得る行為と認めるに足りないとし、中止未遂の成立を否定しました。

② 中止未遂の成立を認めた判例

大審院判決(大正15年3月30日)

 恐怖驚愕により犯行を中止し、一緒に消火に努めたため鎮火した事案で、中止未遂が成立するとした事例です。

 被告人は別居中の内縁の妻の病の療養費に焦慮し、自分の雇われている歯科医の診療所に放火し混乱に乗じて同家2階に蔵置してある金環を窃取しようと考え、診療所階下2畳間の棚上の古新聞紙にマッチで点火し、天井板を燻焼(くんしょう)するに至ったが、火勢熾烈なのを見て恐怖の念を生じ、自ら他の雇人を起こし、一緒に消火に努めたため鎮火した事案で、中止未遂を認めました。

和歌山地裁判決(昭和38年7月22日)

 他人所有の非現住の糞尿運搬船の機関室に自己の着ていたワイシャツとズボンを脱いで置き、それにガソリン約1リットルをまいてマッチの軸木に点火しこれをその衣類にめがけて投げ付けその火が衣類に燃え移ったところ、その火勢を見て急に悔悟の念にかられ火災の納まるのを見て、自ら機関室に入り、顔面及び両手に火傷を負いながら消火に努め、更に付近住民の協力を求めてこれを消火して放火を中止した事案について、任意性を認めて中止犯とし、刑を免除しました。

大審院判決(大正15年3月30日)

 放火後、板を燻焼するに至ったが、火勢熾烈なのを見て恐怖の念を生じ、自ら他の雇人らと共に消火に努めたため鎮火した事案で、中止未遂を認めました。

大審院判決(大正15年12月14日)

 点火した火が新聞紙等を燃焼してその勢いが熾烈になろうとしたため大いに驚き、自ら犯行を中止する意思をもってバケツに水をくんだが、当時、病に罹り衰弱していたため独力で消火できま大声で隣人を呼びその助力を得て消火した事案で、中止未遂を認めました。

大審院判決(大正2年7月9日)

 療養資金に窮し、火災保険金目的で空き家に放火したが、天井板がまゆ形に燃え抜けたにとどまり、未だ独立燃焼の程度に達していない間に、被告人が悔悟し、直ちに水を注いで消し止めた事案で、中止未遂を認めました。

横浜地裁判決(平成8年10月28日)

 無理心中しようとし、ガソリンをまきライターで放火した後、燃え上がる火勢に驚愕して我に返り、自ら両手両足で布団を叩き踏むなどし、子供らに水を持ってくるよう叫んで、持ってきた水を掛けるなどして消火させた事案で、中止未遂を認めました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

放火罪における不能犯

を説明します。

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