刑法(重過失失火罪)

重過失失火罪(2)~「重過失失火罪の判例・裁判例」を紹介

 前回の記事の続きです。

重過失失火罪の判例・裁判例

 重過失失火罪の判例・裁判例を紹介します。

最高裁判決(昭和23年6月8日)

 盛夏晴天の日にガソリン給油場内において、ガソリン缶から約46cm~約60cmの近くでライターを使用した者の重過失による失火の責任について判示した事例です。

 裁判官は、

  • 一方には、盛夏晴天の日、ガソリンがさかんに揮発している給油場内、ガソリン缶を隔たることわずかに1ないし2尺の箇所においてライターに点火した事実あり、他方にはその直後その場所において火災を発生した事実ありとするならば、この二つの事実の間に因果關係の存在するものと認めるのが相当である
  • しかも、被告人は、かような場合に当然に為すべきであった火気取扱上の注意を怠ってライターの発火を敢えてしたのであるから重過失失火の責を免れない
  • たとえ、被告人がライターを取り落したため火災を生じたものとしても、全部がガソリンで濡れているライターに前記のような場所で点火すること自体が既に大なる不注意である

と判示しまし、重過失失火罪が成立するとしました。

最高裁決定(昭和34年5月15日)

 タンカーの甲板長が、バラスト排水口のバルブを開いてバラストを船外に排出した後、排水ロのバルブをしっかり締めておかなかったため、荷揚げの際、多量のガソリンを海上に流出させ、これを知ったにもかかわらず、直ちに上司に報告して付近に碇泊航行中の船舶に火気を使用しないよう警告する等、火災発生防止の注意義務を怠った結果、停泊中の他の船舶の船員が捨てたタ食炊さんの残り火により浮流中のガソリンに引火し、船舶合計7隻を全半焼させた事案です。

 裁判官は、被告人(タンカーの甲板長)に対し、

  • 石油会社及びM所長が本件ガソリンの漏洩より生ずる火災発生の危険予防の責任を尽さなかった過失があるとしても、いやしくも被告人自身の重大な過失が失火に対し一つの条件を与えた以上は、その重過失が右結果に対し唯一の原因ではなく、他人の過失と相まって共同的に原因を与えた場合であっても、その責任を負うべきものと解するのが相当である

とし、重過失失火罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和27年6月17日)

 乗合自動車から失火した事案で、乗合自動車の車掌に対し、

  • 車内でガソリン臭を覚知した場合には、直ちに車内における乗客の携帯品を点検し、ガソリンを発見して遅滞なくこれを車外に搬出するに必要な措置を講じ、火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある
  • 失火又は他人の死傷という結果の発生につき、他人の過失の競合があっても免責されない

とし、重過失失火罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 重失火罪重過失致死傷罪においては、いやしくも自己の重大なる過失が、失火または他人の死傷に対して一の条件を与えた以上は、その重過失が結果に対して唯一の原因ではなく他人の過失と相俟って共同的に原因を与えた場合であっても、その責任を負うべきものである
  • 乗合自動車の車掌が車内にガソリン臭を覚知した場合には、ただちに車内における乗客の携帯品等を点検しガソリンを発見して遅滞なくこれを車外に搬出するに必要な措置を講じ、火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある
  • 重失火罪過失致死傷罪においては、いやしくも自己の重大なる過失が失火あるには他人の死傷に対し、一つの条件を与えた以上は、その重過失が該結果に対して唯一の原因ではなく他人の過失と相まって共同的に原因を与えた場合であってもその責任を負うべきことは当然であり、被告人の重大なる過失によって火を失し、更に右火災が原因となつて他人を死傷に致した場合には被告人に重失火重過失致死傷の責任のあることはもとよりである
  • そしてまた、仮に本件火災並びに死傷の結果はひとり被告人の重過失のみによるものではなく、他人の過失がこれに介在するものとしても、刑法上はこれあるために被告人の注意義務過失責任を免脱させるものではない

と判示し、被告人に対し、重過失失火罪が成立するとしました。

仙台高裁判決(昭和30年4月12日)

 酒に酔った被告人が用便をするため、他人の住宅等に隣接する、空の炭俵が約20俵積んである便所内で、炭俵から取った片一握りに点火してこれを傍のちゅうぎ(大便をしたとき用便紙の代わりに用いる木片)を入れた箱(みかんの小箱より少し大きい位の木箱)の上に置いて使用したため、火がちゅうぎ入れ箱の上の炭俵に燃え移り住宅等を焼損した事案です。

 裁判官は、

  • 他人所有の住家に近接し、かつ馬屋に接続した便所内の、蓋をした肥溜めの上に炭の空約20俵を積み重ね、その下にみかん箱位の木箱1個を、一部その炭俵の下から外に出して置いてある所で、その炭俵からむしりとった長さ約18cmの片一握りに点火し、これを右木箱の炭俵から外に出ている部分に置いて、用便のための照明に使用しながら、不注意のため、その火が右炭俵から便所その他の建物に延焼すべきことを認識せず、これを防止すべき何らの措置をとらなかったため、その火が延焼して右便所、馬屋並びに住家を焼燬したときは、刑法第117条の2の重過失失火罪を構成する

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和34年9月16日)

 木造モルタル塗一部中二階付き平家木造建の学校の講堂に侵入し、内部の木製壁付け台に座っていた被告人が、寒さに耐えかねて火を燃やして暖をとろうとし、その台の上で映画のプログラムや煙草空箱を丸めて点火し、そのまま仮睡したため火災を生じた事案で、重過失失火罪が成立するとしました。

 また、裁判官は、犯人の責任能力と過失責任について言及し、

  • 刑法117条の2重過失失火罪は、普通人の払うべき注意を著しく欠くことにより失火に及んだ場合であって普通人であると、心神耗弱者であるとにより、右注意の程度に差別のあるものではなく、ただ法は不能を強いるものではないから、犯人が心神耗弱者である場合には、同人が精神の障害のため右重過失を犯さざることを期待し得られない場合にはその罪責を問い得ないものと解すべきである

と述べた点も注目されます。

大阪高裁判決(昭和42年10月6日)

 被告人方階下調理室内に設置された炊飯用かまどの長年月にわたる使用による加熱により右かまどに密接して造られた南側休憩室との間の仕切り壁の隙間に落ち込んで堆積した燃料のオガくず及びこれに接続する休憩室の根太、床板が燃焼しやすい状態にまで炭化していたところ、昭和35年8月25日における右かまど使用の際の熱により同日午後12時前頃、右オガくず及び根太、床板が燻焼状態から発火点にまで達して遂に発火した結果発生した火災であると認定された事例です。

 裁判官は、

  • かまどに密接した休憩室との仕切り壁の隙間に落ち込んだオガくず及び休憩室の根太、床板がかまどの熱によって従来数回にわたり(昭和35年度においても2、3回)燻って煙を出し、その都度水をかけて消していたのであるから、そのような状態では火災発生の危険性が大きかったものというべく、店舗の所有者で営業主である被告人としては、右かまどを移築してこれを根太、床板、ベニヤ板の境壁等から完全に離し、もって火災の発生を未然に防止すべき注意義務があったといわねばならない
  • しかるに、被告人は右の注意義務を怠り、引き続きそのままの状態で右かまどを使用していたため、遂に前記の如き経過をたどって発火し、本件火災を発生させたのであるから、被告人は重過失失火の責任を免れることはできない

と判示し、重過失失火罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和48年8月1日)

 人家の密集する繊維問屋街の一角で、人家に接着してベニヤ板製物入れ箱があり、その上方には布製日よけテントが垂れ下がっているなどの状況下で、喫煙のため、たばこに火をつけた者が、マッチの軸木を残り火があるまま漫然投げ捨て、これが新聞紙や紙くず等を入れたふたのないポリエチレン製ごみ箱の中に入り、中の紙類に燃え移って地上数10センチメートルのところに火がちょろちょろと燃えているのを認めながらその場を立ち去ったため、火が前示ベニヤ板製物入れ箱などに燃え移り、その一部を焼損して公共の危険を生ぜしめた事案で、重過失失火罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和53年3月16日)

 鉄骨コンクリート造り11階建共同住宅の6階に居住する者が、リビングキッチンに取付けられている2口ガスカラン(ガスコンセント)の操作方法を確認しないで、閉止ハンドルのつまみを操作し、これを両開、すなわち左右のゴム管ロから同時にガスを噴出している状態を発生させ、これでガスは完全に閉止されていると思い込んでいたため、漏出したガスが居宅内に充満し、室内の電気冷蔵庫のサーモスタットの作動により発生した電気火花によって着火爆発し、火災が発生した事案で、重過失失火罪が成立するとしました。

名古屋高裁判決(昭和57年10月28日)

 ガソリンを原動機付自転車の燃料タンクに補給するに当たり、点火中の反射式石油ストープの前面1メートル余という火に近い場所で、右手でガソリンが10リットル位入ったプラスチック製容器を持ち上げ、同容器底部の角を燃料タンクの上部に置きながら、左手でプラスチック製手動式ポンプを操作して、燃料タンクに注入する方法で作業を行い、しかも、ガソリンが一杯になったかどうかを確かめるため、ガソリン流出中の右手動式ポンプのホースをタンク給油口の片隅に寄せようとしてその操作を誤り、ホースの先端を右給油口外に飛び出させたため、ガソリンを付近の床の上に流出させ、これに右ストーブの火を引火させて火災を発生させた事案で、重過失失火罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和60年11月29日)

 学校校舎の火災につき、出火当日の気象条件、出火場所、出火時の状況、他の出火原因の可能性等について詳細に検討した上、校舎からそれぞれ約15メートル及び約20メートル離れた地点における廃材焼却の火の飛び火により発生したものとして、右焼却を行った建物解体業者に重過失失火罪の成立を認めました。

秋田地裁判決(昭和40年3月31日)

 夏季連日の晴天高温続きの気象条件下で、工事責任者として配下2名を使用して替えのため一部トタン板が剥がされ下葺きの柾板が露出するなどしていた木造建物の屋上で、屋根のトタン板葺替工事に従事していた被告人に対し、裁判官は、

  • 工事中は自ら率先して喫煙を慎しむべき注意義務を有するとともに、配下の従業員に対しても喫煙を避けるよう措置すべき注意義務を有していたとして、右2個の注意義務を怠り、その結果被告人を含む3名いずれかの喫煙により火を失して右建物を焼損したときは、右2個の注意義務違反はいずれも重過失に当たる

とし、重過失失火罪が成立としました。

山口地裁判決(昭和40年5月28日)

 間ロ6メートル30センチ、奥行き3メートル70センチで、カウンターやテーブルがあるため人の歩行できる個所は極めて狭く、しかも中央付近には点火された石油ストーブが置いてあるバーの店内で、けんかの末、相手方を殺害するかもしれないことを認識しながら日本刀を振り回し、これを防ぐため相手方が石油ストーブの鉄枠を取りはずしたため、重心を失った石油ストーブが横倒しとなり、流れ出た石油に火が燃え移って火災を生じた事案につき、日本刀を振り回し他被告人に重過失失火の成立を認めるとともに、日本刀を振り回した行為と殺人未遂の行為とは観念的競合になるとしました。

東京地裁判決(昭和62年6月26日)

 マッチの空箱に火をつけて石油ストーブに点火した後、右空箱の残り火の有無を確認せずに石油ストーブの置台に置いたため、置台のほこりやストーブの周辺にあったビニール袋などの可燃物に火が移り火災を発生させた事案で、裁判官は、

  • 被告人は、マッチの空箱の火を手で振って消そうとした後、その残り火の有無を確認しないまま空箱を置台に置き、そのまま酔余眠り込んだもので、被告人の本件行為は、普通人の払うべき注意義務を著しく怠ったもので、これが重過失に当たることは明らかである

とし、重過失失火罪が成立するとしました。

大阪地裁判決(平成2年11月13日)

 2階建共同住宅に住む被告人が、妻子が入浴中に居室裏の土間でガソリンをポリタンクから別のポリタンクに移し替えようとして、ガソリンを土間上に流出させ、このガソリンに約1.5メートル離れたガス風呂の焚き口の種火を引火させ、るなどして、その住宅を焼損させるとともに、妻子を焼死させた事案です。

 裁判官は、

  • 弁護人が主張するように、被告人が、引火したポリタンクを屋外に持ち出そうとして運搬中に火が自己の身体に燃え移り、熱さに耐え切れず右ポリタンクを自宅六畳間に投げ出した行為が介在したとしても、本件結果の発生は、当初被告人が認識し、認識し得た事実から考えて予想可能な範囲内のものであり、被告人の右行為の介在により因果関係は否定されない

として、重過失失火罪、重過失致死罪の成立を認めました。

次回の記事

 次回の記事では、業務上過失激発物破裂罪(刑法117条の2)を説明します。

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