刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(8) ~「事実の摘示があったかどうかが争われた事例」を紹介~

 前回の記事の続きです。

事実の摘示があったかどうかが争われた事例

 名誉毀損罪(刑法230条)において、摘示される事実は、

名誉を害するに足りるもの

でなければなりません(詳しくは前の記事参照)。 

 名誉毀損罪の事実の摘示(名誉を害するに足りる事実の摘示)は、

他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然表示すること

です。

 そして、名誉毀損罪を成立させ得る程度の事実の具体性の基準を示すのは、必ずしも容易ではありません。

 そのため、実際の裁判では、名誉毀損罪の成立を認めることができる事実の摘示(名誉を害するに足りる事実の摘示)があったかどうか争われることが多いです。

 以下で判例・裁判例を挙げますが、名誉毀損罪の成立を認めることができる事実の摘示があったかどうかの判断に明確な統一的基準があるとは言い難いといえます。

 学説では、「具体的事実が摘示されているかどうかの判断の標準がかなり曖昧である」とするものがあります。

 それにしても、判例・裁判例を見ていくことで、判断の傾向をつかむことが大切です。

事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立が認められた事例

 事実の摘示の有無が争われ、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立が認められた以下の事例があります。

  1. 「選挙のときに何か不正な事をしてH署に1週間もほり込まれたりする様な人々を町内の衛生役員にしたくない云々」と組合の会報に記載した事案で、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立を認めました(大審院判決 昭和7年7月11日)
  2. 「盗人野郎、詐欺野郎、馬鹿野郎」と連呼し、次いで、「手前の祖父は詐欺して懲役に行ったではないか」と怒鳴ったのは、「右連呼と祖父に関する事実と相俟って、自身の社会的評価を受くべき具体的な事項(すなわち性行)を摘示したもの」と判示し、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立を認めました(最高裁決定 昭和29年5月6日
  3. A方店舗先路上で、「ここは今でこそ魚屋をやっているが、今まで何十軒となく泥棒をしている」と申し向けたことが、「被害者の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を述べたもの」とし、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立を認めました(最高裁判決 昭和31年5月8日
  4. 「あれは税金のためではない」「死んだ人間が税金で死んだかわかるか」「税務官吏に対する態度が失礼だ」との発言を被害者が行ったとし、被害者を非難する書面を配布した事案で、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立を認めました(名古屋高裁判決 昭和26年3月17日)
  5. 「高円寺不正区画整理」の表題の下に区画整理委員10名の氏名を列挙し、「右10名の者は高円寺不正区画整理を計画し、不正手段によって区画整理委員となり、私利私欲のみを計った」と看板に記載した事案で、事実の摘示があったとして名誉棄損罪の成立を認めました(東京高裁判決 昭和34年3月31日)

名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとされ、侮辱罪に止まるとされた例

 名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとされ、侮辱罪に止まるとされた以下の事例があります。

※ 名誉毀損罪の事実の摘示と、侮辱罪の事実の摘示の区別の考え方は前の記事参照

  1. 村長に対し、「おまえが村長になったのも党派のおかげであり、殊に親子2人で腰弁を持って日傭取りをするか馬鹿野郎奴」と言った事案で、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大審院判決 大正4年9月30日)
  2. 議員候補者につき、「砂利喰元凶T一派又は外米鬼W一派にして共に討滅すべき醜団なり」と記載した引札を配布した事案で、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大審院判決 大正11年11月11日)
  3. 新聞の主筆について、「無造作に無遠慮にオレは先輩だと言うツラして宴会などでは不肖ながら記者団を代表してなどとテーブルスピーチの一つもやって大きくなっている」云々、「君の郷里の八戸あたりなら格別20万石の御城下のここ盛岡で講談クラブのシッポにあるよらな事を知ったかぶりしたって本街の五郎でさえ笑っているよ」云々、「田舎回りのドウケ演説などをして一人前の新聞記者ツラされては大慈墓畔の估券に関する」云々、「ドブ板の下の鼠のような眼孔をもっている君から見れば」云々、「然り君は世に稀なる低級宣伝の天才である」云々、「大正14年更始一新の世の中に低級モグラの如く愚劣ヤシの如き言論をほしいままにして歴史あるI新聞主筆の重位を汚すは」云々、「多額議員の候補者を立てないからとて正義に背き純理に反すると怒鳴るなどはいつもいう低級愚劣の天才であると称するユエンである」云々、「よい年をしていていう事なす事はことごとく書生臭い単純なる書生なればいいが年寄りの冷水かそこに毒々しくわるずれしているところがある」云々等の語句を用いた新聞記事を連載したのは、軽蔑的言辞をもって抽象的判断を加えたものとし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大審院判決 大正15年7月5日)
  4. 選挙運動者について 「憲政会の不景気内閣で痛手を受けたのは何といっても本県事業屋の親玉Kだ。それで選挙ブローカーをやって児分共を喜ばせ自分も腹をすかさぬためだろうといわれていて、それ故か知らぬが一票五千円の予算が実際有権者に五百円も入ったら精々だろらといわれている」、「右Kは貴族院多額納税議員選挙に際し、政友会の金城湯池として天下に仰望されし盛岡市を憲政会に蹂躙せしめたるものにしてH氏に対する旧恨により私憤の為利欲のために祖国を敵に売りたる陋劣醜穢吾人はその肉を食らうも飽きらざる感なくんばあらざる」旨、「同人は憲政会に盛岡市を売り盛岡市民を売りたるものにして、この売国奴の存在を長く銘記して忘れざらんことを」なる旨の記事を掲載したことが、抽象的軽蔑の言辞を弄したに止まるとし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大審院判決 大正18年10月7日)
  5. 「U市の市長の如く強情で貪欲でなかなか侫奸邪智権謀術数家で悪辣なる毒腕をもって大問題なれば全部取り返しのつかぬ大不幸と大失態とに陥らしてしもうたのである」との記事を新聞に掲載させた場合に、抽象的判断を加えたに過ぎないとし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大審院判決 昭和8年2月22日)
  6. 警察官について、その名を挙げ「左の者は売国奴につき注意せよ」「右の者は、日本の自由、平和、独立のために闘う共産党及び進歩的人民に対し、特高的調査、威嚇を行い、憲法の保証する言論、思想、結社の自由を不当に弾圧する者である」と記した壁新聞を掲示した場合に、「全く抽象的な記述に過ぎない」とし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(大阪高裁判決 昭和30年3月25日)
  7. Sタイムスという新聞が選挙妨害の評論を掲載した号外を発行したかどで起訴された事実を報道する際、同新聞はYの生活のための手段であり武器に過ぎず、社会正義を守り真実を報道する新聞ではないとけなした上、同新聞の報道は世間に信用がないから選挙妨害の評論を掲載したからといって果たして現実に選挙を妨害するほどの力があったかどうか疑問である、といった内容の新聞記事を発行した事件につき、Sタイムスの「一般的性格についての被告人の意見判断を示したに過ぎず抽象的判断を発表したにほかならない」、また、風聞を記載した部分は、その内容が「関係者自身の不信の意見を表明しまたはこれを反映したものに過ぎないと認められるので、社会的評価に及ぼす影響という見地からみれば、犯人自身の意見判断と同等に取り扱うのが至当」だとし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(東京高裁判決 昭和33年7月15日)
  8. 当時その地位を利用した犯罪容疑で取調べを受け、大々的に報道されていたTを引き合いに出して他候補を批判する文章を選挙公報に掲載した行為につき、「名誉毀損罪における具体的事実の有無は、当該公報に掲載された記事自体によって判断すべきであって、その当時たまたま問題となっていた事件や社会情勢を参酌して、その内容を補完し、もって具体的事実の摘示の有無を認定することは、許されない」という立場を前提に、抽象的に批判を加えたに過ぎないとし、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(名古屋高裁判決 昭和50年4月30日)
  9. ある会社の内情を暴露する記事の中で、傍系会社の役員を「甲(代表取締役、O研究所所長、医師法違反の詐欺師)」と記載した事案で、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(東京地裁判決 昭和39年4月18日)
  10. 在日外国大使館に押し入り、「無脳な民族」などと記載したビラを撤布した行為について、大使に対する侮辱罪を認めました(東京地裁判決 昭和62年10月16日)
  11. 大手商社の社長に特異な性癖があると述べ立て、これを会社と結び付けるとともに、通産省との癒着があるなどと主張する街宣活動をした事案で、名誉毀損罪を成立させる事実の摘示がないとし、侮辱罪が成立するにとどまるとしました(東京地裁判決 平成9年9月25日)

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