刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(4) ~「建造物に取り付けられている物が建造物の一部か器物かを区別する基準」を説明~

 前回の記事の続きです。

建造物に取り付けられている物が建造物の一部か器物かを区別する基準

 建造物に取り付けられている物を損壊した場合、

が問題となります。

 この問題については、判例・裁判例の考え方を具体的事案に当てはめて答えを出すことになります。

 建造物に取り付けられている物が建造物の一部か器物かを区別する基準を示した判例・裁判例として、

  1. 毀損せずに建造物から取り外すことが可能か否かを基準とする判例(毀損なしでの取り外しの可能性)
  2. 取り外しが自在か否かを基準とする裁判例(取り外しの容易性)
  3. 取り外しの容易性とともに、内外の遮断等の機能上の観点、構造等を総合考慮して、建造物の一部か否かを判断した裁判例
  4. その客体が構造上及び機能上、建造物と一体化し、器物としての独立性を失っているか否かを基準とした裁判例
  5. 毀損せずに取り外し可能かという点を絶対視せずに、当該物と建造物との総合の程度及び機能上の重要性を総合考慮するという観点を用いた判例

が挙げられます。

 以下でぞれぞのれ判例・裁判例を紹介します。

① 毀損せずに建造物から取り外すことが可能か否かを基準とする判例(毀損なしでの取り外しの可能性)

大審院判決(明治43年12月16日)

 裁判官は、

  • ガラス障子の如き器物が建造物の一部を構成するものと認め得るには、建造物の外部たると否とを問わず、単にガラス障子が建造物の一部に建付けあるの一事をもって足れりとせず
  • さらにこれを毀損するにあらざれば取り外ず得ざる状態にあることを必要とす

と判示し、ガラス障子を建造物ではなく、器物と認定しました。

大審院判決(大正8年5月13日)

 裁判官は、

  • 家屋の外囲に建付けある雨戸又は板戸の如きは、これを損壊することなくして自由に取り外し得べき装置あるにおいては、家屋の一部を構成せざるものとす

と判示し、雨戸・板戸を建造物ではなく、器物と認定しました。

② 取り外しが自在か否かを基準とする裁判例(取り外しの容易性)

仙台高裁判決(昭和55年1月24日)

 裁判官は、

  • その取り外しには、成人男子2人が市販されているプラスドライバーを用いてビスを外し、ガラス扉1枚を約1分間で取り外すことができ、専門職人の手をわずらわせるまでもないが、ストッパーの所在が分らないと通常は容易に取り外すことができないことが認められる
  • 右ガラス扉は取り外しの容易な日本家屋の障子、ふすま、雨戸の類とは異なり、器具で固定されていてその取り外しは自在なものではない

と判示し、ガラス扉を器物ではなく、建造物の一部と認定しました。

 この裁判例は、必ずしも毀損せずに取り外すことの可能性までを要件としないものの、取り外しの容易性(言い換えると、建造物との接合の程度)に着目したものです。

③ 取り外しの容易性とともに、内外の遮断等の機能上の観点、構造等を総合考慮して、建造物の一部か否かを判断した裁判例

東京高裁判決(昭和53年7月19日)

 裁判官は、

  • 近代的ビルディングにおいては、その内部の各室はそれぞれ別異な目的で使用され、それ自体独立した区画とみなされており、各室にとりつけられているドアは各室内部と各室が共通の通路として使用する廊下とを判然と遮断する役割を果しており、また事務室の会計、乗車証窓口もガラスがはめこまれている枠は簡単には取り外せないよう壁に埋めこむように取り付けられており、それ自体事務室内部と廊下とを遮断する役割を果しており、さらに各室のドアは本件建物の壁ないし柱に2個の蝶番でとりつけられ、そのとり外しも自在なものではないことが認められるから、その建設、設置の過程では、取り外しの可能な器物であったにせよ、取り付けが終わって建物としての建設、設置が完了した後は、これら扉等は通常の一戸建住宅におけるふすま、障子、引戸などのいわゆる建具と異なり、建物の構成部分をなすと解するのが相当

と判示し、ドア及び窓口ガラスのいずれも器物ではなく、建造物の一部と認定しました。

横浜地裁判決(昭和55年2月22日)

 裁判官は、

  • ガラス窓はアルミ製枠に透明ガラスがはめ込まれているもので、同建物の内外を遮断する外壁をなすものであり、またガラス扉も同様の形状のもので、その片側がビスで同建物の外壁をなすガラス窓枠の一部に固定されていて、通常人では取り外すことが困難である

としで、ガラス窓及びガラス扉のいずれも器物ではなく、建造物の一部と認定しました。

④ その客体が構造上及び機能上、建造物と一体化し、器物としての独立性を失っているか否かを基準とした裁判例

大阪高裁判決(平成5年7月7日)

 店舗兼住宅のアルミ製玄関ドアが建造物の一部に当たるとされた事例です。

 裁判官は、

  • ある客体が、建造物損壊罪の対象となる建造物の一部であるかどうかは、器物損壊罪とは別に建造物損壊罪が設けられている趣旨を考慮し、第一次的に、その客体が構造上及び機能上、建造物と一体化し、器物としての独立性を失っていると認めるのが相当であるかどうかの観点からこれを決するのが相当である
  • そもそも建造物にとって出入口及び出入口ドアの設置は不可欠であり、出入ロドア(玄関ドア)は外形上も構造上も建造物の外壁の一部をなし、機能上も、外壁の一部として外界との遮断、防犯・防風・防音などの役割を果たす存在であること、本件玄関ドアが、前記のように建物自体に固着された外枠の内側に蝶番等により接合固定されることにより、外枠及び玄関ドア本体は構造上及び機能上一体化するとともに、両者は建造物に強固に固着(適合する器具等なしに玄関ドア本体を取り外すには、鈍器を用いるなど強力な力で蝶番等を破壊しなければならない)されてこれと一体化するに至っていると認められることなどに照らし、本件玄関ドアは構造上も機能上も建造物(その外壁)の一部をなすものと認めるのが相当である
  • 所論は、本件玄関ドアは、ドライバーさえ使用すれば素人にも毀損することなく容易にこれを取り外すことが出来るから建造物には当たらないと主張する
  • 確かに、本件玄関ドア本体の取り外しは、所論のいうほどに簡単な作業ではないにしても、適合する器具を使用などすれば、その取り外し自体は一応可能であるといえる
  • しかし、玄関ドアは建具類の場合とは異なり、取り外し自在というには程遠く、老朽化や破損の場合以外は取り外しや取り替えを予定しない存在であり、かつ前記の建物と一体化している本件玄関ドアの構造などに徴すると、そもそも所論のいう毀損せずに取り外し可能かどうかとの観点は、本件玄関ドアの建造物性を左右する重要な基準とはなり得ないものといらべきである(大審院昭和7年9月21日判決刑集11巻1342頁等参照)

と判示し、鉄筋コンクリート3階建て店舗兼住宅の1階表のコンクリート外壁に設置された本件アルミ製玄関ドアは、建物自体に固着された外枠の内側に蝶番等により接合固定され、構造上及び機能上建物と一体化していることなどに照らし、建造物の一部に当たるとしました。

⑤ 毀損せずに取り外し可能かという点を絶対視せずに、当該物と建造物との総合の程度及び機能上の重要性を総合考慮するという観点を用いた判例

最高裁決定(平成19年3月20日)

 住居の玄関ドアが建造物損壊罪の客体に当たるとされた事例です。

 裁判官は、

  • 建造物に取り付けられた物が建造物損壊罪の客体に当たるか否かは、当該物と建造物との接合の程度のほか、当該物の建造物における機能上の重要性をも総合考慮して決すべきものであるところ、上記1の事実関係(※本件ドアは、5階建て市営住宅1階にある居室の出入口に設置された、厚さ約3・5cm、高さ約200cm、幅約87cmの金属製開き戸であり、同ドアは、上記建物に固着された外枠の内側に3個のちょうつがいで接合され、外枠と同ドアとは構造上家屋の外壁と接続しており、一体的な外観を呈しているところ、被告人は、所携の金属バットで、同ドアを叩いて凹損させるなどし、その塗装修繕工事費用の見積金額は2万5000円であった)によれば本件ドアは、住居の玄関ドアとして外壁と接続し、外界とのしゃ断、防犯、防風、防音等の重要な役割を果たしているから、建造物損壊罪の客体に当たるものと認められ、適切な工具を使用すれば損壊せずに同ドアの取り外しが可能であるとしても、この結論は左右されない

と判示し、「毀損せずに取り外し可能か」という点を絶対視せずに、当該物と建造物との接合の程度及び機能上の重要性を総合考慮するという立場を明確に示し、

  • 住居の玄関ドアとして、外壁と接続し、外界とのしゃ断、防犯、防風、防音等の重要な役割を果たしている物は、適切な工具を使用すれば損壊せずに取り外しが可能であるとしても、建造物損壊罪の客体に当たる

としました。

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