刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(7) ~「物の効用を喪失したとして器物損壊罪に問擬することが問題となった事例」を説明~

 前回の記事の続きです。

物の効用を喪失したとして器物損壊罪に問擬(もんぎ)することが問題となった事例

 器物損壊罪(刑法261条)における「損壊」とは、

物質的に器物の形体を変更又は滅尽させることのほか、事実上又は感情上その物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合を含め、広く物の本来の効用を喪失するに至らしめること

をいいます(詳しくは前の記事参照)

 簡潔に言うと、「物の本来の効用を喪失させる行為」が器物損壊罪における「損壊」となります。

 この記事では、物の効用を喪失したとして器物損壊罪に問擬(もんぎ)することが問題となった事例を紹介します。

 このような事例は、労働争議等に関連したビラ貼り、落書きによるものが多いです。

 このうち、ビラが貼られたことにより、窓ガラスの採光等、その物が本来有する効用が阻害された場合に器物損壊罪が成立するとの結論に異論はありません。

 例えば、窓ガラスなどにビラを貼り付けたことにより、その採光機能が害されたとして器物損壊罪の成立を認めたものとして、以下の裁判例があります。

広島高裁判決(昭和36年7月3日)

 斗争手段として駅長室の窓ガラスの全面に多数のビラを貼り付けるなどした行為を器物損壊行為と認めた事例です。

 裁判官は、

  • (弁護人は、)窓ガラス又は什器にビラを貼る行為、オーバーをで汚損する行為は刑法に言う器物損壊には当らないと言うのである
  • しかし前記各証拠によるとそのビラ貼の状況たるや尋常一様のものではなく、被告人Mらは右横川駅長室内に所嫌わず実に数百枚のビラを貼りつけ、殊に窓ガラスには余すところなく一杯に貼りつけたものであり、為めに同室特に窓ガラスは美観を損なったのはもとより、昼間であるのにかかわらず採光することがでぎず、電灯を点じなければ執務し得ないと言う異常な暗さを招来し、また駅長事務机は約バケツ一杯のを流し、かつ、その上にビラを貼りつけたため、そのままでは到底その上での執務は困難な状態となり、駅長の合オーバーはクリーニングしなければ絶対に使用に堪えない程度に汚損したものであることがそれぞれ認め得られるのである
  • すなわち合オーバーはもとより右窓ガラス及び駅長用事務机も被告人Mらの右の如き所為により一時的ではあってもその物の本来の効用を滅却されたものと言わざるを得ないのである
  • 所論(※弁護人の主張)は右窓ガラス、駅長用事務机及び合オーバーはいずれも物理的破損を受けておらず水洗い等による清掃あるいはクリーニングにより容易に原状に復元せしめ何らの不都合なくして再び使用し得られるから損壊とはならなかと言うものの如くであるが、刊法にいわゆる損壊とは物理的に物の一部又は全部を害し、又は物の本来の効用を失わしめる行為を言うものであって、その物を修復して再び使用することのできない程度に毀損すると言うことは必すしも損壊の要件でないことは、既に判例が盗難、火災予防のため土中に埋設したドラム缶入ガソリン貯蔵所の土壌を発堀してこれを露出せしめた行為、あるいは看板を取外して投げ棄てる行為(昭和25年4月21日及び同32年4月4日各最高裁判例各参照)など、復元の比較的容易な毀損行為について器物損壊罪の成立を認めたことに徴するも明かと言わねばならない
  • 以上を要するに合オーバーについて損壊罪の成立することは疑いの余地なく、また駅長用事務机、窓ガラス等に対するビラ貼り行為も、前段で説示したその方法、程度及びそれによって受けた影響等各般の状況を勘案すれば、少くとも本件の場合に関する限り既に損壊の域に達しているものと言わなければならない

と判示し、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条1項、器物損壊:刑法261条)の成立を認めました。

福井地裁判決(昭和40年8月5日)

 労働争議におけて、闘争の手段としてビラ貼り行為を行い、ガラス戸7本のガラス26枚に「市会議員を道楽でやっていると云う社長には世論も聞えぬだろう」などと墨書したビラ46枚を貼り付けた事案で、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条1項、器物損壊:刑法261条)、建造物損壊罪(刑法260条)の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 先ず、判示第一のガラス戸7本(建造物の一部でなく、これを毀損しないで取りはずし可能な物である)に対する器物損壊を内容とする暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実については、ビラ貼りにより各ガラス戸を汚損されたことはもとより、ガラス戸本来の効用である採光を著しく妨げた事実(事務室兼休憩室では日中でも新聞記事が読めない程度であり、またその内部が運転手の仮眠室となっている中ニ階のガラス戸の採光障害も、貼られたビラの枚数、ビラのガラスを覆う部分からみて事務室兼休憩室と大差ない)を前掲証拠により認め得るから、右事実が器物毀棄罪に該当することは疑がない
  • 次に判示第ニの建造物損壊の事実について考えると、前掲証拠によると
  • イ、ビラの貼られた部分は前記神明営業所(木造、トタン葺、平家建、間口約7.3メートル、奥行約5.66メートル)の壁、柱、桁等外部から眺め得る部分のほとんど全面にわたっていること、
  • ロ、ビラはおおむね縦約36センチメートル、横約26センチメートルのわら半紙を用い、墨をもって乱雑な字体で書かれ、文字の横に赤インクで傍線、丸印をつけたものや、中には墓の絵を書いたものもあり、その貼り方はなんらの秩序なく一面に集中、密接して極めて雑然と貼られていること、
  • ハ、ビラはその裏面全体に洗濯用のりを塗りつけて貼ったもので、用材の木目の凹部にくいこみ、その取りはがしのため水洗いでは足りず火箸、せんば等の金具を使用してこすらねばならなかったが、なお小紙片が残存し、かつ取りはがしのため壁等に擦りの損傷を与えたものであり、また右器具の使用は取りはがしのため必要な通常の方法であることが認められる
  • なる程証拠によれば、前記営業所建物は木造、トタン葺の相当年数を経たものであり、もと、所有者M方の物置として使用されていたもので格別の美観というものはないけれども、本件発生当時においては前記会社の営業所(電話による客からの注文受付、配車等の事務所、運転手の休憩所、車庫等として使用)に充てられ同所で客の乗降することもあり、S市における主要道路である国道八号線に面し、相応の外観を備えることを要していたものであるところ、本件ビラ貼りによりその外観が著しく損なわれ、前記使用目的に供するための営業所としては、そのままの状態では到底使用に堪えず本来の効用を事実上、感情上減損したものというべきである
  • ところで、ビラ貼りによる建造物損壊罪の成否については、従来の裁判例によっても明らかなように具体的事実の上に多様な差異があり、その故に有罪、無罪の判断が分れているけれども、右認定の程度に達するときは、これが建造物損壊罪の構成要件に該当することは明らかである

と判示しました。

最高裁判決(昭和46年3月23日)

 争議行為の手段としてのビラ貼り行為として、新聞紙に「犬と社長の通用口」などと墨書したビラ約61枚を会社事務所の窓や扉のガラスに貼り付けた事案で、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条1項、器物損壊:刑法261条)の成立を認めた事例です。

 一審判決である大阪地裁判決(昭和42年5月18日)は、

  • 若干採光が妨げられたことは否定し得ないが、右ビラを貼られたガラス窓を全体としてみればなお外部からの採光は十分可能であり、(略)営業室のガラス窓としての効用にさして障害をおよぼしたと認めることができない

として共同器物損壊罪の成立を否定したのに対し、二審判決である大阪高裁判決(昭和44年4月9日)は、

  • 元来、窓ガラスは採光を主眼とするものであるところ、ビラの貼られた状況が右のごとくガラスのほとんど全面をおおっている以上、窓ガラスとしての効用を著るしく減却していることはいうまでもない

として同罪の成立を認めました。

 そして、最高裁では、

  • 多数の者とともに、会社当局に対する争議手段として、一大の新聞紙に、「犬と社長の通用口」「吸血ババA」「社長生かすも殺すもなまず舌三寸」「ナマズ釣ってもオカズナラヌ見れば見るほど胸が悪」等、主として、会社社長らを誹謗する文言などを墨書したビラ約61枚を、会社事務所の窓や扉のガラスに洗濯のりをもって乱雑に貼りつけた行為は、原審の認定した事実関係のもとにおいては、右窓ガラスや扉のガラスとしての効用を著しく減損するものであり、争議行為の手段として相当ではなく、暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法261条)の罪が成立する

としました。

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