前回の記事の続きです。
器物損壊罪における違法性阻却事由
違法性阻却事由とは?
犯罪は
- 構成要件該当性
- 違法性
- 有責性
の3つの要件がそろったときに成立します。
犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。
この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます(詳しくは、前の記事参照)。
器物損壊罪の違法性阻却事由として論点としてあがる
が論点として上がります。
今回は、「自救行為」を説明します。
自救行為
自救行為とは、
国家に頼らず、自らの力で自分の権利を守ること(自力救済すること)
をいいます(詳しくは前の記事参照)。
自救行為の成立を認め、器物損壊罪の成立を否定した裁判例
器物損壊罪(刑法261条)(及び不動産侵奪罪 刑法235条の2)について自救行為の成立を認めた裁判例として以下のものがあります。
店舗の賃貸人Aが勝手に店舗のシャッタードアに施錠したのに対し、その賃借人Aが、4日後に、賃借権及びこれに基づく占有を確保するため、シャッタードアの錠を損壊して店舗内に自動車1台を格納した上、そのシャッタードアに勝手にペンキで名前を書き、新しい錠を取り付けた事案です。
裁判官は、賃貸人Aの占有の取得による被告人の占有の喪失は、被告人の意思に基づかずになされたものであり、被告人は賃貸人に対し、占有の回収を得るための占有訴権を有すると認定した上で、
- 平和秩序維持のため物に対する事実的支配の外形を保護せんとする占有制度の趣旨および作用からいって、占有侵奪者であるAの占有が前叙のように未だ平静に帰して新しい事実秩序を形成する前である限り、被侵奪者である被告人の喪失した占有は未だ法の保護の対象となつているものと解すべく、従って、被告人はAの右占有を実力によって排除ないしは駆逐して、自己の右占有を回収(奪回)することが法律上許容されるものと解される(いわゆる自救行為として)
と判示し、被告人の自救行為を認め、器物損壊罪の成立を否定しました。
なお、この判決に対する批判的意見として、
- 自救行為は法令上明文の規定によるものではなく、これを広く認めると私人の実力行為の横行を招き、かえって法秩序を乱す危険があることからすると、自救行為として違法性阻却が認められるためには、被害回復の緊急性があること、つまり法律上の正規の手続による救済を待っていては時期を失して権利の回復が事実上不可能になるか著しく困難になることや自救行為自体の相当性が要件とされるべきである
- このことからすると、この判決の事案がこれらの要件を満たすかは疑問がある
とする意見(学説)があります。
自救行為の成立を否定し、器物損壊罪の成立を認めた裁判例
自救行為の成立を否定した裁判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和31年12月28日)
耕作権につき紛争のある田地につき、農業委員会から耕作権のない旨の決議の通知を受けた者が植え付けた稲苗を耕作権者たる被告人が引き抜いた事案です。
裁判官は、
- 本件行為以外の合法手段により権利の救済を求める余地がなかった訳ではないと認められ、その権利保護の緊急性、これが救済手段としての本件所為の相当性、法益の権衡等記録に見られる諸般の情況において、本件行為をもって違法性なき自力救済行為とする所論には左袒し難い
と判示し、自救行為の成立を否定し、器物損壊罪が成立するとしました。
名古屋高裁判決(昭和40年12月4日)
裁判官は、
- 自救行為として違法性を阻却するのは、請求権を保全するについての相当の時期に法律上の手続による救済を受けることができない場合において、その請求権の実行が不能となり、又は著しく困難となることを避けるためにのみ認められる
とした上、
- 土地の新所有者が土地を木柵で遮断したことに対し、この土地を賃借して果樹などを栽培している被告人が、耕作権が侵害されたとして木柵の横板をたたき落とし、木柵の効用を害した行為について、被告人が耕作のため出入りするのに支障はなく、その耕作権が侵害せられる程度に至っていたか否か疑問があり、本件行為に出なければならないような緊急な事態はない
とし、自救行為の成立を否定し、器物損壊罪が成立するとしました。