刑法(建造物等損壊罪)

建造物等損壊罪(4) ~「損壊の定義」「建造物、艦船の一部を損壊すれば建造物等損壊罪が成立する」「使用価値を滅殺するものでなければ損壊とはいえない」を説明~

 前回の記事の続きです。

建造物等損壊罪における「損壊」の定義

 建造物等損壊罪(刑法260条)の「損壊」とは、

物を物質的に毀損することに限らず、物の効用を害する一切の行為

をいいます。

 効用の毀損については、大審院判決(明治42年4月16日)が指導的判例とされています。

 この判例は器物損壊罪(刑法261条)の判例ですが、考え方は建造物等損壊罪にも適用されます。

 裁判官は、

  • 刑法第261条にいわゆる毀棄若しくは損壊とは、物質的に器物その物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず、事実上、若しくは感情上、その物をして再び本来の目的の用に供し能わざる状態に至らしめたる場合をも包含するものとす

と判示し、営業で来客用で使用する食器に放尿した行為につき、器物損壊罪の成立を認めました。

 この判例の効用の毀損の見解を適用した建造物等損壊罪の判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和5年11月27日)

 他人の居住する家屋を地上から持ち上げ、約18メートル移動させた行為について、建造物損壊罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 建造物を移動し、その用法に従い使用すること能わざる状態に至らしむることは、刑法第260条にいわゆる建造物の損壊に該当す

と判示しました。

東京高裁判決(昭和39年2月29日)

 建造物の床などに大量の人糞尿を散布した行為について損壊と認め、建造物損壊罪が成立するとしました。

建造物、艦船の一部を損壊すれば建造物等損壊罪が成立する

 建造物等損壊罪の成立を認めるに当たり、建造物、艦船の全部又は一部を損壊すれば足り、その主要な構成部分の損壊であることを要しません。

 建造物、艦船の一部を損壊すれば建造物等損壊罪が成立します。

 建造物、艦船の全部又は一部を損壊した行為について、建造物等損壊罪の成立を認めた以下の判例があります。

大審院判決(明治43年4月19日)

 建造物の一部を組成する玄関のガラス戸を打破した行為について、建造物損壊罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和7年9月21日)

 建造物との一体性を理由として屋根を建造物の一部と認定し、建造物損壊罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 建造物損壊罪は、建造物の全部若しくは一部を損壊することによりて成立す
  • 而して、家屋の屋根に葺きある瓦は、家屋に付着してこれと一体となし、別個の存在を有せざるが故に、家屋の一部をなすものとみるを至当とすべく、従ってこれを剥離するが如きは、即、建造物の一部を損壊するものにほかならず
  • 他人の所有に係る家屋の屋根瓦を不法に剥離する行為は建造物損壊罪を構成するものとす

と判示しました。

大審院判決(大正3年4月14日)

 天井板の取外し行為について、建造物損壊罪が成立するとしました。

大審院判決(大正6年3月3日)

 敷居鴨居の取壊し行為について、建造物損壊罪が成立するとしました。

使用価値を滅殺するものでなければ損壊とはいえない

 損壊の程度については、建造物又は艦船の一部の損壊でも足りることは上記のとおりですが、

建造物の一部に多少の変更を加えても、それが建造物の必要適切な修理改善のためであり、使用価値を滅殺するものでなければ損壊とはいえない

とされます。

 参考となる裁判例として以下の物があります。

東京高裁判決(昭和26年3月7日)

 工場の屋根に設けられていた排気筒を取り外し、その部分の屋根の穴を広げて屋根ガス排出を構築したのは損壊に当たらないとした事例です。

 裁判官は、

  • 刑法260条にいわゆる損壊とは、建物の実質を毀損することにより又はその他の方法によって建物の使用価値な減滅する行為を意味するものと解すべきである
  • 故にたとえ建物の一部に物質上多少の変更を加えたとしても、それが建物の使用価値を減殺するものでないとき、即ち必要適切な修理改善を施すことは同条の損壊に当らない
  • 然るに、本件においては前記の如くエ場の災害予防と工員の保健衛生の必要から以前工場の屋根に存した排気筒を取り外してその部分の屋根の穴を約一坪に切り広げそこに縦横約6高さ5ないし7の屋型気抜きを構築してガスの排出を良好ならしめたのであるから、これは労働基準法第42条の命ずる必要な措置であり、しかも現状の変更を最少限度に止め得た適切な改修である
  • これによって建物自体の使用価値は毫も減殺されるところなく、かえってその使用性を高めたのである
  • 故に右の如く建物の用法に従って為された必要にしてかつ適切な最少限度の本件改修を目して前記法条に規定する建造物の損壊ということはできない

と判示し、建造物損壊罪の成立を否定しました。

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