刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(18) ~「親告罪」「告訴権者(器物損壊罪の告訴権者は、損壊された物の所有者に限られない)」などを説明~

 前回の記事の続きです。

器物損壊罪は親告罪である

 器物損壊罪(刑法261条)は親告罪です(刑法264条)。

※ 親告罪とは、告訴をしなければ、犯人を裁判にかけることができない犯罪をいいます(詳しくは前の記事参照)。

器物損壊罪における告訴権者(器物損壊罪の告訴権者は、損壊された物の所有者に限られない)

 器物損壊罪の告訴権者は、損壊された物の所有者に限られません。

 損壊された物の共有者、賃借人にも告訴権が認められます。

 この点、参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁決定(昭和35年12月27日)

 士地の賃借人にも告訴権を認める趣旨の判断した事例です。

 地方公共団体が賃借していた土地(地方公共団体が設置・管理する高等学校の校庭として使用されていたもの)を損壊された事案において、裁判官は、

  • 右の場合、告訴権者は当該高等学校の設置者である地方公共団体に設けられている教育委員会であるが、他方右高等学校に対し本来管理権を有する地方公共団体(長)もこれを有するものと解するを相当とする

と判示して士地の賃借人にも告訴権を認める趣旨の判断を示しました。

最高裁判決(昭和45年12月22日)

 裁判官は、

  • ブロック塀、その築造されている土地およびその土地上の家屋の共有者の一人の妻で、右家屋に、米国に出かせぎに行つている夫のるすを守つて子供らと居住し、右塀によって居住の平穏等を維持していた者は、右塀の損壊により害を被った者として、告訴権を有する

と判示し、器物損壊罪の告訴権者は所有者に限られないとして共有者の妻に告訴権を認めました。

大阪地裁判決(昭和54年5月2日)

 自宅に干していた夫所有の作業ズボンに火をつけて、同ズボン及びその横に並べて干してあった妻のジーンズを焼損したという器物損壊事案です。

 裁判官は、

  • 妻が夫の作業ズボンと自らのジーンズについて告訴したが、夫による告訴がなされなかったところ、当該ズボンは専ら夫の着衣として用いられた物であっても、その修理、洗濯などは妻が日常の家事として行っており、夫婦の共同生活に供するため共同管理下にあった器物といえるとの理由で、夫のズボンについて、妻も被害者として告訴権を有する

としました。

千葉地裁判決(昭和57年5月27日)

 建物賃借人も、賃借建物の窓ガラスの損壊につき、被害者として告訴権を有するとしました。

所有権者以外の告訴権者の範囲

 上記判例のとおり、器物損壊罪の告訴権者は必ずしも所有者に限られないものの、所有権者以外に告訴権者たり得る者の範囲について基準は示していません。

 器物損壊罪の保護法益が物の効用又は価値であることからすれば、所有権者以外にも、適法な権限に基づいて、当該物の価値(利用価値だけでなく交換価値を含む)を把握する者には原則として告訴権を認めるのが相当と解されます。

 具体的には、

地上権者・永小作権者・地役権者等の用益物権者・留置権者・動産及ひ不動産の先取特権者・質権者・抵当権者等の担保物権者、契約・事務管理によって占有管理する者、差押権利者、仮処分権利者、以上の者のために占有管理する者及び占有権者

などにも告訴権を認めるのが相当と考えらえます。

国又は地方公共団体その他の法人が所有する物件の告訴権者(委任、事務分掌規程を要する)

 損壊等された物を個人ではなく法人が所有する場合、法人が告訴権を有するが、告訴権を行使するのは法人の代表者です。

 また、代表者から告訴について委任を受けた者も告訴を適法になし得ます。

 個別の委任がない場合、代表者以外に誰が告訴権を行使し得るかは、当該法人内部の

事務分掌規程(国や地方公共団体等の場合には、関係法令・規則等を含む)

によって決せられることとなります。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和32年12月27日)

 地方裁判所支部庁舎の玄関扉のガラスを破壊した器物損壊罪につき、本来の所管庁の長である最高裁判所長官と共に、当該地方裁判所長も、内部の事務分掌規程により、その管理権を有すると認められ、同所長による告訴が適法とされた事例です。

 裁判官は、

  • 国有財産について毀棄が行われた場合、何人においてその告訴権を有するかは、国という本来の性質に照らし、これが告訴権行使につき法令上何人において国を代表する機関たる地位を有するかという問題に帰着する
  • 告訴権行使については、専ら国有財産の管理及び処分の機関やその権限事項等を規定した国有財産法の定めるところによるのほかはない
  • 地方裁判所支部の建物の扉、ガラス戸は、国有財産法所定の行政財産中の公用財産に該当し、これが管理権は、所管庁の長である最高裁判所長官においてこれを有すると共に、当該地方裁判所長も、また、下級裁判所会計事務規程第2条、第87条によりその管理事務を分掌し、管理権を有するから、当該地方裁判所長は、右扉およびガラス戸の各ガラスが故意に投棄されたときは、国を代表して、これが毀棄事実につき適法に告訴し得るものと解すべきである

と判示しました。

 なお、この裁判は最高裁まで争われ、最高裁は東京高裁の判決を肯定しています(最高裁判決 昭和33年7月10日)。

東京地裁判決(昭和33年9月29日)

 東京都第3復興区画事務所管内の東京都の管理地及び管理道路に設置された東京都所有の工作物の損壊につき、管理権者は、東京都第3復興区画事務所長であり、その下部機関である第30地区長は、管理権者の告訴権行使についての委任がない限り告訴することはできないとしました。

長野地裁判決(昭和39年11月2日)

 市役所出張所庁舎及び農業協同組合事務所の窓ガラスの損壊につき、出張所長及び組合総務課長は、それぞれ市長及び組合長からの委任がない限り告訴権は認められないとしました。

長崎地裁大村支部判決(昭和33年6月17日)

 国有財産である学校校舎に付属する和裁室入口開戸のガラスが損壊された行為につき、同校舎を国から賃借していた市の機関として市立中学校校長に告訴権を認め、また、警察署留置場の便器を破壊した行為につき、同便器が県の所有物品であり、同警察署長に県の機関として告訴権を認めました。

共有物の共有者による告訴

 共有物を損壊された場合で、共有物の共有者の1人が共有物に関する犯罪に対して行った告訴は、その共有持分の多少にかかわらず、有効な告訴としての効力を有します。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(大正14年6月11日)

 裁判官は、

  • 数人共有して立木を毀棄したる者ある場合において、共有者の一人が告訴をなすときは、検事はその犯罪に対して適法に公訴を提起することを得るものとす

と判示しました。

自己所有物損壊の特例(刑法262条)との関係

 刑法262条は、

自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は配偶者居住権が設定されたものを損壊し、又は傷害したときは、前3条(刑法259条:私用文書等毀棄罪、刑法260条:建造物等損壊罪、刑法261条:器物損壊罪)の例による

と規定します。

 「自己の物」とは、「犯人の所有に属する物」という意味です。

 犯人自身が所有する建造物や物を、犯人自身が損壊させた場合に、通常であれば建造物等損壊や器物損壊罪は成立しません(自分の物を壊しても罪に問われない)。

 しかし、犯人自身が所有する建造物や物でも、その建造物や物に他人の権利が関係している場合(国から差押えを受けているなど)は、その建造物や物を損壊すれば、器物損壊罪が成立します。

 刑法262条の適用がある場合も、器物損壊罪が成立するのであり、この場合の器物損壊罪も親告罪であることに変わりはありません。

 そして、自己が所有する物を損壊等した場合で(犯人が所有する物を犯人が損壊した場合で)、刑法262条の適用がある場合は、当該物の差押権者、物件取得者又は賃借人は告訴権を有します。

 この点につき、参考となる以下の判例があります。

大審院判決(昭和14年2月7日)

 抵当権及び地上権を設定した自己所有地を損壊した事案において、原審が刑法262条の適用がある場合は非親告罪であるとしたのに対し、刑法262条の適用がある場合も構成される罪は刑法261条の罪であって親告罪であるとした事例です。

 裁判官は、

  • 抵当権及び地上権を設定しある自己所有地を損壊したる行為により成立する罪は、刑法第261条の罪にして親告罪なりとす
  • 告訴は、その提起後、告訴権者が告訴権の基礎となりたる資格を喪失するも、その効力を失うものに非ず

と判示しました。

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