刑法(偽計業務妨害罪)

偽計業務妨害罪(10) ~「『偽計』と軽犯罪法1条31号の『悪戯』との区別」を説明~

 前回の記事の続きです。

「偽計」と軽犯罪法1条31号の「悪戯」との区別

 軽犯罪法1条31号は、「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」に対し、拘留又は科料の刑を定めています。

 ここにいう「悪戯など」とは「一時的なたわむれで、それほど悪意のないもの」をいいます。

 例えば、

  • 舞台に出ようとする役者の背中に貼紙をする行為
  • 講演者にこしょうを振りかけてくしゃみをさせる行為

がここにいう「悪戯」に当たります。

 「悪戯など」の「など」とは、「他人の業務の妨害となり得る行為で、刑法の公務執行妨害又は業務妨害にあたることとならない一切のものを含む」と解されています。

 つまり、軽犯罪法1条31号は、刑法の業務妨害罪(刑法233条後段刑法244条)に関しては補充規定の関係に立つと解されています。

 業務妨害行為が

  • 刑法上の偽計業務妨害罪(刑法233条後段)に当たるか
  • 軽犯罪法上の悪戯業務妨害罪(軽犯罪法1条31号)にすぎないか

を判断するに当たっては、理論的には、まず

  • 用いた手段が「偽計」に該当するか否か

を検討し(当たれば刑法上の業務妨害罪となる)、これに当たらない場合に、次に

  • 「悪偽など」に当たるか否か

を検討する(当たれば軽犯罪法1条31号違反となる)ことになります。

 実際の裁判では、上記の検討の観点のほか、

  • 業務妨害行為の犯行態様
  • 業務妨害の程度
  • 侵害性の大小
  • 犯人の犯意の軽重
  • 当時の周囲の諸状況
  • 法定刑の違い(偽計業務妨害罪は刑罰が重い、軽犯罪法違反は刑罰が軽い)

などに着目し、それが刑法上の偽計業務妨害罪と評価し得るか、軽犯罪法違反としか評価し得ないかが判断される一面があります。

偽計業務妨害の成立を否定し、軽犯罪法1条31号違反を認定した裁判例

 偽計業務妨害の成立を否定し、軽犯罪法1条31号違反を認定した裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和29年11月12日)

 列車から下車する際、おもしろ半分に制動機の緩解を阻止する装置を緊締状態にして降車し、列車の出発を不能にして是正のため約3分間遅発させた事案です。

 裁判所は、

  • 刑法第233条にいう「偽計を用い」とは、人の業務を妨害するため、他人の不知あるいは錯誤を利用する意図をもって錯誤を生ぜしめる手段を施すことをいうのであって、列車の制動機を故なく緊締する場合、他人がその事実を知らないこと、あるいは緊締していないものの如く錯誤に陥ったことを利用して業務を妨害せんとするの意図に出たことが認められないかぎり、刑法第233条をもって律することはできないのである
  • 本件についてみるに、被告人は司法警察員に対する第1回供述調書中において「別に鉄道側に怨みもなく又そのような悪い事をせなければならないわけもなかったのでありますが、かんたんに考えてやった」旨供述し、この供述調書や被告人の原審公判調書中の供述記載並びに当審の証拠調の結果に徴すれば、被告人は原判示の如く列車が河瀬駅に到着し下車せんとするに際し、たまたま列車の振動で判示制動機のハンドルが被告人の身体に触れたところから単なる興味にかられ面白半分に予でハンドルを7、8回、回転し、爪車に爪(制動機の緩解を阻止するための装置)をかけたままにして降車したことが認められるのであって、被告人が該列車の進行妨害のため前示制動機を緊締しこれを緊締していないように他人を錯誤に陥らしめ、この錯誤を利用する意図の下に本件所為に及んだものであるとは記録上到底確認し難い
  • 被告人には制動機を緊締すれば列車の運行に支障を来すとの認識があったことはこれを否定し得ないところであるけれども、それだけで進んで列車運行妨害のためにする制動機緊締に関する他人の錯誤利用の意図の存在までも肯定することはできず、記録中の諸資料を検討してみても、被告人が敢て右のような意図を抱いたと首肯するに足りる事情は見当らない
  • 従って、被告人の本件所為は刑法第233条の定める偽計を用い他人の業務を妨害した罪に当るものとはなし難く、当審証拠調の際における被告人の供述によっても明かなように、同人は幼少時、木から落ち大怪我をして知能の程度に多少劣るものあることが窺われるのであり、むしろ叙上認定の如く興味にかられ面白半分の気持から出た所為、即ち悪戯と認めて誤なくこれを以て経験法則に反する認定ということはできない

と判示し、偽計妨害罪は成立せず、軽犯罪法1条31号違反が成立するとしました。

軽犯罪法違反にすぎないとの弁護人の主張を排斥し、偽計業務妨害罪の成立を認めた判例

 軽犯罪法違反にすぎない等との弁護人の主張を排斥し、偽計業務妨害罪の成立を認めた判例があります。

大阪高裁判決(昭和39年10月5日)

 他人名義で虚構の注文をして、徒労の物品配達を行わせた行為につき、偽計による業務妨害の成立を認め、軽犯罪法第1条第31号にあたるとの弁護人の主張を排斥した事例です。

 裁判所は、

  • 被告人は右結果(※被害者の業務を妨害する結果)の招来を意に介することなく、本件各被害者らに対し電話によって真実前認定の如き注文依頼があったように慎重巧妙に同人らを欺きとおし、その錯誤を利用するという策略手段に訴えた次第であり、その動機、目的、態様に照し右の手段は軽犯罪法第1条第31号にいう悪戯と目しうる程度を超え、刑法第233条にいう偽計に該ると解するのが相当である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和48年8月7日)

 約970日にわたって無言電話をかけて中華そば店の営業を妨害した事案です。

 弁護人が、被告人の行為は軽犯罪法1条31号によってのみ処断さるべきであると主張したのに対し、裁判所は、

  • 同号にいう「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した」とは偽計にもあたらない違法性の軽度のいたずらあるいはこれに類する些細な行為により他人の業務を妨害した場合をいうものと解されるところ、被告人の原判示所為は右にいわゆる「いたずら、あるいはこれに類する些細な行為」と目し得る程度を遥かに越えるものであり、軽犯罪法の右規定をもって律すべき場合にあたらないことは明らかである

と判示し、軽犯罪法1条31号違反ではなく、偽計業務妨害罪が成立するとしました。

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