前回の記事の続きです。
逮捕の意義
逮捕とは?
逮捕罪(刑法220条)にいう逮捕とは、
人の身体に対して直接的な拘束を加えてその行動の自由を奪うこと
をいいます。
拘束を加える方法は、手足の制縛などの
有形的方法
によって行われることが通常ですが、それのみに限られません。
拘束を加える方法は、脅迫したり、だましたりする
無形的方法
によっても可能です。
無形的方法の例として、警察官だと偽り官公署に連行することが挙げられます。
逮捕は現実的な支配を必要とするので、威嚇して一定の場所に出頭を命ずることなどは逮捕とはいえません。
逮捕には継続性が必要である
1⃣ 逮捕には、自由の拘束が多少の時間継続することが必要であり、瞬時の拘束は、逮捕罪は成立せず、暴行罪を構成するにとどまります。
この点を明言したのが以下の判例です。
大審院判決(昭和7年2月29日)
被告人が被害者に対し、足をかけて押し倒し、こぶしでその頭部顔面等を殴った上、わら縄でその両足を縛り、約5分間制縛して引きずり回し、全治5日ないし7日を要する傷害を負わせた事案です。
裁判所は、
- 逮捕には多少の時間継続して自由を束縛するという要素が必要であるから、単に一瞬時の拘束は暴行罪に当たっても逮捕罪には当たらないといえる
旨判示しました。
なお、本件では被告人はわら縄で被害者の両足を縛り、約5分間制縛して引きずり回しているのであるから逮捕罪に当たるとしています。
2⃣ ある程度継続した自由の拘束がなされる限り、その時間の長短は問われません。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(昭和7年2月12日)
裁判所は、
- その行動の自由の拘束は多少の時間継続することを必要とするが、その時間の長短は問わない
旨判示しました。
名古屋高裁判決(昭和35年11月21日)
裁判所は、
- 被告人が午前1時を過ぎた深夜、その運転する自動車にS子を同乗させ、同女の降車の意思に反して、時速25キロメートルないし35キロメートルで右自動車を走行させ、同女をして生命の危険を感ずることなしには、この走行中の自動車からの脱出が不可能の状態においた以上、その脱出不能の状態においた時間が僅々1分以内に過ぎなかったとしても、これを刑法にいわゆる人を監禁したものに当たるものと認めるのに妨げない
と判示しました。
3⃣ 拘束が完全である必要はないが、ある程度確実に被害者の行動の自由が拘束されたか否かによって、逮捕罪と暴行罪とを区別することになるといえます。
参考となる以下の判例があります。
大審院判決(大正12年7月3日)
裁判所は、
- 被害者の身体を麻縄で縛って確実に同人の身体の自由を拘束したことが認められるから、逮捕罪に当たることはいうまでもない
としました。
単に被害者の身体の一部分を拘束するにすぎない場合は、逮捕罪を構成しない
1⃣ 単に被害者の身体の一部分を拘束するにすぎない場合は、逮捕罪を構成しないと解されます。
例えば、被害者を後手に縛っただけで自由に放置する行為が、逮捕罪に該当するか否かについては、逮捕・監禁罪の本質が一定の場所からの移動という意味における行動の自由に対する侵害にあると考えられるので、逮捕罪を構成しないと解されます。
学説では、人が自然の状態において有する自由が侵害されれば逮捕監禁罪は成立するとするのは少数説です。
単に被害者の身体の一部分を拘束するにすぎない場合は、
- 完全なる自由の剥奪がないから逮捕罪は成立しないとする
- 人の身体に対する直接的支配を設定したものとはいえないから暴行罪にあたるにすぎないと解すべきであるとする
- 身体の自由を確実に奪ったとはいえないから、暴行罪が妥当であるとする
という考え方により、逮捕罪を構成しないと考えるものが多数説です。
逮捕罪の事例
判例に現れた逮捕罪の事例として以下のものがあります。
- 2名で被害者から金員を喝取しようと企て、その手段として、うち1名が被害者に対し、刑事巡査であると詐称して、被害者を塩の故買者であると詰責し、手で数回同人の頭部を乱打し、かつ袂より麻縄を取り出し、その両手を縛し、さらに殴打を加え、味噌代金と塩の損害金との支払いを要求し、もしこれに応じなければ警察署に引致すると脅したというもの(大審院判決 明治43年10月10日)
- 被害者の身体を麻縄で縛るというもの(大審院判決 大正12年7月3日)
- 被害者が極力抵抗するにもかかわらず、その身体を捕え、暴力を用いてその自由を拘束し、これを引っ張り、あるいは押さえるなどして拉致するというもの(大審院判決 昭和4年7月17日、この事案は、民事訴訟において当事者本人尋問のため呼び出された者を、暴行を用いて強制的に裁判所構外に連れ出し、尋問を受け得なくしたというものであり、強要罪ではなく逮捕罪が成立するとされたものです)
- 押し倒した被害者の両足をわら縄で縛り、約5分間制縛して引きずり回すというもの(大審院判決 昭和7年2月29日)
- 被告人ら2名が他2名とともに公安調査官を取り囲み、怒号しながら同人の左手をつかんで引っ張り、肩辺を押し返す等してその退去を阻止し、用便に立つことさえ妨害し、口にくわえたタバコを払い落とす等の暴行脅迫を加え、夜間約3時間にわたって同人の身体の自由を拘束し、さらに被告人ら4名が他1名とともに調査官を引き立て、約1時間を費やし約3キロメートルの間、同人の意に反して強いて連行し、その間ほか数名と共同して調査官の両側より両腕を扼して引っ張り、手首をつかみ、背中を押し、数メートル引きずる等の暴行を加え、同人の身体の自由を束縛するというもの(最高裁判決 昭和36年9月14日)
- 本社組合Aとこれから脱退した者を中心とする組合Bの間の紛争の過程で、早朝、組合Bの書記長Sが、先に本社組合Aが配布した組合Bを非難するビラに対する組合Bの言い分を記載したビラを本社で従業員に配布しようとしたところ、①本社組合Aの副組合長の被告人Tが、午前7時頃、ビラを配布しているSに対し、右手で同人の左肩をつかんで後方に引き退かせ、ひじで同人の胸部付近を1回突き、午前7時20分頃、右手で同人の胸部辺を2回突き、ビラ配布を断念してタクシーに乗車しようとする同人の手首をつかみ、腕を組むようにして引っ張り、近くの組合事務所に連れ込み、午前7時30分頃、逃れ出てタクシーに乗り扉を閉めた同人に対し、扉を開け右手で同人の左手首を握り左手でその胸の辺の着衣をつかんで車外に引っ張り出し、右腕で同人の左腕を抱えるようにして再び同人を組合事務所に同行し、②被告人T及び本社組合Aの書記長の被告人Oが、Sの配布しようとしたビラの内容について取消文を書かせるため、出て行ったSを再び同事務所に連れもどそうと考え、本社正門付近で、被告人らを振り切って退去しようとするSの前に立ちふさがり、同人を中にはさんでそれぞれその両腕を抱え約60メートルを約15分にわたり無理に連行するというもの(最高裁判決 昭和50年8月27日)
- 6名共謀のうえ歩行中の被害者に近寄って取り囲み、うち2名が両側からそれぞれその腕をつかまえ、被害者が引き返そうとするや上記2 名で被害者の脇下に手を差し入れて同人を抱え上げながら前方に引っ張り、ほか1 名において被害者を後方から押し、同人が両腕を前方に突き出し腰を低く落として連行されまいと抵抗するのもかまわず、約30メートル引きずったあと、さらに同人の両脇下に手を差し入れたまま引っ張り、後方から押すなどして、さらに200メートル余りの距離を連行するというもの(最高裁判決 昭和50年11月25日)
- 被告人らが他数名とともに被害者の左右両側からその両腕をつかみ、あるいはその胸倉をとるなどの方法により、同人に対し暴行を加えながら連行し、「ただでは帰さんぞ」などと申し向けたほか、棍棒を同人の胸部付近に突き付けながら「お前はどこの馬の骨だ」と申し向けて、同人の生命、身体にどのような危害を加えるかも図りがたい気勢を示し、同人を脅迫のうえ、同人の両手を背後に回し、その両手首及び上膊部をそれぞれ綿ロープ様の縄及び荒縄をもって縛るなどの暴行を加え、同人の行動の自由を奪い、さらに同人を前同様縛りつけたまま連行するというもの(名古屋高裁判決 昭和45年8月25日)
- 多数共謀のうえ47名の被害者らに対し、殴打、足蹴りなどの暴行を加え、路上にスクラムを組んで座り込んでいた同人らをスクラムから引き離したうえ、その手足を持って引きずるなどした後、トラック又はマイクロバスに乗せ、あるいは両腕をとって徒歩で連行するなどし、約300メートル離れた場所に連れ込むというもの(神戸地裁判決 昭和58年12月14日)
- 路上で、16歳の女性に対し、「お前が人質になれ」等と怒鳴り、襟首を右手でつかみ、刃体の長さ約12.15センチメートルのペティーナイフを胸部と頸部等に突き付け、約20分間にわたり連行するというもの(名古屋地裁岡崎支部判決 平成12年5月15日)
- 共犯者において被害者の腰付近に抱き付いて押し倒し、同人の脇を被告人と共犯者とで抱えるなどしたもの(さいたま地裁判決 平成14年9月11日)
- 背後から被害者の頸部を左腕で抱え込み、あらかじめ用意して右手に持った包丁をその首筋に突き付けるなどしたもの(人質事案)(名古屋地裁 平成15年11月11日)
- 被害者の実家に不法に侵入した上、同所で被害者に対し「お母さんを殺してやったぞ」と言い、その肩を腕で挟んで立たせ、肩を腕で抱きかかえるなどして連行したというもの(千葉地裁判決 平成22年8月6日)