前回の記事の続きです。
部屋等に連れ込み、取り囲んだり監視したりして脱出を不能にする監禁行為
監禁罪(刑法220条)の監禁行為について、
部屋等に連れ込み、取り囲んだり監視したりして脱出を不能にする監禁行為
があります。
この種の監禁行為について、判例上、以下のものがあります。
- 匕首を示して脅しながら階下の炭小屋に押し込め交代に監視するというもの(最高裁判決 昭和24年7月12日)
- 被害者両名を2階の一室に閉じ込め数名で監視し、さらに被害者のうち1名につき両手錠を施し、その身体に拘束を加えて捕え、コンクリート造の倉庫内に入れて扉を閉じて10分間閉じ込めた後、再び2階の一室に閉じ込めて監視するというもの(最高裁判決 昭和28年11月27日)
- 被害者の右腕を捉えて10数名で食堂に連行して取り囲み、出入り口に監視者を付した上、さらに数名で六区室と称する階下の広い部屋に連れ込み数名で監視を続け、被害者が便所に赴く際にも2名で両腕を取って誘導し、5時間余りにわたって拘束するというもの(最高裁決定 昭和39年12月3日)
- 数名で被害者(当時24歳の女性)をビルの一室に連れ込み、着衣をはぎ取ってパンティのみの裸にし、部屋の隅にうずくまった同女に暴行脅迫を加え、衣服の着用を許さず監禁するというもの(最高裁決定 昭和42年4月27日)
- 被告人ら2名で被害者をタクシーに乗せて暴力団事務所に連行し、同人を取り囲み監視して逃走を防ぐというもの(最高裁決定 昭和43年9月17日)
- 2階の座敷に連行し、3名で回りを取り囲んで退去し得なくするというもの(名古屋高裁判決 昭和25年5月25日)
- 4名で経団連に侵入し、猟銃・日本刀・拳銃などで武装し、居合わせた職員らに対しその凶器を示すなどして脅迫し、12名を秘書課室に押し込めて監視を続け、長い者で10時間半にわたって同部屋から脱出を不能にして監禁するというもの(東京地裁判決 昭和53年3月6日)
- 倒産したK工業新聞社組合員である被告人らが数人で、11月4日朝、同社元取締役編集長のYが単身居住するアパートに押しかけ、Yが隣室の者に110番通報を依頼すべく叫び、被告人らとの面会を拒むにもかかわらず、Yを部屋に押し込み、団交すると言って繰り返しYを難詰し、同日午後7時ころ、近くの喫茶店に場所を移して同様の詰問を続け、同日午後9時ころYが隙を見て同店便所窓から逃げ出したが、これを路上で捕まえ、小突き回したり足蹴にしたりネクタイをつかんで締めあげるなどした上、無理矢理乗用車の後部座席に押し込み疾走させ、途中「東京湾の岸壁あたりに行って殺して埋めれば分かりはしない」などと言って脅迫を加えて、同日午後11時30分ころ同社事務室に連れ込み、同室において、Yを床の上に座らせて取り囲み、胸倉をつかんで小突きネクタイを締めあげる等した上、見張りを置いてYの動静を監視するとともに、就寝中入ロの扉に施錠をし、団体交渉と称して会社再建案策定以降のYの行動について繰り返し問いただすなどし、さらに、Yの頬を平手でたたき頭からコップの水を掛け脇腹を手拳で殴打し、同月8日午前0時30分ころまでの間、Yを上記事務室に閉じ込めて監禁するというもの(東京高裁判決 昭和56年2月16日)
- A中央郵便局勤務の郵政事務官であり全逓A地区本部A中央支部の役員あるいは執行委員である被告人ら7名が、書記局で開かれていた執行委員会の状況を書記局前の廊下で立ち聞きしていたとして、同郵便局第1保険課長のSを追及するため、他の十数名の組合員と共謀のうえ、1人がSの腕をつかんで椅子から立たせ、同時に4、5名がSの両脇や腰部付近を抱えるようにして、抵抗するSを引きずって無理矢理書記局内に連れ込み、直ちに出入口の扉に施錠してSを監視し、約6時間近くにわたってSを監禁するというもの(東京高裁判決 昭和59年3月13日)
- 被告人A、B、C、Dら4名で、Aが偽計を弄して近づき、暴力団組員であるなどと申し向けて脅迫して連れてきた当時17歳の女性被害者Xに対し、C宅の6畳居間に連れ込んだ上、当初は交互に交代で監視してXの脱出を困難にし、さらに監禁して10日目ころにXが同所からの逃走を図り、警察への通報を試みるや、A、B、CにおいてXの顔面を手拳で殴打したり、AにおいてXの足首にライターの火を押し付けるなどの暴行を加え、さらにその10日後ころからは、Eを監視役に加えたり、度重なる暴行と食事も満足に与えられなかったXをして極度の衰弱状態に陥れて脱出ないし逃走する気力を失わしめ、よって40日間にわたりXを前記居室等に監禁するというもの(東京高裁判決 平成3年7月12日)
- 被告人らが、被害者ら3名が進駐軍米兵操縦のジープ内に逃げて入り込むや、ジープの運転台に乗ろうとする米兵にしがみつくなどして同人をジープに乗せないように妨害し、さらにジープの前面に寝転ぶ、あるいは、ジープの前を押さえたり、後方に引っ張るなどして、ジープが発車するのを妨害した事案につき、「右米兵のジープ操縦行為を妨害することにより、ジープの進行を阻止妨害して右3名の救出行為を困難又は不可能ならしめ、又右3名をジープ内から脱出することをも不可能にして、乗車のままの状態でその自由に行動することを束縛したことが明らかであるから、右ジープが自由に進行を始めるに至ったまではやはり不法に右3名を監禁していたものと認めるのを相当とする」と判示し、監禁罪の成立を認めたもの(東京高裁判決 昭和26年1月27日)
- 被告人が、被害者が乗車している乗用車の周辺のデモ隊に対し、座り込みを指示したり、スクラムを組めと指示したり、自らも座り込みを実行したりして同車の包囲に加わり、被害者らを救出するため機動隊がデモ隊の抵抗を排除して同車に取りつき、周囲を警察官で取り囲んで防護することに成功するまで被害者らを車内に閉じ込めて監禁したというもの(東京地裁判決 昭和40年4月27日)
- 事務所の窓を外部から釘づけにして窓からの出入りを不可能にし、唯一の出入口である事務所入口の戸の前に3尺くらいの高さに障害物を置き、かつ、外部より家人が出て来るのを監視している場合には、物理的に出入りが絶対に不可能でないにしても、困難であったというべく不法監禁罪が成立するとしたもの(大阪高裁判決 昭和38年11月25日)