前回の記事の続きです。
脱出の困難性を否定して監禁罪の成立を否定した事例
監禁罪(刑法220条)が成立するためには、一定の区域からの被害者の脱出が不可能である必要はなく、それが著しく困難であれば足ります。
脱出が著しく困難であるかどうかは、
具体的事情の下で一般人を基準に客観的に判断されるべき
とされます。
脱出の困難性を否定して監禁罪の成立を否定した事例として、以下のものがあります。
被告人ら十数名の者が、午後11時過ぎ頃、就寝中の被害者の下に押し掛け面会を求め、被害者がその場から引き上げようとすると、同人を取り囲んで屋外に連れ出し、途中、同人を背後から突き、同人が転倒するや、その左足を蹴った上、靴でこれを踏み付ける、あるいは、同人の腰部付近を革靴をはいた足で蹴り、その左腕を捻じ上げ、被害者に対し「こんなずるい奴は川に押し飛ばして冷やしてやれ」と言って脅迫し、さらにその1時間余り後にも、同人が被告人らの要求に対し確答しないことに憤慨し、「こんなずるい奴はどうしても川の中に入れなければならない」と言って同人を脅迫するとともにその両腕を後から捻じ上げるというように、被害者に対して多衆の威力を示して暴行及び脅迫を加え、4時間近くにわたり被害者を取り囲んで同人に対する追及を続けたという事案です。
裁判所は、
- 被告人らに(改正前の)暴力行為等処罰に関する法律1条1項違反の罪は成立するが、本件当時被害者が被告人らやその他の者に取り囲まれて脱出不能の状態であったとは認め難いので、被告人らが、他の組合員や支援団体員らと共謀して、被害者を取り囲んでその自由を拘束し、同人の脱出を不能ならしめてこれを不法に監禁した旨認定した原判決は事実誤認である
旨判示し、監禁罪の成立を否定しました。
京都地裁判決(昭和47年4月4日)
被告人らは10数名と共謀の上、Iの受験妨害の目的で、試験場である講堂内の所定の席に着席していたIに対し、背後からその両脇に腕を入れて通路側に抱え出し、両腕を引っ張り背中等を強く押す等して同講堂から隣接する控室に連行し、同室内で同人を取り囲み、その胸部を押し、あるいは体当りを加える等し、さらに試験場内へ戻ろうとする同人の右肩付近を突き飛ばして控室から階下へ通じる階段下へ突き落とした上、同所においても同人の周囲を取り囲み、同人がなおも再三脱出を試みるやその前方に立ち塞がりあるいは押し返す等してこの間1時間20分余りにわたり同人の行動の自由を束縛して不法に監禁した事案です。
裁判所は、
- Iを講堂から控室に連れ込んだ行為及び控室内で取り囲んだ行為が概ね公訴事実どおりであり、その態様においてさほど強くはなかったものの暴行に該当することは明らかであるが、控室では北側本件階段への出入口の観音開きの扉の片方が開いていたこと、被告人らが同室においてこもごもI対し「外へ出よう」などといって同室から外へ出るよう促し、受験を断念するよう説得していたこと、Iが受験場である講堂へ戻ろうとした際、被告人らがIを控室から本件階段上部踊場へ押し出し、ついで階段中間踊場を経て階段下まで移動した事実が認められ、これらの事実によると、被告人らが本件控室においてIを取り囲んだ行為は、単に同人が本件講堂に立ち戻ることを制止しようとしたにとどまるものであって、同人としては、被告人らの右行為によって同室からの脱出のため本件階段へ出ることについてまでも不可能または著しく困難な状態におかれたものとはとうてい認め難く、したがって被告人らの右行為が監禁罪の構成要件に該当しないことは明らかである
- Iが階段上部から同中間踊場を経て階段下まで移動したことが被告人らの行為によるものであるとは認められず、さらに階段下では、Iはもはや午前中の試験を受験することは諦める気持ちにもなり、力の限りを尽くしてまでも同所を立ち去ろうという考えを放棄したこと、したがって同人が同所を立ち去ろうとするのを被告人らが制した行為もさして強力なものでなくI を同所に強く拘束するに足る程度であったとは断定し難い
- そうだとすると、Iが同所において被告人らによって取り囲まれ、約1時間一定場所に滞留を余儀なくされたとはいえ、それは、同人が同所から脱出することが不可能または著しく困難な状態であったとは到底認め難い
として監禁罪の成立を否定しました。
東京高裁判決(昭和48年8月10日)
日米安保条約の自動延長に反対する学生らの間でストライキの動きがあったS工業大学で、大学側の雇い入れたガードマン(T探偵社)を発見した学生ら十数名が、大学側が学生の動向調査と学内活動の弾圧をはかっているものと考え、同大学学長室において、学長ら9名と午後10時頃から対峙してこれを激しく追及し、1名の教授が用便を訴えた際には、学生が同行して行動を監視し、ガードマン会社の者の同様の訴えには拒否し、理事の1人からの腰の具合が悪いのでここから出してくれとの要求も拒否し、さらに午後11時近くになってガードマン会社の者が帰ろうとしたのに対し、被告人の1人が「帰ろうとしても帰れるかどうか分からんぞ。Sの学生はバカだから何をするか分からんぞ」と脅した上、その後さらにガードマン会社の者が電車がなくなるので帰して欲しい旨申し出たのに対し、被告人両名で「今日おれ達は重要なことをやっているんだから、それが片付くまで帰れないぞ、今日はお前につき合ってもらう」と答えるなどして、強いて退出したり、救いを求めたりなどしたら、あるいは危険かもしれないというような雰囲気を醸成し、学長ら9名の者の退出を困難ならしめ、その後、午後11時過ぎにうち2名が学生の隙をつき同室から脱け出したが、残りの者は翌日午前1時近くに学生らが全員同室から退去するまで同室でそのままの状態に置かれたという事案です。
裁判所は、
- S工大当局側、T探偵社側の者が前示学長室から外部へ出ることが事実上妨げられたことはこれを認めるべきであるが、その始期をどこに置くべきかは、証拠上困難な問題でありて、応接間の構造と大学側、学生側関係者の態勢をも合わせ考えると、被告人らを含む学生らが果してこの時期(NとKが学生側の隙をつき学長室から脱け出した午後11時過ぎころ)までを通じ、大学当局側、T探偵社側の者に対し、学長室から外部へ出ることをはばんで、その脱出を不可能または著しく困難ならしめるような客観的な態勢をとっていたものであるかは疑わしい上、午後11時過ぎ頃、相次いで脱け出したNもKも警察への申告等の行為に全く出ていないことを併せ考えれば、被告人両名が学長応接間に到着して先着の学生らに合流した時点の頃、被告人らが大学当局側やT探偵者側のひとびとを学長室より外部へ出ることを不可能にし、または著しく困難にするような状態に置いたものと認め難いのはもちろん、その後、N、K両名の退去の時点まで、大学当局、T探偵者双方の関係者を学長室から外部へ出るととを不可能にし、または著しく困難にするような態勢に置いていたとすることも確認し難いものといわなければならない
- そして、その後の約2時間近くについにも、学生側が残った大学当局者らをあらためて客観的な監禁の態勢に置いたものとみることも困難であるから、被告人らの本件所為は、監禁罪の客観的構成要件である、人を一定の場所から自由に出ることを不可能または著しく困難にしたものと見るだけの証拠が充分でないから、原審としては、その理由により被告人両名に対し無罪を言い渡すべきであった
とし、監禁罪の成立を否定しました。
福岡地裁久留米支部判決(昭和54年2月27日)
H県高等学校教職員組合本部執行委員である被告人両名が、当日午後8時頃から翌日午前4時40分頃までの間、県立U高校会議室において、校長と職員会議の件等について職場交渉中の同組合U支部U高分員多数の者と共謀の上、校長を不法に監禁し、被告人Aは、その際、校長に対し傷害を負わせた事案です。
裁判所は、傷害については有罪としましたが、監禁については、
- 脱出を不可能又は著しく困難ならしめる障害としては、物理的側面及び心理的側面の両面から考える必要がある
- 校長が会議室から脱出することが不可能又は著しく困難な物理的障害があったとは認められないこと、客観的に校長の脱出意思の確固性と同人に対する自由の拘束が明らかであったとはいえないこと、校長の側及び組合員らの側からみても不当に拘束されあるいは拘束している意思は認められないこと
等を挙げ、
- 被告人らの本件所為は、監禁罪の客観的構成要件である、人を一定の場所から自由に出ることを不可能又は著しく困難にしたものとみるだけの証明が十分でない
とし、監禁罪は無罪としました。
控訴審の福岡高裁判決(昭和57年2月25日)も、
- 校長は当初の午後8時頃及び午後9時頃には交渉を打ち切って会議室から出る意思をはっきり表明していること、しかるに、被告人両名が校長の両腕を左右からつかんで引き止め、「なぜ出て行くのか、座れ」などと言って座らせるなど、その都度、主に被告人両名が交渉の継続を要求して制止していること、午後8時頃から翌日の午前0時過ぎ頃までの会議室の状況は、部外者の加わった交渉には応じられないとしてほとんど無言のままの校長と校長の態度に憤慨した組合員らとが対立したまま交渉が進展せず、業を煮やした組合員らがロ々に校長を面罵し、中には暴行に及ぶ者もいるなど、本件交渉において被告人両名及び教職員ら多数の組合員が校長に対してとった言動には常軌を逸するものがあり、監禁と言われても仕方がないような一面があるとはいえ、当日の交渉が校長の管理する自校の会議室において行われており、しかも校長として今後の校務を運営していく上で相当重要と思われる事項に関する話し合いであったため、これを自力で乗り切ろうとする姿勢が垣間見られ、校長は、本気で会議室から脱出しようと思えばそれが必ずしも困難であったわけではなく、被告人両名らによって無理矢理そこに閉じ込めらていたというよりは、むしろ校長自らの意思でその場にとどまっていたのではないかとの合理的疑いを免れないから、本件は被告人らが校長をその意に反して会議室から外に出ることができないようにしたという有罪の証明が十分でない場合にあたると認めるのが相当である
とし、監禁罪は無罪としました。
大阪高裁判決(平成23年8月31日)
自己が仕事上優位な立場にあることを利用して、取引先社員の若い女性である被害者Aをラブホテルに連れ込んだ上、わいせつな行為をして傷害を負わせたとする監禁、強制わいせつ致傷(現行法:不同意わいせつ致傷 刑法181条)の事案です。
裁判所は、監禁について、
- Aにとって、被告人とホテルに入ったことが意に反するものであって、積極的にも消極的にも同意していないが、Aは、上司等から、被告人に逆らって被告人の機嫌を損ねないように言われていて、被告人の要求を拒み難い立場に置かれていたところ、被告人から強引に本件ホテルの前まで連れて行かれて、被告人から「わしを誰やと思ってんねん。仕事上では神やぞ。逆らえると思ってんのか」という趣旨のことを言われてホテルに入ることを要求されたとしても、それが強迫といえるほどの強い口調や声のものであったとまでは認められないし、また、被告人がAの腕を掴むようなととがあったとしても、それがAを無理矢理エレべーターの中に引っ張り込むほどの強い力によるものであったとも認め難い
- また、Aは、被告人がわいせつな行為をやめた後も相当時間客室内に残っていたが、その間、被告人が寝入っていた時間もあって、上記の知人男性に対するメール以外にも助けを求めたり脱出等したりすることができないことはなかったと思われる
- これらからすると、Aが本件ホテルに入ったり、またその客室内に止まったりすることを拒み難い心理的状況にあったとはいい得ても、Aが本件ホテルに入ることを拒み、あるいはそこから出ることを不可能ないし著しく困難にするほどの物理的あるいは心理的強制が、被告人から加えられていたということができない
として、監禁罪については無罪としました。
なお、強制わいせつ致傷(現行法:不同意わいせつ致傷 刑法181条)については有罪としました。