刑法(逮捕・監禁罪)

逮捕・監禁罪(20) ~「違法性阻却事由(法令行為)」を説明~

 前回の記事の続きです。

違法性阻却事由(法令行為)

 逮捕罪、監禁罪(刑法220条)は、

不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、3月以上7年以下の懲役刑に処する

と規定します。

 「不法に」とは、逮捕・監禁が適法に行われる場合が少なくないので、特に注意的に規定されたものと解すべきとされます。

 逮捕罪、監禁罪において、違法性阻却事由として、

が挙げられます。

 この記事では「法令行為」を説明します。

法令行為

 逮捕罪、監禁罪の違法性を阻却する法令行為として、

  • 刑事訴訟法上の適法な令状による逮捕・勾引・勾留(刑訴法199条210条58条60条207条
  • 現行犯逮捕(刑訴法213条
  • 精神保健法の定める手続による都道府県知事の精神障害者に対する精神病院への入院措置(精神保健法29条、29条の2)
  • 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律に基づく、医療を受けさせるための入院させる決定(医療観察法42条)による指定入院医療機関への入院

があり、これらの行為は、法令行為(刑法35条)として違法性を阻却し、逮捕罪、監禁罪を成立させません。

 ただし、これらの法令行為も、その本来の趣旨を超える場合には違法性を帯び、逮捕罪、監禁罪を成立させることがあります。

法令行為の逸脱が問題となった事例

 法令行為の逸脱が問題となった事例として、以下のものがあります。

現行犯逮捕の事案

※ 現行犯逮捕の説明は前の記事参照

仙台高裁判決(昭和26年2月12日)

 現行犯人を逮捕するにつき、これを検察官又は司法警察職員に引き渡す考えはなく、同人を逮捕して脅迫すれば金員を喝取できるかもしれないという気持ちから逮捕した場合は、刑訴法213条にいう現行犯人の逮捕といえず、同逮捕行為は違法性を阻却しないとし、逮捕罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和55年10月7日)

 被告人らが現行犯人を逮捕したが、被告人が売春等にかかわっていることが警察官に発覚することをおそれるとともに、以前に同所で発生した窃盗事件も被害者の犯行と考えてその被害を弁償させようと考え、被害者を警察官に引き渡す意思なく拘束を継続した行為について、違法性が阻却される余地がないとし、逮捕罪が成立するとしました。

東京地裁判決(平成9年10月17日)

 警察官が無実の人間に覚醒剤を持たせて覚せい剤所持事犯をねつ造し、午前4時27分頃、同人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、引き続き警察署まで連行して、情を知らない同警察署員に身柄を引き渡し、同警察署員らをして同日午後5時35分頃まで同警察署留置場に留置させるなどして、職権を濫用して逮捕監禁したとし、特別公務員職権濫用罪(刑法194条)の成立を認めました。

精神障害者の身体拘束の事案

東京高裁判決(昭和35年12月27日)

 精神保健法の前身である精神衛生法43条が存置されていた頃の裁判例です。

 同条の要件を欠いた精神病者の身体の拘束につき、社会的に相当な行為と認められるときは監禁罪が成立しないとの判断を示した判決です。

 事案は、被告人が、次女を2年3か月にわたり自宅から約30メートル離れた3坪くらいの小屋に収容し、出入口の開き戸の外側にカンヌキを差し込んで内部からは出られないようにしていたというものです。

 裁判所は、

  • 当時、同女は精神分裂病に罹患し、無為好褥、嫌人的拒絶、外出徘徊の傾向が極度に悪化していたから、被告人の行為は、みだりに付近の者が小屋に近付き立ち入ることのないようにするためと、同女が徘徊して被告人敷地内の崖から転落する危険を防止するためやむを得ずとった措置であると

して、監禁罪の違法性を阻却し、監禁罪の成立を否定しました。

東京地裁判決(昭和56年7月1日)

 ホテルに宿泊していたDが覚せい剤による錯乱状態に陥って自傷他害行為を繰り返したため、同宿していた被告人A並びにDと親しいE子から応援を頼まれたDの知人の被告人B及び同Cは同ホテルに赴き、被告人ら3人でDを取り押さえ、手足を縛って乗用車の後部座席に運び入れ、被告人Aが運転して同Cと遅れてホテルに到着したFが同乗してE子方まで運び、E子方の作業場で紐を解くなどしてDを自由にしてやったところ、Dは前にも増して暴れ出す気配を示したので、被告人AがDの上半身に覆いかぶさるようにするとともに、同Cが馬乗りになるなどして再び取り押えたところ、Dが食物誤飲により窒息死するに至ったという事案です。

 裁判所は、

  • 被告人らの行為は形式的には不法逮捕罪に該当するが、被告人らの本件行為は、覚せい剤の影響により錯乱状態に陥り、ホテル内で自傷他害行為を繰り返していたDを保護する目的で、かつ相当性の範囲を逸脱したとまではいえない範囲内の方法で行われたものであるから、全体としていまだ社会的に許容された範囲内の行為と見られ、実質的違法性を欠くものと認めるのが相当である

と判示して、被告人らに無罪を言い渡しました。

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