前回の記事の続きです。
正当防衛、緊急避難
逮捕罪、監禁罪において、違法性阻却事由として、
が挙げられます。
この記事では「正当防衛、緊急避難」を説明します。
逮捕罪、監禁罪(刑法220条)は、正当防衛又は緊急避難として違法性が阻却されることもあり得ます。
正当防衛又は緊急避難が争点となった判例、裁判例として以下のものがあります。
大審院判決(大正12年2月9日)
乱酔狂暴の状態にある者を放置すれば人身に危害を及ぼすおそれがある場合に、危害を未然に防止するために、やむを得ずその身体を制縛した場合は逮捕監禁罪を構成しないとしました。
名古屋高裁判決(昭和45年8月25日)
A大学において学生らが学内に入った警察官2名のうち1名に対し、両腕をつかみ、胸倉をとるなどの方法で、暴行を加えながら連行し、さらに縄で縛ったりした上、食堂内に連行し、大学構内へ侵入したことについて詰問して謝罪文を書かせたという事案について、被告人らの行為を大学の自治に対する急迫不正の侵害ありと誤信してなされた防衛行為が相当性を欠く場合と認定し、刑法36条2項(過剰防衛)を適用して刑を免除しました。
大審院判決(大正9年2月16日)
鎖針金及び縄等で手足を縛り奥座敷に運んで仰臥せしめ、その足を床柱に縛り付け、身体の両側に重さ10ないし15貫の籾俵数俵を立て掛け、その上に重さ34貫ほどの種俵数俵を積み乗せて身動きできないようにした監禁罪の事案です。
弁護人は、
- 被害者は数年前より精神に異常を来し、老母や家人に暴行を加え、小学校へ行っては授業を妨害し、甚だしきは放火を企てる等に及んでいた者であり、当時も老母や家人及び他人の生命・身体・財産等に危害を加えんとする状況を呈し、老母としては処置に窮し、親族と協議の上、懲戒を加える目的で前記処置に及んだところ、被害者が脅迫の言辞に及び、かつ諸般の状況からその制縛を解放すると生命をも害せらるるほどの危険があったため、死亡するに至るべきことを気付きたるもそのまま放置したものであって、被告人の行為は、老母等に対する急迫不正の侵害に対する正当防衛行為である
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 急迫不正の侵害行為に対し、防衛のためやむを得ず被害者を制縛監禁したとの事実は原判決が認めていないし、また、一旦施した制縛監禁を解くと直ちに急激な暴行的侵害を受ける危虞は直接切迫した侵害というべきものではなく、単に将来侵害を受けるであろうとの想像に過ぎないから、被告人らの殺人行為がこの侵害を避けるためという意思によるものとしても、これをもって、急迫不正の侵害に対する緊急防衛といえるものではない
と判示し、緊急防衛は成立しないとして、監禁罪が成立するとしました。
仙台高裁判決(昭和25年12月18日)
精神病者である老父(71歳)を監護すべき立場にある被告人がこれを放置していて、たまたま老父が常軌を逸した行動をとるや、奮然としてこれを緊縛して自由を拘束し、しかも全裸のまま物置内に約28時間にわたって監禁し、死亡するに至らしめた事案につき、弁護人の正当防衛(過剰防衛)、自救行為及び期待不可能性の主張をいずれも容認する余地はないとし、逮捕監禁致死罪(刑法221条)が成立するとしました。
東京地裁判決(昭和53年3月6日)
4名で経団連に侵入し、猟銃・日本刀・拳銃などで武装し、居合わせた職員らに対しその凶器を示すなどして脅迫し、12名を秘書課室に押し込めて監視を続け、長い者で10時間半にわたって同部屋から脱出を不能にして監禁した事案です。
弁護人は、
- 被告人らの本件行為は、YP体制の存続、強化により国家存立の基礎を失い滅亡の危機に瀕している現在の日本を救うため、戦後右YP体制と表裏一体をなした日本国憲法および日米安全保障条約のもとに、右体制を強力に推進し現在の危機的状況を招来させた財界の中枢たる経団連を襲撃してその反省を求め、もって右体制打破の端緒を開くべく敢行されたもので、右は、国家的法益を防衛する目的で、経団連による急迫不正の侵害に対しやむをえずなされた行為であり、かつその程度も行為の態様、当時の状況に照らし相当であるから、正当防衛として違法性が阻却されるべきであり、かりに右主張が認められないとしても、被告人らは、前記侵害行為の主体を経団連と誤想して防衛行為をなしたものであるから、誤想防衛として故意が阻却されるべきである
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 本来国家的法益を防衛することは、国家公共機関の本来の任務に属する事柄であって、これをた易く私人又は私的団体の行動に委すことはかえって秩序を乱し事態を悪化させる危険を伴うおそれがある
- 従って、国家的法益に対する正当防衛は、国家公共機関の有効な公的活動を期待しえない極めて緊迫した場合においてのみ例外的に許されるべきものと解するのを相当とする
- 弁護人の主張は、要するにわが国の最高法規である日本国憲法をYP体制の所産であって無効であるとし、戦後の現国家体制はYP体制下、右憲法のもとに築き上げられてきたものとしてこれを否定する立場に立ち、被告人らは現下の政治、経済、社会各層に見られる諸々のひずみや悪弊はいずれも右体制そのものに基因するもので、このことは右体制を推進した財界の中枢たる経団連の国家に対する侵害行為にほかならず、経団連襲撃によって右体制打破の端緒を開き日本の滅亡の危機を救済すべきであるとして本件行為に出たものであると断ずるものであって、その立脚する右立場に照らし、弁護人の主張するところが右憲法の下位規範たる刑法の保護法益として防衛されるべき国家的法益の範囲に属しないことはその主張自体から明らかであるばかりでなく、他面、国民主権と民主主義を基調とする現国家体制のもとにおいては、国民は、政治、経済、社会の諸施策を自由に批判し、公的機関を通じてその是正や救済を求める権利を有し、国家公共機関もまた右権利を最大限に尊重し、常にその権利擁護のために対応できるよう態勢を整えており、わが国は戦後日本国憲法を国の最高法規として右の如き整備された国家の機構組織のもと、時に諸般の社会的矛盾や病理的現象を伴いながらもこれを克服する努力を重ねつつ進展を遂げてきたものであって、かかる体制上の仕組み及び歴史的経過に徴すると、わが国の現状が国家公共機関の有効な公的活動を期待しえない急迫した危難に直面していると言えないこともまた極めて明らかである
- よって弁護人の正当防衛の主張は採用できず、また誤想防衛の主張も、以上によりその前提を欠くこととなるから採用するに由ない
とし、正当防衛も誤想防衛も成立しないとして、監禁罪の成立を認めました。
福岡高裁判決(昭和39年9月25日)
労働争議行為において、労働組合幹部である被告人らが、国鉄S鉱業所庁舎内副長室から廊下に組合員らによって抱え出された同所副長のUを、その場から組合員千数百名が集合している庁舎玄関前まで抱え上げて運び出し、引き続き1時間余にわたって詰問を続けたという事案です。
弁護人は、
- 被告人らがUを抱え出した行為は、興奮した組合員大衆がいかなる不測事態を惹起するか分らない状況下において、Uの身体・自由に対する現在の危難を避けるためやむを得ずなした行為であって、大衆運動が高まっているとき、これを一挙に制止しようとするとかえって事態を混乱させ収拾がつかなくなるのが常であり、本件では大衆の意向をくみ大衆運動を続けさせながらそれに統制と秩序を与え適宜適切な処置がとれたからこそ大した混乱もなく納め得たのであって、外観はいかにも暴力行為であるかのように見えるが、暴行の意思に出たものではないから逮捕罪は成立せず、仮に被告人らの行為が暴力行為ないし逮捕の犯罪構成要件を充足するとしても刑法37条1項の緊急避難に当たり違法性を阻却する
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- もともと被告人らは本件当日多数の組合員を動員し、その面前でU副長に釈明を求める意図を有し、かつ原判決指摘のとおり組合員らが同副長を抱え出すまでに被告人らにおいて他に執るべき適切な処置がなかったとは断言できないから、被告人らの前記行動が所論のように暴行の意思に出たものでないとは認められず、また所論のように真に同副長の身体、自由に対する現在の危難を避けるための止むを得ざる処置であったものとも認められない
- むしろ、被告人らは組合員らの暴力行為に同調しつつ、同じ暴力行為であっても組合員らのそれが余りにも過激な進展を見ないように抑制したに止まり、組合員らの行動と被告人らの行動との間には程度の差こそあれ、いずれも暴力行為たる点においては本質的な差異はなかったものと認められる
- したがって、所論緊急避難の主張は採用することはできない
- また論旨(※弁護人の主張)は、被告人らの行為は実質的違法性を欠く旨主張するけれども、以上の説示に照らし、かかる主張の採用し得ないことおのずから明らかである
と判示し、緊急避難は成立しないとして、監禁罪の成立を認めました。
広島高裁判決(昭和30年7月9日)
労働争議行為においる監禁事案で、弁護人が
- 従業員の大量解雇により生ずる被解雇者及びその家族の生存権を擁護するためやむことを得ざるに出た行為であるから刑法37条1項の緊急避難行為として罪とならない
と主張したのに対し、裁判所は、
- 労働者が従来の雇用関係から解雇されることは将来の生活に不安と脅威を感ずるものであることは所論のとおりであろうけれども、他に就労の機会を絶対に喪失するわけではなく、かつ本件の場合は被解雇者に対し当分の生活の資として相当額の臨時退職手当等が支給されることになっていたものであり、又一面失業者に対しては失業保険法等の保障も存するところであるから、被解雇者及びその家族の生存に危難の急迫したものがあったとは解し難いのみならず、前記のような監禁行為に出ることがこれを避けるための真にやむを得ない方法であったとも到底認めることはできない
- 従ってこれに対し緊急避難を主張するのは当たらないものといわなければならない
と判示し、緊急避難は成立しないとして、監禁罪の成立を認めました。
東京地裁判決(平成8年1月17日)
弁護人の誤想避難の主張を排斥し、逮捕監禁罪が成立するとした事例です。
被告人は、宗教法人M真理教(以下「教団」とする。)に所属していた者であるが、教団所属のA、 B及びCと共謀の上、被告人の長女D子(当時19歳)をその意思に反してでも教団施設に連行しようと企て、平成7年2月4日午後10時ころ、東京都…付近路上において、同所を歩行中のD子に対し、Bにおいて、その運転する普通乗用自動車を接近させるや、右自動車から下車したAにおいて、D子の背後から両腕ごと抱きかかえ、同じくCにおいて、その両手をつかんで押さえ、Bにおいて、逃げようとするD子の動きに合わせて右自動車を移動させ、車内にいた被告人において、D子の両手をつかんで引っ張る等の暴行を加えるなどしてD子を無理やり右自動車の後部座席に乗せて逮捕した上、Bにおいて、直ちに右自動車を発進させ、同月5日午前0時ころ、山梨県…所在の第六サティアンと称する教団施設まで疾走させ、その間、同女を同車内から脱出することを不可能にして監禁するとともに、引き続き、同月18日までの間、右第六サティアン及び周辺の教団施設において、被告人が電話交換手をしてD子から同施設外への電話連絡を阻ませるなどして同女を監視し、もって、同女が右教団施設内から脱出することを不可能にして監禁した事案です。
弁護人は、
- 被告人は教祖の平成7年11月に日本に地震が起こるとの予言を信じていたため、長女の生命に対する現在の危難を誤信し、それを避けようとして本件行為に及んだものであるから、いわゆる誤想避難として故意が阻却される
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 関係各証拠によれば、被告人は前記予言を信じており、教団が地震を避けるためにいつ信者を海外に脱出させるかもしれないと考え、その際、長女を日本に残していくことのないように同女を手元に置いておきたいとの思いもあって、本件犯行に及んだことが認められるが、このような荒唐無稽な予言を信じて将来地震が起こるとの主観的予測を持ったからといって、危難を誤想したとはいえず、いわゆる誤想避難として故意が阻却される場合に該当しない
と判示し、弁護人の誤想避難の主張を排斥し、逮捕監禁罪が成立するとしました。