前回の記事の続きです。
「急性薬物中毒者」は保護責任者遺棄罪の客体(被害者)になる
保護責任者遺棄罪の客体(被害者)は、
老年者、幼年者、身体障害者又は病者
です。
「急性薬物中毒者」が、「病者」として保護責任者遺棄罪の客体に該当することを説明します。
判例・裁判例は、急性薬物中毒者が保護責任者遺棄罪の客体になることを認めています。
被告人が13歳の少女にホテルで覚せい剤を注射したところ、少女が急性の薬理作用によって重篤な錯乱状態に陥ったのに、被告人はこれを放置して立ち去り、その後ほどなく少女が覚せい剤による急性心不全により死亡したという事案において、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めた事例です。
裁判所は、
- 被告人らによつて注射された覚せい剤により被害者の女性が錯乱状態に陥った時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女の救命が合理的な疑いを超える程度に確実であつたと認められる本件事案の下では、このような措置をとらなかった被告人の不作為と同女の死亡との間には因果関係がある
として、急性薬物中毒者に対する保護責任者遺棄罪の成立を認めました。
この判決は、「病者」の意義に関しても重要な先例であり、一審、二審判決(札幌地裁判決 昭和61年4月11日、札幌高裁判決 平成元年1月26日)は、少女は覚せい剤の急性の薬理作用により「病者」として重篤な状態にあったと認めています。
覚せい剤を摂取した者は、その薬理作用によって多少なりとも心身に変調を来すのが通例であり、それが軽微な一過性の症状にとどまる限り「病者」には当たりません。
しかし、本件の少女は、頭痛、胸苦しさ、吐き気を訴え、それが徐々に高進して、午前0時半頃、錯乱状態に陥り、うなり声を上げて苦しみ、意味不明の言葉を発し、窓から外へ飛び出そうとする、物を投げつける、素裸になる、冷水のシャワーを浴びる等の言動に出た後、午前1時半頃には、床に倒れ、もがき、うめき声をたてて苦しんでいたという状況があります。
こうした事実に基づき、札幌高判は、少女の異常な心身の状況が覚せい剤による急性の薬理作用であることは明らかであり、午前0時半頃以降における少女の容態は、軽微な一過性の症状の発現などではなく、覚せい剤により健康を害し、病者として他人の扶助を必要とする重篤な状態にあったと判断しました(この結論は最高裁決定においても前提とされています)。
東京地裁判決(平成22年9月17日)
被告人が使用するマンションの一室において、被告人が提供したMDMAを共に服用した女性が錯乱状態に陥って重篤な急性MDMA中毒症状を呈し、錯乱状態に陥ってから約30分後に死亡した事案において、その女性は生存に必要な保護を要する「病者」に当たるとしました。
控訴審の東京高裁判決(平成23年4月18日)もこの一審判決を是認しました。
遺棄罪の客体の説明も参照ください
保護責任者遺棄罪の客体の説明は、遺棄罪の客体の説明が当てはまりますので、以下の記事も参照ください。
遺棄罪(2) ~客体①「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者」を説明~
遺棄罪(3) ~客体②「客体(被害者)である『老年、幼年』『身体障害』とは?」を説明~
遺棄罪(4) ~客体③「客体(被害者)である『疾病』とは?」を説明~
遺棄罪(5) ~客体④「客体(被害者)の要件である『扶助を必要とする者』とは?」を説明~
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