前回の記事の続きです。
「置き去り」による遺棄の事例
「置き去り」による遺棄の事例として、以下のものがあります。
ひき逃げの事案で、左下腿開放性骨折等の重傷を負った被害者を自車に乗せて運び、途中で降車させて置き去りにした行為について、保護責任者遺棄罪(刑法218条)の成立を認めました。
裁判所は、道路交通取締法上の救護義務を根拠に法令による保護責任を認めた上で、
- 刑法218条にいう遺棄には単なる置去りをも包含すと解すべく、本件の如く、自動車の操縦者が過失により通行人に前示のような歩行不能の重傷を負わしめながら道路交通取締法、同法施行令に定むる救護その他必要な措置を講ずることなく、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れ、折柄降雪中の薄暗い車道上まで運び医者を呼んで来てやる旨申し欺いて被害者を自動車から下ろし、同人を同所に放置したまま自動車の操縦を継続して同所を立ち去ったときは、正に「病者を遺棄したるとき」に該当する
と判示しました。
熊本地裁判決(昭和35年7月1日)
病院で男児を出産した母親が、男児を腰巻1枚で包み、病院の寝台の上に寝かせて毛布1枚をかけたのみで、火の気のない病室に置き去りにして帰宅し、死亡させた事案です。
本件被告人はこの病院医師で、母親との共謀による保護責任者遺棄致死罪に問われ、保護責任及び母親との共謀が否定されて無罪となりましたが、母親には保護責任者遺棄致死罪(刑法219条)が成立することを前提としています。
大阪地裁判決(昭和39年11月5日)
病気がちで常時寝ていた妻との生活に嫌気を起こした夫が、自宅その他の財産を密かに売却し、財産を残さず必要な措置も講じないで、重態となって起居の自由を失っていた妻を残したまま家出失踪した行為について、保護責任者遺棄罪(刑法218条)の成立を認めました。
酩酊者を病者とした事例です。
冬の夜、飲酒酩酊して正体がなくなっていた被害者が路上に座り込んでしまったため、酔いをさまさせようと全裸にしながら引きずったが、動こうとしないので置き去りにして凍死させた行為について、保護責任者遺棄致死罪(刑法219条)の成立を認めました。
大阪高裁判決(昭和53年3月14日)
気温摂氏5度を下回り、北風が吹き、みぞれや雨が降っていた2月の厳寒期に、母である被告人はひ弱で動作も鈍重な満4歳3か月の幼児を、午後4時30分頃から室内着で素足のまま室外のべランダに出していたが、約14分経過しても入室させず放置し、幼児を凍死させた行為について、保護責任者遺棄致死罪(刑法219条)の成立を認めました。
この判決は、午後4時44分以降のベランダに放置した事実が「遺棄した」と見ることもできますが、ベランダの内と外を場所的離隔とみることはできるとしても、被告人は上記時刻以降の放置によって新たに離隔を生じさせたわけではないから、その放置の実質は、場所的離隔の不除去として「不保護」とみるべきと解されます。
ただし、被告人の故意によっては(午後4時44分以降のベランダに幼児を放置した時点で凍死させようと考えていたなど)、幼児を厳寒期のベランダに出した行為自体を「移置」による遺棄とみることができます。
この場合、室外のベランダに移動させ、扉1枚であっても幼児である被害者の接近を阻む障壁はあったのであるから、母である被告人との間に場所的離隔を生じさせたといえ、「移置」と認定する余地はあるといえます。
東京地裁判決(昭和63年10月26日)
14歳から2歳の実子4人とともにマンション203号室で暮らしていた被告人(母親)が、交際していた男性との同棲生活を送るために、幼者で、保護すべき責任がある右4名を置き去りにすることを決意し、昭和63年1月21日ころ、実施4人を203号室に放置したまま家出して遺棄し、うち1名に栄養失調症の傷害を負わせた行為について、保護責任者遺棄罪(刑法218条)、保護責任者遺棄致傷罪(刑法219条)の成立を認めました。
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