前回の記事の続きです。
未成年者略取罪、未成年者誘拐罪(刑法224条)の説明です。
「略取罪における暴行・脅迫」及び「誘拐罪における欺岡・誘惑」の意味
略取罪における「暴行」「脅迫」とは?
略取罪における「暴行」「脅迫」は、
被害者を自己又は第三者の実力支配内に置き得る程度のもの
でなければなりません。
ただし、被害者の反抗を抑圧する程度のものである必要はありません。
裁判例として以下のものがあります。
広島高裁岡山支部判決(昭和30年6月16日)
被告人が通称「現金屋」として世間一般の人から怖れられていることを知っていた被害者に対し、「俺は現金屋だ。警察なんか何とも思っていない。警察が現金屋を怖れている。」「俺の言うことをきかなければ商売が出来ないようにしてやる」などと脅迫したという事案です。
裁判所は、
- いわゆる脅迫とは畏怖心を生ぜしむる目的をもって他人に害悪を告知する一切の場合を包含し、其の程度は強盗罪における脅迫の如く反抗を抑圧するに足る程強度のものたるを要しない
と判示し、営利略取罪(刑法225条)の成立を認めました。
誘拐罪における「欺罔」「誘惑」とは?
誘拐罪における「欺罔」とは、
虚偽の事実をもって相手方を錯誤に陥れること
をいいます。
誘拐罪における「誘惑」とは、
欺罔の程度に至らないが、甘言をもって相手方を動かし、その判断の適正を誤らせること
をいいます。
判例・裁判例として以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和32年8月24日)
裁判所は、
- ここに誘拐とは、他人を欺罔(虚偽の事実をもって相手方を錯誤に陥れること)または誘惑(欺罔の程度に至らないが、甘言をもって相手方を動かし、その判断の適正を誤らせること)して自己の実力支配内に置くことをいう
と判示しました。
大審院判決(大正7年10月16日)
甘言をもって未成年の女性を他に誘い出し、親権者の承諾を得ないで娼妓稼業をさせたという事案です。
裁判所は、
- 誘拐は誘惑手段を要するも、必ずしも虚偽の事実をもって被害者を錯誤に陥れることを要するものに非ず
と判示しました。
大審院判決(大正12年12月3日)
家出中の16歳の被害者から素人屋への女中奉公方の周旋を依頼されたことに乗じ、同女を仲居又は外妾に周旋して手数料を得ようと企て、その希望先があるように装って被告人宅に留め置き、その問、素人屋に奉公することは給料が安いのに反し仲居か外妾になれば給料が多額となり着物もできて利益になると告げて誘惑し、これを承諾させ、外妾兼仲居としてA方に住み込ませたという事案です。
裁判所は、
- 誘拐罪の手段は必ずしも詐術又は詐言によることをするものに非ず
- 詐術又は詐言に非ざる甘言によりて人を惑わし、その判断を誤らしむる如きもまた同罪の手段たることを得るものとす
- 而して、叙上甘言による誘拐の手段は、講学上にいわゆる誘惑による手段に属し、誘拐罪は犯人が詐欺又は誘惑の手段によりて他人を自己の実力的支配内に置き、これをしてその居所を移さしむる場合において成立するものとす
と判示しました。
被害者の「心神喪失・抗拒不能」又は「知慮浅薄・心神耗弱」の状態を利用した場合
被害者の「心神喪失・抗拒不能」は「略取」となる
被害者の「心神喪失・抗拒不能」に乗じ、又は被害者を心神喪失・抗拒不能に陥れて自己又は第三者の実力支配内に移す行為は、
「略取」
であると解されています。
被害者の「知慮浅薄・心神耗弱」の状態を利用した場合は「誘拐」となる
被害者の「知慮浅薄・心神耗弱」に乗じ、又は被害者を心神耗弱に陥れて自己又は第三者の実力支配内に移す行為は、
「誘拐」
であると解されています。
「暴行・脅迫」「欺罔・誘惑」は、被害者の保護者・監督者に加えられた場合でも略取・誘拐罪が成立する
「略取」の手段としての「暴行・脅迫」、「誘拐」の手段としての「欺罔・誘惑」は、必ずしも「略取」「誘拐」された者自身に対して用いられる必要はなく、「略取」「誘拐」された者の保護者に加えられても略取・誘拐罪が成立します。
なお、保護者のほか、略取・誘拐された者を事実上保護監督する第三者に対して用いられる場合にも略取・誘拐罪の成立が認められると解されます。
判例として以下のものがあります。
大審院判決(明治41年9月22日)
18歳の被害者の義兄(姉の夫)に対し、鉄商で下女が入用だと言って欺き、被害者を誘拐したという事案です。
裁判所は、
- その手段は必ずしも幼者に対してのみ現実これを施したることを要せず
- 幼者を監督するものに対してこれを施したる場合も本罪を構成するものとす
と判示しました。
大審院判決(大正14年10月9日)
15歳の被害者の父親らに対し、呉服店で小僧雇入の必要があり、夜間は修学させるなどして立派な商人に養成するなどといって欺き、被害者を誘拐したという事案です。
裁判所は、
- 誘惑手段が未成年者に対して行われたる場合なると、又は監督者に対して行われたる場合なるとの間において区別存すべきに非ず
と判示しました。
反対に、略取・誘拐された者に対し「暴行・脅迫」「欺罔・誘惑」が用いられれば、監督者に対して加えられる必要はありません。
判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和10年6月6日)
裁判所は、
- 国外移送の目的をもって未成年者を誘惑して、これを自己の支配内に移し、又はその被誘拐者を国外に移送し、又は移送せんとしたる以上、刑法第226条第1項第2項並びに第2項の未遂罪となるべく、更に進んで監督権者に対する欺罔誘惑の行為あることを要するものに非ず
と判示しました。