前回の記事の続きです。
この記事では、営利・わいせつ・結婚・生命身体加害略取・誘拐罪(刑法225条)を「本罪」といって説明します。
「営利の目的」とは?
本罪の行為は、
「営利」「わいせつ」「結婚」「生命若しくは身体に対する加害」の目的で略取・誘拐すること
です(略取・誘拐の意義の説明は前の記事参照)。
本罪は目的犯であり、上記の目的をもって行うことを要件とします。
今回は、「営利の目的」について説明します。
「営利の目的」とは、
財産上の利益を得又は第三者に得させる目的
をいいます。
営利活動は、営業的な利得であることを要せず、継続的・反覆的な利得である必要はなく、一時的な利得でもよい
営利活動は、
- 営業的な利得であることを要しない
- 継続的・反覆的な利得である必要はない
- 一時的な利得でもよい
とされます。
これらの点に関する以下の判例があります。
大審院判決(明治44年11月16日)
裁判所は、
- 刑法第225条にいわゆる営利の目的とは、略取誘拐の行為によりて利益を収得することを目的とするのいうにして、営業的に利益を収得することを必要とせず
- 故に、被告が雇人周旋業者若くは料理店営業者に非ずといえども、苟も利益を収得する目的をもって婦女を誘拐したる場合においては、当然刑法第225条の犯罪成立するものとす
と判示しました。
大審院判決(昭和9年3月1日)
女給に対する前借金を取り立てる目的で同女を略取したという事案です。
裁判所は、
- 刑法第225条にいわゆる営利の目的とは、利益を得る目的を指称するものにして、継続又は反覆して利益を得る目的あることを必要とするものに非ず
と判示しました。
大阪高裁判決(昭和36年3月27日)
裁判所は、
- 刑法第225条にいわゆる営利とは単に利益を得ることを意味するにとどまり、その一回的たると継続的反覆的たるとを問はないものである
- また、営利の目的とは誘拐者が誘拐行為をする意思決定の動機をいい、必ずしも誘拐行為自体により利益を得る場合にかぎらない
と判示しました。
営利活動により取得しようとする利益は適法・不法を問わない
営利活動により取得しようとする利益は、適法なものである必要はなく、不法に取得する利益も含まれます。
例えば、自己の債務の弁済に充てる目的による略取も営利略取となります。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(大正14年1月28日)
芸妓に抱えていた16歳の少女が前借金を弁済しないで逃走したため、これを弁済させる目的で同女を誘拐した事案です。
裁判所は、
- 自己に対する債務の弁済を為さしむる目的の下にこれを誘拐するは、即ち営利の目的をもって人を誘拐するものに該当し、その受くるべき利益が不法の利益なることは、営利誘拐罪における営利の観念上必要ならず
- 誘拐犯人が誘拐の結果、被誘拐者をして芸妓稼業に従事せしめ、これにより被誘拐者の収得し又は調達し得たる金銭をもって自己に対する債務の弁済に供せしむることを期して、その誘拐を為す行為は、刑法第225条の営利をもって人を誘拐するものに該当するものとす
と判示しました。
営利活動は、略取・誘拐行為自体によって利益を取得する場合に限らず、略取・誘拐行為後の他の行為によってこれを取得しようとする場合でもよい
営利活動は、略取・誘拐行為自体によって利益を取得する場合に限らず、略取・誘拐行為後の他の行為によってこれを取得しようとする場合でもよいです。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(昭和2年6月16日)
被害者を醜業に従事させることによって利益を得ようとする意図で誘拐したという事案です。
裁判所は、
- 営利誘拐における営利の目的は、誘拐者が誘拐行為を為すの意思決定の動機を指称するものなれば、必ずしも誘拐行為自体により利益を取得する場合に限らず、誘拐後におけるある行為の結果、これを取得する場合をも包含するものとす
と判示しました。
営利活動は、略取・誘拐された者自身の負担によって利益を得ようとする場合に限定されない
営利活動は、略取・誘拐された者自身の負担によって利益を得ようとする場合に限定されないと解されています。
この点に関する以下の判例があります。
知人Xから「Aは大阪でストリップショウを行っているのだが、Aからストリッパーになる娘を入れてくれれば、将来独立のストリップショウ劇団をもてるように援助してやると言われているので協力してほしい」旨依頼されて、これを承諾L、Xと共謀の上、ストリッパーになる娘を誘拐することを企て、ダンスホールで2人の娘に対し、「大阪のキャノミレーで働いてみないか」などとだまし、A方に連行して引き渡したという事案です。
裁判所は、
- 刑法第225条所定の営利誘拐罪にいわゆる「営利の目的」とは、誘拐行為によって財産上の利益を得ることを動機とする場合をいうものであり、その利益は、必ずしも被誘拐者自身の負担によって得られるものに限らず、誘拐行為に対して第三者から報酬として受ける財産上の利益をも包含するものと解するを相当とする
と判示しました。
当初、適法に自己の支配内に置いた後、営利の目的を生じて第三者の支配内に移した場合にも、営利略取・誘拐罪が成立する
当初、適法に自己の支配内に置いた後、営利の目的を生じて第三者の支配内に移した場合にも、営利略取・誘拐罪が成立するとした判例があります。
大審院判決(昭和5年4月8日)
身寄りのない少女(13歳)を子守として引き取り養育していたが、同女を芸妓見習いに出して前借金を利得しようと企て、甘言をもって誘惑してこれを承諾させ、料理店に引き渡したという事案です。
裁判所は、
- 当初は、営利の目的なく適法に自己の支配内に置きたる場合といえども、後日、営利の目的をもってその者を欺罔若しくは誘惑してこれを第三者の支配内に移したる場合においてもまた同罪成立するものとす
と判示しました。
「営利の目的」は未必的なものでよい
「営利の目的」は未必的なものでよいとした裁判例があります。
宮崎地裁判決(平成8年2月29日)
裁判所は、
- 営利略取の罪における営利の目的とは、財産上の利益を得、または第三者に得させる目的を言うが、右目的は必ずしも確定的なものである必要はなく、未必的なものでも足りる
と判示しました。