前回の記事の続きです。
この記事では、所在国外移送略取罪、所在国外移送誘拐罪(刑法226条)を「本罪」といって説明します。
他罪との関係
所在国外移送の目的で未成年者を略取・誘拐したときは、本罪のみが成立する
所在国外移送の目的で未成年者を略取・誘拐したときは、「未成年者略取罪」(刑法224条)は成立せず、本罪のみが成立します。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和10年6月6日)
国外移送の目的で未成年者を略取・誘拐した場合に「所在国外移送拐取罪」(刑法226条)のみが成立するとしました。
「所在国外に移送する目的」が「営利・結婚などの目的」と競合した場合は、本罪のみが成立する
本罪の成立を認めるに当たり、「所在国外に移送する目的」が、「営利・わいせつ・結婚・生命身体の目的」などと競合している場合は、本罪のみが成立し、「営利・わいせつ・結婚・生命身体加害略取・誘拐罪」(刑法225条)など他の略取・誘拐罪は成立しません。
これは、本罪(刑法226条)の法定刑が2年以上の有期懲役であり、他の略取・誘拐罪の法定刑よりも重いことにあります。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和12年9月30日)
国外移送の目的のみならず、営利の目的で未成年者Aを誘拐した事案です。
裁判所は、
- 未成年者なると否と、また、営利の目的に出でたると否とを問わず、苟も帝国外に移送する目的をもって人を略取又は誘拐したるときは、刑法第226条の犯罪成立し、同条の犯罪は、同法第224条、第225条の犯罪に対し、重き情状の存する特別罪の関係にあるが故に、帝国外に移送する目的をもって誘拐したる判示Aは未成年者にして、かつ営利の目的あるも、本件は刑法第226条のみに該当する単一罪にして…
と判示しまし、「未成年者略取罪」(刑法224条)も、「営利略取罪」(刑法225条)は成立せず、「所在国外移送誘拐罪」(刑法226条)の一罪のみが成立するとしました。
本罪の犯人が人身売買罪を犯した場合の罪数
本罪の犯人が人身売買罪(刑法226条の2)を犯した場合の罪数については牽連犯説と併合罪説とに分かれています。
本罪の犯人が被略取者等所在国外移送罪を犯した場合は、両罪は牽連犯になる
本罪の犯人が「被略取者等所在国外移送罪」(刑法226条の3)を犯した場合の両罪の関係について、判例は、本罪(所在国外移送誘拐罪)と「被略取者等所在国外移送罪」との関係を牽連犯(刑法54条1項後段)としています。
大審院判決(昭和12年3月5日)
裁判官は、
- 刑法第226条第1項の国外誘拐罪は、帝国外に移送する目的をもって人を誘拐するによりて成立し、必ずしもその被誘拐者を帝国外に移送することを要するものにあらず
- また、同条第2項の国外移送罪は、単に同法第224条ないし第226条第1項の被誘拐者又は被害者を帝国外に移送するによりて成立し、移送者自ら人を誘拐し、若しくは売買することを必要とせざるが故に、両者はそれぞれ構成要件を異にする別個の犯罪にして、その一方が成立するときは、他方は当然にこれに包含又は吸収せられて別罪を構成せざるものということ能わず
- 従って、帝国外に移送する目的をもって人を誘拐したる者が、その被誘拐者を帝国外に移送したるときは、その行為中、誘拐の点は前示第226条第1項に、移送の点は同条第2項に各該当し、なおその両行為の間には、手段結果の関係あるをもって同法第54条第1項後段、第10条を適用すべきもと解すべく…
としました。
なお、本罪を規定する刑法226条は、平成17年に改正され、刑法226条2項は削除されています。
上記判例は改正前刑法226条1項・2項に基づいています。
平成17年改正前の刑法226条1項は、「日本国外に移送する目的」による略取・誘拐に限られていましたが、改正後は、「所在国外に移送する目的」による略取・誘拐にまで処罰範囲が拡大されました。
処罰範囲が拡大された理由としては、所在国に引き続きとどまる自由、現に所在しているという事実状態自体を保護する必要性が高いことが挙げられています。
平成17年改正前の刑法226条2項は削除され、その前半部分(日本国外に移送する目的
による売買)は現行法の刑法226条の2第5項に、また、後半部分(被拐取者・被売買者の日本国外への移送)
略取の手段として行われた暴行・脅迫と暴行罪・脅迫罪の関係
略取の手段として行われた暴行・脅迫は、略取罪に吸収され、暴行罪・脅迫罪は成立しません。
略取の手段として行われた逮捕・監禁と逮捕罪・監禁罪の関係
略取の手段として逮捕・監禁が行われた場合における「略取罪」と「逮捕罪・監禁罪」との関係については、吸収説、観念的競合説、牽連犯説、併合罪説に分かれています。
学説の見解として、
- 逮捕によって拐取が行なわれたような場合であれ、拐取の後に監禁が行なわれたような場合であれ、社会生活上の観念に従って、「継続」した一連の犯行と評価しうる場合は、観念的競合を認めるべきであり、場所的・時間的懸隔、犯行態様の変化などが著しい場合(たとえば、「拐取」後の「監禁」を、数日後、さらに脱出困難な場所に移して「強化」するような場合)には、併合罪ないしは牽連犯を考えるべきである
- 略取・誘拐が同時に逮捕・監禁となる場合は想像的競合となり、両者が手段・結果の関係に立つときは牽連関係があり得るものと解する
とするものがあります。
裁判例では、以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和53年7月28日)
身の代金要求罪(刑法225条の2第2項)と監禁罪との関係を併合罪とするとともに、営利略取罪を継続犯だとして、監禁を手段として営利略取が行われた場合、監禁罪と営利略取罪が成立し、両罪は観念的競合の関係に立つとしました。
略取・誘拐に引き続く逮捕・監禁と逮捕罪・監禁罪の関係
略取・誘拐に引き続く逮捕・監禁と逮捕罪・監禁罪の関係についても、吸収説、観念的競合説、牽連犯説、併合罪説に分かれています。
学説では、
- 略取・誘拐罪が継統犯の性質を有する場合には、略取・誘拐罪と監禁罪との観念的競合認めるべきである
- 略取・誘拐罪が状態犯の性質を有する場合には、両罪の牽連犯を認めるべきである
とする見解があります。
判例では、以下のものがあります。
裁判所は、
- みのしろ金取得の目的で人を拐取した者が、更に被拐取者を監禁し、その間にみのしろ金を要求した場合には、みのしろ金目的拐取罪(刑法225条の2第1項)とみのしろ金要求罪(刑法225条の2第2項)とは牽連犯の関係に、以上の各罪と監禁罪とは併合罪の関係にあると解するのが相当である
と判示し、身の代金略取・誘拐の後に監禁が行われた場合、身の代金略取・誘拐罪と監禁罪とが併合罪の関係にあることを明言しました。
略取・誘拐罪と遣棄罪との関係
略取・誘拐罪と遺棄罪(刑法217条)との関係については、牽連犯説と併合罪説とに分かれています。