前回の記事の続きです。
この記事では、私用文書毀棄罪、私電磁的記録毀棄罪(刑法259条)を「本罪」と言って説明します。
主体(犯人)
本罪の主体(主体)について、特に限定はありません。
客体
本罪の客体は、
- 権利又は義務に関する他人の文書
又は
- 権利又は義務に関する他人の電磁的記録
です。
「権利・義務に関する文書」とは?
刑法259条にある「権利又は義務に関する文書」とは、
権利・義務の存否、得喪、変更、消滅などを証明し得る文書
をいいます(大審院判決 昭和11年7月23日)。
有効な登録を経ていない鉱業権譲渡証(以下で説明)のように、瑕疵のある文書でも権利義務を証明しうるものであれば、本罪の客体になります。
しかし、単なる「事実証明に関する文書」は本罪の客体には該当せず、それらの毀棄には器物損壊罪(刑法261条)が適用されることになります。
判例が本罪の成立を認めた文書として、以下のものがあります。
■ 債務証書
保証人として証書に連署した者が、その義務を免れるために、債権者から証書の交付を受けて無断で保証人の文字を立会人に改変したもの(大審院判決 明治37年2月25日)
■ 約束手形
裏書禁止の記載のある手形が譲渡され流通した後に、当該手形を引き裂いたもの(大審院判決 大正14年5月13日)
■ 小切手
本人が振り出し交付した有価証券である小切手の支払を求められたのを取り上げて着衣ポケットに入れて隠匿したもの(最高裁決定 昭和44年5月1日)
■ 鉱業権譲渡証
鉱業権は有効な登録を経ないうちは対世的な権利と認められないものであるが、そのような登録前の鉱業権譲渡証について、その自己名下の印影を墨で塗抹したもの(東京高裁判決 昭和38年12月25日)
■ 公務員の退職届書
村役場書記の肩書で作成された退職届書の日付を本人が改変したもの(大審院判決 大正10年9月24日)
「他人の文書」とは?
1⃣ 刑法259条にある「他人の」文書とは、
他人名義の文書ではなく、他人所有の文書
の意味です。
2⃣ 「権利・義務に関する文書」であっても、それが他人の所有に属していなければ、本罪の客体にはなりません(大審院判決 明治34年10月11日)。
他人名義の文書でもそれが自己の所有に属していれば、本罪の客体とはなりません。
逆に、自己名義の文書であっても、他人の所有に属していれば、本罪にいう他人の文書となり、本罪の客体になります。
この点、大審院判決(大正10年9月24日)は、他人に属する自己名義の退職届書の日付を改ざんした行為について、私用文書毀棄罪が成立するとしています。
3⃣ 共有の文書については、共有者相互間において相互に他人の文書となります(東京高裁判決 昭和38年12月25日)。
4⃣ 他人所有の文書であれば、作成者が誰であるかは問うところでないので、それが公文書であっても私文書であってもよいです。
ただし、他人所有の文書の「他人」の中には、公務所は含まれないと解されます。
理由は、公務所の所有する文書は公用文書として刑法258条の公用文書毀棄罪が適用されるためです。
文書毀棄罪は、刑法258条において公用文書毀棄罪を規定し、刑法259条において私用文書毀棄罪を規定し、両者のいずれにも該当しない文書については、補充規定である刑法261条の器物損壊が適用されることになっています。
5⃣ 自己の所有に属する文書でも、差押えを受け、物権(質権など)を負担し、又は賃貸したものは、他人の所有の文書と同様に扱われることになっています(刑法262条)。
例えば、質入れした自己の債権証書を勝手に破り捨てた場合は、他人の所有の文書を毀棄したものとして、私用文書毀棄罪が成立します。
なお、公務所から差し押さえられた文書については、上記4⃣のとおり、私用文書毀棄罪における「他人」には公務所を含まないと解されるので、公務所から差し押さえられた自己所有文書については、そのすべてが公用文書として公用文書毀棄(刑法258条)の適用を受けることになります。