前回の記事の続きです。
この記事では、刑法161条の罪(偽造有印私文書行使罪、変造有印私文書行使罪、偽造無印私文書行使罪、変造無印私文書行使罪、虚偽診断書行使罪、虚偽検案書行使罪、虚偽死亡証書行使罪)を「本罪」といって説明します。
本罪の罪数の考え方
本罪の罪数の考え方を説明します。
包括一罪となる場合
数名の署名を冒用して一個の私文書を偽造し、これを行使した場合には、その作成名義を侵された署名者の数に関係なく、私文書の作成名義に対する公の信用という一個の法益が侵害されたのにほかならないから、観念的競合ではなく、私文書偽造、同行使の各一罪が成立し、各罪は包括一罪になるとされます。
この点を判示したのが以下の判例です。
大審院判決(明治43年7月1日)
数名の署名を冒用して一個の私文書を偽造した場合は、法益を基準として公の信用たる一個の法益を侵害するにすぎないとし、私文書偽造罪の観念的競合ではなく、私文書偽造、同行使の各一罪が包括一罪として成立するとした事例です。
裁判所は、
- 数人の署名を冒して刑法第159条第1項に該当する1個の私文書を偽造し、これを行使したる場合においては、その署名者の数に関係なく、私文書作成名義に対する公の信用なる1個の法益を侵害したるものにほかならざれば、1個の行為によりて数個の罪名に触れたるものというを得ず
と判示しました。
詐欺を行う目的で、偽造文書を情を知らない訴訟代理人に交付してこれを裁判所に提出させたときは、訴訟代理人に対して偽造文書の行使があるのはもちろんのこと、裁判所に対しても行使の事実を認めるのが正当であり、これらを法律上より観察すれば、以上の行為を一括して偽造文書の行使を完成したものと認めるべき旨判示した以下の判例があります。
大審院判決(大正3年11月5日)
裁判所は、
- 詐欺を為す目的をもって、偽造文書を情を知らざる訴訟代理人に交付し、裁判所に提出せしめたるときは、その代理人に対して偽造文書の行使あるはもちろん、訴訟代理人の手を借り、裁判所に対し欺罔手段を施すものにはかならざれば、裁判所に対しても行使の事実を認るを至当とす
と判示しました。
偽造文書を相手方の代理人を経由して相手方に交付せしめた行為は、法律上包括してこれを観察すると、単一の偽造文書行使罪として包括一罪として処分すべきものと判断した判例があります。
大審院判決(大正4年3月5日)
裁判所は、
- 偽造文書を相手方の代理人を経由して相手方に交付せしめたる行為は、法律上、包括してこれを観察し、単一なる偽造文書行使罪をもって処断すべきものとす
と判示しました。
観念的競合となる場合
複数の偽造文書等を一括して行使した場合には、複数の偽造文書行使罪は観念的競合として科刑上一罪となります。
参考となる以下の判例があります。
大審院判決(大正5年1月19日)
時を異にして順次に数通の私文書を偽造した後、各文書を一括して同時に単一の動作をもって行使した場合について、複数の偽造文書行使罪は観念的競合になるとした判決です。
裁判所は、
- 時を異にして順次に数通の私文書を偽造したる後、各文書を一括して同時に単一の動作をもってこれを行使したる場合には、刑法第55条(※連続犯:現行法では法削除)を適用すべきものに非ず
- 原審がその行使に対しては、同法第54条(※観念的競合)を適用したるは相当なり
と判示ました。
大審院判決(明治43年3月11日)
他人名義の金円借用証書と延期証書を偽造して同時にこれを行使した場合について、各偽造文書行使罪は観念的競合になるとした判決です。
裁判所は、
- 他人名義の金円借用証書及び延期証書を偽造し、同時にこれを使用したるときは、その行為は1個なれども、2個の偽造文書行使なる罪名に触れるものとす
と判示し、各偽造文書行使罪は観念的競合になるとしました。