前回の記事の続きです。
「利益を図る」とは?
賭博開張図利罪は、刑法186条2項において、
- 賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の拘禁刑に処する
と規定されます。
この記事では、「利益を図る」の意味について説明します。
賭博開張図利罪が成立するためには、主観的要件として「利益を図る」ことが必要です(図利目的)。
「利益を図る」とは、
寺銭、手数料等の名義をもって、賭場開設の対価として、不法な財産的利得をしようとする意思のあること
をいいます。
この点を判示したのが以下の判例です。
裁判所は、
- 賭博開張の罪は、利益を得る目的をもって、賭博を為さしめる場所を開設する罪であり、その利益を得る目的とは、その賭場において、賭博をする者から、寺錢、または手数料等の名義をもって、賭場開設の対価として、不法な財産的利得をしようとする意思のあることをいうのである
と判示しました。
「賭場開設の対価」とは?
1⃣ 図利目的の要件における利益は、賭場開設の対価としての財産的利得です。
通常、寺銭・手数料等の名義をもって支払われるものがこれに当たるとされます。
しかし、これに限定されるものではありません。
この点に関する以下の判例があります。
裁判所は、
- その利益を得る目的とは、その賭場において、賭博をする者から、寺銭、または手数料等の名義をもって、賭場開設の対価として、不法な財産的利得をしようとする意思のあることをいう
と判示しました。
裁判所は、
- 現実に寺銭を徴収した事実が認められる以上、利を図ったものであるとは自ら明らか
と判示しました。
これに限定されるものではない
東京高裁判決(昭和44年11月5日)
裁判所は、
- その目的とする利益は賭博場開設の対価としての性格を有する限り、寺銭、入場料などその名義のいかんを問わないものであり
と判示しました。
2⃣ 賭場開張者(賭博開張図利罪の犯人)が自ら賭博に参加し、勝者として得る利益は、図利目的における利益ではありません。
裁判所は、
- 原判決の認定する図利とは、自ら賭博の相手方となり、かつ概して自己が勝者となるの技巧を用いて、賭博に勝つことによって、賭銭を収得することを目的としたというのであって、賭場開設の対価としての利益の収得を目的としたものでないことは、原判示自体において、明らかであって、かくのごとき利益の收得は、いわゆる賭博開張罪における図利に該当しないことは、前段説明するところによって明瞭である
と判示しました。
東京高裁判決(昭和27年2月15日)
裁判所は、
- 自ら賭博の相手方となり、勝者となることによって敗者から賭銭の交付を受けて、これを収得することを目的としたというのであっては、いかにその賭場が自己の開設にかかるものであっても、その財産的利益たるや賭場開設の対価としての利益ではないので、これをもって賭場開張罪に問擬(もんぎ)するわけにはいかない
と判示しました。
裁判所は、
- 賭博場を開設し客を誘引しても、寺銭又は手数料等の名義による金銭を徴収するとは限らない
- 客からこのような金銭を徴収しないでも自ら客の相手方となり、これと賭博行為をして利益を挙げることが不可能ではない
- そしてこの場合に賭場開設者が挙げた利益は賭博行為により得たものというべきで、寺銭又は手数料等の名義で徴収した金銭と相違すること明白であるから、賭場開設者が挙げた利益であっても、賭場開張罪の構成要件たる利を図った所為であるとして、刑法第186条第2項を適用すべきではない
- (中略)被告人らの行為は賭博場を開設し賭客を誘引した事実があってもその対価として利を図ったものとすることはできず、客との賭博行為によって利益を得たに過ぎないから、刑法第186条第1項を適用した原判決の擬律は正当である
と判示しました。
3⃣ 開張者の受ける対価は、敗者の支出した賭金であるとその他の賭博者の支出した金であるとを問いません。
大審院判決(昭和13年4月15日)
裁判所は、
- その利益は、賭博者の賭したる財物中より勝負の結果敗者の支出したるものなると、また賭金以外賭博者の支出したるものなるとを問わざるものとす
と判示しました。
賭場開設の対価の対価性が争われた判例・裁判例
賭場開設の対価の対価性が争われた判例・裁判例として、以下のものがあります。
軍鶏賭博において勝者から開張者に支払われる傷代・席代等は、これが開張者から更に軍鶏所有者等への支払に充てられることがあるとしても、一応は開張者に帰属するとしたものであるとし、賭場開設の対価である認められ、賭博開張図利罪の成立が認められた事例です。
裁判所は、
- 一体、軍鶏賭博で賭場開張者が傷代、席代等の名義で賭博の勝者から一定率の金銭を徴収した場合には、むしろかえって、特段の事情がない限りその徴収金は一応賭場開張者の利に帰するものであるとみるのが社会通念であって、特別の判示を要しないこと一般の賭博における寺銭と異ならない
- そしてまたその金銭がそれぞれの軍鶏所有者、席所有者等に軍鶏の傷代なり席の損料なりとして支払われるとしても、金額は勝負の都度勝利者の取得する金銭から一定歩合で取り立てられるのであるから、その時の賭金の多寡により必ずしも一定せず、場合によっては全額支出し現実の利益がないこともあろうが、それをもって賭場開張者に当初から図利の意思がなかったものということはできない
と判示しました。
静岡簡裁判決(昭和35年11月7日)
賭場開設者が胴元となり、胴元が有利となる「役」を設けて賭博を行ったとしても、これにより得る利益は賭場開設の対価とはいえないとし、賭博開張図利罪の成立を否定した事例です。
裁判所は、
- 被告人らはその開設にかかる賭場において自ら胴元として賭博に参加し、賭客との間に勝負を争い、かつ、勝負の結果が概して自己の有利となるようなぞろ目、分れ目等の役を設けて競技を行い、賭博に勝を占めることによって判示利益を収得したものにほかならない
- しかして、その「役」を設けた趣旨は主として胴漬れを防止し、勝負を永続化させる点にあるというべく、結果的に胴元がこれによって利益を得ることにはなるけれども右利得をもって賭場開設の対価たる性質を有するものということはできないのである
- (本件においてはたまたま賭場開設者と胴元とが―致しているため混同の恐れがあるが、先に掲げた各種骨子賭博においては、寺銭は通例開設者に対し胴元から支払われている事実に徴しても、両者の違いは歴然としているといわなければならない)
と判示しました。
勝者から一割の寺銭を徴収する野球賭博事案において、開張者が賭博を成立させるため双方チームに対する賭金不一致の場合に不足額を補てんして危険を負担することがあるとしても、単に賭客を相手として賭博をしていたにすぎないと見ることはできないとし、勝者から徴収する一割の寺銭は賭場開設の対価であると認め、賭博開張図利罪の成立が認められた事例です。
裁判所は、
- 各原判決が、右事実関係のもとにおいて、双方チームに対する賭金不一致の場合に被告人Xが当該不足分を補填し、不足金額につき危険を負担したのは賭博を成立させ寺銭を徴収して利を図るための手段にすぎず、その主眼は、同被告人が賭博の主催者となり、賭博を成立させるにあったものであり、右危険負担のゆえをもって単に被告人Xが賭客を相手として賭博をしたにすぎないと見ることはできないとした判断は、相当と認められる
と判示しました。
高松高裁判決(昭和40年8月5日)
裁判所は、
- 刑法第186条第2項の「賭博場を開張し」というのは、賭博の主宰者として、その支配の下に賭博を成立させるべき場所を設定すことであって、必ずしも、賭者を特定の場所に集合させることを要しないと解すべきであるところ、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、本件のいわゆる野球賭博に関し、自宅に、野球試合の日程表や過去の実績の記録を備えつけ、電話や事務員を置き、賭者に一定の賭金やいわゆるハンディーを通報するとともに賭博の申し込みを受け付けてこれを記録し、試合の双方ティームに対する賭けロの数が合致するよう調整して賭博を成立させ、かねて定めた一定の基準に従って敗者から賭金を集金し、勝者にこれを配分していたこと、すなわち、被告人が、本件野球賭博の主宰者となって、その支配下に賭博を成立させ、成立させる場所として自宅を提供していたことを充分認めることができる
- また、被告人は、一回の賭博成立ごとに勝者から配分金の一割に相当する金額を手数料という名目で徴収し、その手数料の取得を目的として本件賭博を主宰していたこと、すなわち、前認定のように開張して、利を図ったことを充分認めることができる
- もっとも、前掲各証拠によれば、被告人は賭けロの数を合致させる必要上、自ら賭者となることがあり、その結果手数料を徴収しても損失を被ったこともあったことが認められるけれども刑法第186条の「利を図る」とは開張によって一定の利得を予定することであって、利得が常に確実であることまで予定することは必要でないと解すべきである
- また、前説示から明らかなように、賭者を一定の場所に招集することは賭博場開張の要件ではないと解すべきであるから、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りもない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和52年4月14日)
コミッションとの名称を避けて「タメ取り」名下に賭客から取得することにした金銭がなお賭場開設の対価であると判断し、賭博開張図利罪の成立が認めれらた事例です。
裁判所は、
- 被告人は、かつて、マカオの賭博場でトランプカードを使用する「バカラ」という賭博を知ったが、そのルールは、賭客間に本件とほぼ同様な勝負が行なわれ、その経営者である開張者はバンカー側が勝ったときにコミッションとして勝金の5パーセントを取得するというものであった(以下これを国際ルールという)
- その後被告人は横浜市内で行われていた「バカラ」と称する賭博を知ったが、そのルールは、開張者はコミッションをとらないかわりに、プレイヤー・サイドとバンカー・サイドの数が1から7までの同数となったときに「タメ取り」として両サイドの賭金全部を取得するものであった
- そこで、被告人は、自ら「バカラ」賭博場を開張して利益を図ろうと考え、コミッションの寺銭にあたることが一見明白である国際ルールをさけ、横浜市での「タメ取り」の方法(これについては、自己が賭けて損失をこうむるという危険負担がない)をとって開張することを計画し(中略)、右に述べた本件「バカラ」賭博の方法およびそれにいたる経緯とその状況に徴すれば、被告人は、本件賭博場を開張して、「タメ取り」により、利益を図ったもの、すなわち、賭博場開張の対価をえたものといわなければならない
と判示しました。