前回の記事の続きです。
実行の着手時期
単純逃走罪(刑法97条)は、
- 拘禁から離脱する行為に着手したとき
に実行の着手があります。
言い換えると、単純逃走罪の実行の着手時期は、
- 拘禁作用の侵害が開始されたとき
です。
例えば、
- 留置施設にいる被疑者が居房の扉を開けて房外に脱出したときは「扉を開けにかかったとき」に単純逃走罪の実行の着手があるとされる
- 受刑者が刑務所の塀を乗り越えるべく塀をよじのぼろうとする行動を開始したときに単純逃走罪の実行の着手があるとされる
という考え方になります。
単純逃走罪の実行の着手があれば、その後に逃走に失敗しても、少なくとも単純逃走未遂罪(刑法102条)が成立することになることから、実行の着手時期を明確にすることが重要となります(詳しくは【刑法】未遂犯とは? の記事参照)。
実行の着手時期に関する裁判例
逃走罪の実行の着手時期に関する裁判例としては、以下のものがあります。
仙台高裁判決(昭和24年9月24日)
裁判所は、
- 被告人が逃走の意思をもって収容されていた前記拘置監第四監房の扉をあけて房外に脱出した以上は逃走の着手があったと認むべきで被告人の所為が逃走未遂罪を構成することは明瞭である
と判示しました。
佐賀地裁判決(昭和35年6月27日)
加重逃走罪の事例です。
裁判所は、
- 元来、逃走罪は国家の拘禁作用に対する侵害をその内容とする犯罪であって、逃走とはこの拘禁を離脱することをいうのであるから、看守者の実力的支配を脱する行為にとりかかったとき逃走に着手したものというべく、この理は加重逃走罪においても何ら異るところはない
- すでに逃げ口の完成又はほとんど完成に近い状態を作り出し、しかもその時において、直ちに脱出する意思をもっているため、全体として観察してみて、それが逃走をしようとして外部への扉を開け、または開けかかった状態と同一の評価をなし得るに至ったときは、 もはやすでに看守者の実力的支配に対する侵害が開始されたものとして、逃走の着手がある
と判示しました。
既遂時期
単純逃走罪は、
- 拘禁から離脱したとき
言い換えると、
- 看守者の実力支配を脱したとき
に既遂となります(既遂の説明は前の記事参照)。
そして、単純逃走罪は状態犯なので、既遂に達すれば直ちに犯行が終了します。
例えば、
- 刑事施設又は留置施設内から逃走する場合については、居房から脱出してもなお刑事施設又は留置施設の構内にいる間は、未だ看守者の実力支配内にあるといえるので、単純逃走未遂罪にとどまっていて既遂とはいえない
- 追跡を受けることなく、刑事施設の外壁を乗り越えたときは、実力支配を脱したといえるので、単純逃走罪の既遂が認められる
という考え方になります。
逃走者が追跡を受けている場合の既遂時期については見解が分かれており、
- 外壁を脱出すれば、追跡を受けていても直ちに既遂を認めるべきとする見解
- 外壁を乗り越えても引き続き追跡を受けている間は、看守者の実力支配を脱したとはいえないから既遂とはいえないとする見解
- 外壁を乗り越えても引き続き追跡を受け、看守者がその姿を一時的に見失ったとしても、なおその実力支配から脱したといえないときは未遂にとどまるが、看守者が完全に姿を見失い、その実力支配を脱したと認められるときは既遂となるとする見解
- 即時に逮捕することができず追跡の結果ようやく逮捕し得た場合のように逮捕に多少の時間と労力を要した場合は一時にもせよ実力支配を脱したもので既遂となるとする見解
- 外壁を脱する前から引き続き追跡され、接続した時間内で逮捕されたときは未遂とする見解
- 追跡を受けて直ちに逮捕された場合には既遂といえないとする見解
- 他の刑事施設に受刑者を移送するための護送中に逃走するような場合については、その看守者の実力支配を脱したときに既遂となり、逃走しても引き続き追跡されている間、―時的に姿を見失ったとしても、なおその実力支配を脱したとはいえないときは未遂にとどまるとする見解
などがあります。
既遂時期に関する裁判例
逃走罪の既遂時期に関する裁判例としては、以下のものがあります。
広島高裁判決(昭和25年10月27日)
刑務所居房に収容されていた者が居房を脱出した加重逃走罪の事案です。
裁判所は、
- 逃走の罪にいわゆる逃走とは、所論の如く拘禁監督者の監督支配の範囲を離脱することをいうものと解すべく、従ってその居房から脱出しても、未だその刑務所の構内から脱出しない間は逃走の既遂ということを得ないと共に、更にその刑務所の構内から脱出しても、直ちに追跡逮捕せられた場合にも、また逃走の既遂ということを得ないものと解すべきである
と判示しました。
未決の囚人が逃走したが看守者が直ちに発見追跡し、その間一、二度見失ったものの結局逮捕した事案です。
裁判所は、
- 被告人は(略)裁判所構内の便所に行った際逃走しようと決意し、S巡査の隙に乗じて突如右手に手錠をはめたまま同便所付近から逃げ出したが、S巡査は直ちにこれを発見して追跡し、途中一、二度被告人の姿を見失ったけれども、通行人らの指示により被告人の逃走径路を辿って被告人を追いかけ、結局間もなく同所から約600メートル距てたA市派出所付近の社宅内で被告人を逮捕した事実を認めることができるし、この事実によると、看守者たるsが逃走した被告人を追跡中、たとい一時被告人の所在を見失ったにしても被告人は未だ右看守者の実力的支配を全く脱したものということができないので、被告人の右所為は単純逃走罪の未遂にすぎない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和29年7月26日)
代用監獄である警察署留置場に勾留中の被告人が留置場を脱出した上、警察署構内より街頭に逃げ出していったんその姿をくらました後、約15分を経過して初めて警察署係員において脱出の事実に気付き、緊急手配を行った結果、脱出後約30分にして逮捕された加重逃走罪の事案です。
裁判所は、
- 警察署の留置場を代用監獄に指定して被告人を勾留している場合における逃走罪は、単に留置場における看守巡査の目を離れただけでは足りなくて、その警察署長の実力支配を脱したときに始めて既遂となる
- 右警察署係員の目を離れて同署留置場外に脱出した上、更に同署構内より街頭に逃げ出して―旦その姿を晦ましたときにおいて、看守者たる同警察署長の実力支配を脱したものと認めることが社会通念上妥当であると考えられるのであって、従って、本件加重逃走罪はこのときにおいて既遂に達したものといわなければならない
と判示しました。