刑法(逃走の罪)

加重逃走罪(2)~本罪の行為①「『拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

加重逃走罪の行為

 加重逃走罪は、刑法98条において、

前条(刑法97条)に規定する者(法令により拘禁された者)が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し暴行若しくは脅迫をし、又は2人以上通謀して、逃走したときは、3月以上5年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 加重逃走罪の行為は、

  1. 「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」
  2. 「暴行若しくは脅迫をし」
  3. 「二人以上通謀して、逃走」すること

です。

 この記事では、①の「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」の意義を説明します。

「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」とは?

拘禁場とは?

 「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」における「拘禁場」とは、

刑事施設の居房その他拘禁の用に供される施設

をいいます。

 「拘禁場」に当たるか否かが争われた裁判例があります。

広島高裁判決(昭和25年9月4日)

 特別少年刑務所内に設置してあった病監刑法第98条の「拘禁場」に当たるかが争われた事案です。

 裁判所は、

  • 刑法第98条に規定する拘禁場は、監獄及びその他被拘禁者を拘置すべき一切の場所を包含するのであるから、監獄法第1条に列挙の監房はもとより同法第40条により疾病にかかった在監者を収容する病監もまた右拘禁場に当たることはもちろんである

と判示しました。

「拘束のための器具」とは?

「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」における「拘束のための器具」とは、

被収容者の身体を拘束する器具

をいいます。

 なお、被収容者に対して使用することができる拘束具の種類やその使用要件などについて規定しているのが、刑事収容施設法78条同法施行規則37条・38条です。

「損壊」とは?

 「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し」における「損壊」を説明します。

1⃣ 拘禁場等の損壊は、

逃走の手段として行われること

が必要です。

2⃣ 損壊の意義について、加重逃走罪にいう「損壊」が物理的損壊に限られるかについては見解が分かれています。

 通説は、物理的損壊に限るとされます。

 その理由として、器物損壊罪では物の財産的価値が法益とされるのに反し、加重逃走罪では逃走の加重的態様という点において意味を持つことが挙げられています。

 「損壊」は物理的損壊に限られると判示したのが以下の裁判例です。

広島高裁判決(昭和31年12月25日)

 手錠及び捕縄を施され列車により護送中の被告人が、看守の隙を窺い捕縄及び手錠を外し、手錠を車外に投棄した上、列車窓から飛び降り逃走した事案です。

 裁判所は、

  • 毀棄罪における損壊の保護法益が物の財産的価値であるのに反し、拘禁場又は械具を損壊して逃走する加重逃走罪における保護法益は公共法益であって、両者はその罪質を異にし、後者は逃走の手段として叙上行為がなされた際、逃走の態様を重視し、単純逃走罪に比し刑を加重したものと認むべきである
  • してみればこの場合における損壊は右立法趣旨に照し、前記狭義観念、すんわち物の実質に対する物理的損壊を意味するものと解すべく、従って列車で護送中の被告人が逃走に際し、その手段として手錠及び捕縄を外し、かつ手錠を車外に投棄したとしても、これら械具の実質に物理的損壊を加えない限り、右行為は刑法第98条にいう損壊にあたらないものというべきである

と判示しました。

 なお、通説・裁判例に対し、

  • 物理的損壊又はこれに準ずべき効用滅却の行為も含むとし、したがって例えば単に手錠をはずす行為はこれに当たらないが、手錠を河中に投棄するのも「損壊」に含まれるとする見解
  • 損壊は物質上の損壊に制限する必要はなく、合鍵を使って逃走を企てる行為も加重逃走罪に当たるとする見解
  • 「損壊」は物理的損壊に限るが、滅失は物理的損壊に含まれるとし、手錠を走行中の汽車の窓から投げ棄てるのは損壊といえるとする見解

もあります。

3⃣ 「損壊」の手段・方法に特に限定はなく、手段・方法を問いません。

 加重逃走罪の「損壊」に当たるとされた事例として、以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和33年7月19日)

 裁判所は、

  • 加重逃走罪の構成要件たる拘禁場又は械具損壊は、もとよりその手段方法の如何を問わないのであるから、所論の如く特に器具を用いて損壊した場合であることを要するものではなく、原判示のように箱錠をもって錠を施した留置場出入口の開き戸に体当りして右箱錠の受座及びその周囲の木部を損壊した場合も、同条にいわゆる「拘禁場を損壊」した場合に当たることは論を俟たない

と判示しました。

4⃣ 「損壊」の程度については、

  • 機能的には重要部分の毀損を要するとする見解
  • 逃走を可能ならしめる程度のものでなければならないとする見解
  • 必ずしもその重要部分を損壊する必要はないとする見解
  • 損壊の程度が軽微にとどまった場合も「損壊」に当たるとする見解

があります。

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