刑法(偽証の罪)

偽証罪(6)~「『虚偽の陳述』とは?」を説明

 前回の記事の続きです。

「虚偽の陳述」とは?

 偽証罪は、刑法169条において、

法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3か月以上10年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 この記事では、偽証罪の行為である「虚偽の陳述」を説明します。

「虚偽の陳述」の「陳述」の意義

1⃣ 「虚偽の陳述」の「陳述」とは、

証人が裁判・審判機関に対し、五官の作用により自らの実験した事実を言語的手段により報告すること

をいいます。

 「陳述」は、原則として、裁判・審判機関の面前において口頭で述べるものです。

 ただし、裁判・審判機関の面前ではない場合もあり、

が該当します。

2⃣ 宣誓した証人に書面による回答が認められる場合には(民訴規則122条刑訴規則125条)、その書面による供述も「陳述」といい得るとされます。

3⃣ 民事訴訟における証人尋問に代わる書面の提出(民訴法205条)については、宣誓が予定されていないので、偽証罪の対象とはなり得ません。

 偽証罪が成立するためには、証人が宣誓をした上で裁判で虚偽の証言をすることが必要です。

「虚偽の陳述」の「虚偽」の意義

 「虚偽の陳述」の「虚偽」の意義については、

  • 陳述の内容をなす事実が客観的真実に反することであるとする「客観説」
  • 証人の記憶に反することであるとする「主観説」

とが対立しています。

 証人の陳述する内容としては、

  1. 証人の記憶も合致し客観的に真実である場合
  2. 証人の記憶に反するが客観的に真実と合致する場合
  3. 証人の記憶に合致するが客観的に虚偽である場合
  4. 証人の記憶に反し、客観的にも虚偽である場合

の4つの場合があります。

 ①の場合は、主観的にも客観的にも「虚偽」の陳述ではないので、偽証罪に該当しません。

 ③の場合は、証人に「虚偽」である旨の認識がなく故意を欠くので、偽証罪を構成しません。

 ④の場合は、偽証罪を構成することに争いはありません。

 偽証罪の成否が問題となり、主観説と客観説とで偽証罪の成否の結論が異なるので②の「陳述内容が、証人の記憶に反するが、客観的な真実に合致する場合」です。

学説の立場

客観説】

 客観説は、

証人が自己の記憶に反する事実を陳述しても、それが客観的事実に合致していれば、偽証罪を構成しない

とするものです。

 その理由として、いかに記憶に反したことを述べても、客観的真実に合致している限り、審判を誤らせるおそれがなく、虚偽の陳述がまったく事件の判断を誤らしめるおそれ(抽象的危険)のない場合には、偽証罪に関する行為の定型性を欠き、構成要件の充足がためなどとしています。

【主観説】

 主観説は、

「虚偽の陳述」とは、証人が自己の記憶に反して陳述することをいう

とするものです。

 したがって、主観説では、自己の記憶のとおりに陳述したときは、たとえそれが客観的真実に反していた場合にも偽証にはなりませんが、自己の記憶と異なる陳述をしたときは、それがたまたま真実と合致していた場合でも偽証罪が成立することになります。

 その理由としては、もともと、証人というものは、自己が過去において体験した事実を記憶のまま述べるべきもので、自己の記憶と異なる事実を述べれば、虚偽の陳述をしたことになるものであり、記憶に反する陳述をすること自体に国家の審判作用を害する抽象的危険があることなどが挙げられています。

判例・裁判例の立場

 判例・裁判例は、以下のとおり、一貫して主観説の立場に立っています。

大審院判決(明治35年9月22日)

 事実を見聞しないにもかかわらず現にこれを見聞したと称して陳述した事案です。

 裁判所は、

  • 証人が現に見聞したりと偽りたる事実がたまたま実際の事実に適合するも、なおかつ偽証罪の犯人として刑事上の責任を負わざるを得ず

と判示し、偽証罪の成立を認めました。

大審院判決(明治35年9月22日)

 証人が、Aらが手記しているところを目撃していないにもかかわらず、目撃したように供述したという事実です。

 裁判所は、

  • 事実を見聞せざる証人が現にこれを見聞したりと称し、虚偽の陳述を為す時は偽証罪は完全に成立するものにして、証人が現に見聞したりと偽わり供述したる事実が実際の事実に符合すると否とは偽証罪の成否に何らの影響を及ぼすべきものにあらず

と判示し、偽証罪の成立を認めました。

大審院判決(明治44年10月31日)

 裁判所は、

  • 苟も証人がその実験せざる事実を実験したるものの如く偽り証言するときは、常に偽証罪を構成するものにして、その証言がたまたま事実に適合するが如きは、偽証罪の成立を阻却すべきに非ず

と判示しました。

東京高裁判決(昭和34年6月29日)

 裁判所は、

  • 偽証罪は法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をなしたとき成立する
  • ここにいう虚偽とは真実に反することを指称するものであるところ、証人は良心に従って真実を述べる義務を負うから、その真実は証人の誠実なる主観的記憶を基準として判断すべきものであって、即ちその陳述が虚偽であるが否かは、証人の陳述そのものがその証人自身の認識、記憶に符合しているかどうかによって定めるべきものである
  • 従って証人がその認識、記憶するところと異なることを故意に陳述したときは、仮にその陳述にかかる事実がたまたま真実に符合していたとしても虚偽の陳述をしたものとして、偽証罪が成立するのである

と判示し、主観説を採用する立場をとりました。

さいたま地裁判決(平成19年6月1日)

 裁判所は、

  • 偽証罪は、宣誓をした証人がその証言時において自己の記憶に反することを認識しながら、あえてその記憶に反する証言をすることにより成立する

と判示し、主観説を採用する立場をとりました。

偽証教唆罪についても主観説が採用される

 偽証教唆罪についても主観説を採用する立場がとられています。

大審院判決(大正3年4月29日)

 裁判所は、

  • 偽証教唆罪を構成するには、教唆者において証人の陳述がその記憶に反する事実を知るをもって足り、その真実なることを確信せると否とはその罪責に影響を及ぼすべきものに非ず

と判示し、偽証教唆罪についても主観説によることを明らかにしました。

大審院判決(昭和7年3月10日)

 AがBに講金として金50円を支払うところを現認していないにもかかわらず、証人に対してこれを現認したように証言するよう依頼し、証人がこれに応じて証言した事案です。

 裁判所は、

  • 仮にそのような事実があったとしても、当該教唆者と証人は「それぞれ偽証教唆、偽証の罪責を免れざるものとす

と判示し、偽証教唆者に対して偽証教唆罪が成立し、証人に対して偽証罪が成立するとしました。

主観説が採用される理由

 主観説が採用される事情として、以下のものが挙げられます。

  1. 証人は、裁判・審判機関に対して、自ら実験した事実をその記憶のとおり陳述しなければならないこと
  2. 証人は、自ら実験した事実について、何が真実かを考慮したり判断したりする必要はなく、あくまでも自らの五官の作用により感得した事実を記憶のとおり陳述することが求められること
  3. 証人が何が真実かを自ら判断しその記憶に反してまでも自己の信じる主観的な真実を陳述することは、それ自体、裁判・審判機関の心証形成や事実認定を誤らせるおそれがあること
  4. 裁判官は、証言によって事実の真偽を判断するに当たっては、証言の内容ばかりでなく、証人の観察能力や観察方法などをも総合してその証明力を判断するので、推測したにすぎない事項を直接体験したように陳述し、あるいは、伝聞した事実を直接体験したように陳述することは誤った裁判等を招くおそれがあること

 上記のような事情から、たまたまその証言が他の証拠上真実に合致し、又は、証人自身がたとえその事実が真実であると信じていたとしても、虚偽の陳述に当たると解すべきであり、主観説によるのが妥当とされます。

主観説の思想が表れている規定

 主観説の思想が表れている規定として以下のものがあります。

1⃣ 民訴規則115条2項5号・6号刑訴規則199の13第2項3号・4号

 現行の訴訟法、訴訟規則においては、証人に対し、正当な理由がなければ「意見の陳述を求める質問」「証人が直接経験しなかった事実についての陳述を求める質問」などは許されないとしています。

2⃣ 刑訴法156条1項

 刑事訴訟法においては、「証人には、その実験した事実により推測した事項を供述させることができる」とする規定を置いています。

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