前回の記事の続きです。
他罪との関係
不動産侵奪罪(刑法235条の2)と
との関係を説明します。
① 強盗罪
不動産の侵奪は不動産侵奪罪により処罰するので、不動産は窃盗罪(刑法235条)の客体に含まれません。
窃盗罪と同じく、刑法236条1項の強盗罪(1項強盗)における「財物」にも不動産は含まれないとするのが通説です。
通説は、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を甬いて不動産を侵奪した場合、不動産は強盗罪の「財物」に当たらないことから、「財産上の利益」であるとして刑法236条2項の強盗罪(2項強盗)が成立するとします(2項強盗の説明は強盗罪(2)の記事参照)。
不動産の2項強盗の場合、不動産の事実上の支配を確立することが必要なので、単に暴行・脅迫を用いて不動産の登記済権利証や委任状等を強取し、登記を移転しただけでは、これらの書類の強盗罪(1項強盗)が成立するにすぎません。
相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を加えて不動産の事実上の支配を得た場合に、はじめて不動産の強盗(2項強盜)が成立することになります。
不動産を侵奪してからの事後強盗罪(刑法238条)、不動産の昏酔強盗罪(刑法239条)を認めるかについては、争いがあります。
昏酔強盗罪については、昏酔強盜の客体は「財物」に限られるため、通説の立場からは否定的に解され、事後強盗についても、不動産侵奪の犯人を「窃盗」に含め得るか条文上の疑問があり、事後強盗罪の成立はないとみるべきであると解されています。
② 境界毀損罪
1⃣ 境界線を損壊、移動若しくは除去し、またその他の方法で土地の境界を認識できないようにする境界毀損罪(刑法262条の2)は、多くの場合、不動産侵奪の手段として犯される場合が多いといえます。
この場合には、境界棄損罪と不動産侵奪罪は、手段と結果の関係にあるので牽連犯となるとするのが通説です。
2⃣ 不動産侵奪に際して、境界を毀損する場合には、不動産侵奪罪と境界棄損罪は観念的競合になると解すべきとされます。
3⃣ 不動産侵奪罪を犯した後に、境界線を不分明にして、侵奪行為を正当化しようとする場合も予測されます。
この場合には、不動産侵奪罪と境界損壊罪の保護法益が直接的には異なるし、罪質も別であるため、不動産侵奪罪と境界損壊罪とは併合罪になると考えられるとされます。
③ 建造物侵入罪
1⃣ 建造物侵入罪が不動産侵奪のため行為である場合、不動産侵奪罪が成立する限り、建造物侵入罪の成立の余地はないとする裁判例があります。
かつて住んでいた家について、民事訴訟で敗訴し、強制執行を受けて明け渡した後で、無断で再び人居した行為について、裁判所は、
- 被告人はAの管理する台所10畳一部屋を被告人の居住の用に供するため、管理者の意思に反して一間物の戸棚一つを使用してこれを不法に占拠したものであるから、不法領得の意思で不動産を奪取したものであり、被告人の右所為は刑法第235条の2の不動産侵奪罪を構成するものというべく、被告人の本件所為が不動産侵奪罪に該当する以上不動産侵奪の行為としての本件所為が不動産侵奪罪の外に別異の犯罪を構成するものとは解し得られない
- したがって原判決が被告人の本件所為につき刑法第130条(※住居侵入罪)を適用処断したのは法令の解釈適用を誤ったものである
と判示しました。
なお、この判決に対して疑問を呈する学説もあり、建造物侵入罪と不動産侵奪罪は罪質や保護法益が異なるのだから、原則として、建造物侵入罪が成立すると解すべきとする意見があります。
2⃣ 建造物に侵人して、その建造物の侵奪をした場合には、建造物侵入罪と不動産侵奪罪は、手段と結果の関係にあるので牽連犯になると解されています。
3⃣ 建造物の敷地の周囲を塀で囲って不動産侵奪罪を犯した後に、敷地内に入った場合は、建造物侵入罪と不動産侵奪罪とは併合罪になると考えられるとされます。
4⃣ 建造物の侵人が直ちに不動産侵奪罪の構成要件的行為と目される場合には、建造物侵入罪と不動産侵奪罪とは観念的競合になると考えられるとされます。
④ 器物損壊罪、廃棄物処理法(不法投棄)
不動動産侵奪の方法として、土地を掘削してその土砂を他に搬出し、その発掘部分を含む土地に多量の産業廃棄物を投棄した上、その土地を廃棄物の捨て場として、夜間人の出入りを遮断した行為について、「不動産侵奪罪」と「器物損壊罪(刑法261条 土地の損壊)」とは観念的競合になり、「不動産侵奪罪と器物損壊罪」と「廃棄物処理法(16条 不法投棄)」は併合罪になるとした裁判例があります。
大阪高裁判決(昭和58年8月26日)
裁判所は、
- 論旨は、不動産侵奪の既遂時期以降の器物損壊は不可罰的事後行為であり、器物損壊罪の成立する余地はなく、また器物損壊と不動産侵奪とが一個の行為でニ個の罪名に当たるとして刑法54条1項前段を適用した原判決には法令適用の誤があるという
- しかし、本件土地全域に対する不動産侵奪の既遂時期は昭和57年4月5日と認めるのが相当であるから所論のように器物損壊について不可罰的事後行為を問題にする余地はなく、また原判示所為が器物損壊の実行行為であると同時に、不動産侵奪のそれでもあるから、これに刑法54条1項前段を適用した原判決には所論のような法令適用の誤は存しない
- 更に論旨は、産業廃棄物処理のために不動産侵奪罪を犯したとして被告人の刑責を問う場合、廃棄物処理法違反罪はこれに吸収され、別に廃棄物処理法違反罪をもって処断することは許されないという
- しかし、不動産侵奪罪は不動産所有権の保護を目的とし、同罪の態様は不法領得の意思で、不動産に対する他人の占有を排除し新たに自己の占有を設定するものであるのに対し、廃棄物処理法違反罪の保護法益は業者による産業廃棄物の処理を適切に行い、環境汚染の原因を除去して生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とし、同違反罪の態様は都道府県知事(本件においては市長)の許可を受けないで業として産業廃棄物の処分を行うというものであって、両罪は保護法益及び犯罪態様を全く異にしており、一方が他方を吸収す る関係にあるとは認められないのであるから、両罪が成立し両者は併合罪の関係にあるとした原判決には所論のような法令適用の誤は存しない
と判示しました。