前回の記事の続きです。
背任罪の主体(犯人)である「委託信任関係に基づいて他人の事務をその他人のために処理する者」とは?
背任罪は刑法247条において、
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する
と規定されます。
そして、背任罪(刑法247条)の主体(犯人)は、
委託信任関係に基づいて他人の事務をその他人のために処理する者
です。
真正身分犯
背任罪は、犯人が「委託信任関係に基づいて他人の事務をその他人のために処理する者」を身分を要する真正身分犯です。
この点、大審院判決(昭和4年4月30日)は、
「背任罪は他人ためにその事務を処理する者が図利加害目的をもって任務違反行為をなし、本人に財産上の損害を加えることによって成立するものであり、この任務有する者でなければ犯すことができないものであって、この意味において、刑法65条1項にいう犯人の身分により構成すべき犯罪の一つである」
旨判示しています。
背任罪の身分は背任の行為時にあることを要する
上記の身分は背任の行為時(犯行時)にあることを要します。
その身分は、背任の行為時にあればよいので、犯行後、その身分を失っても背任罪の成立は否定されません。
例えば、背任罪の犯行後、背任行為による財産上損害の発生の時には、上記身分がなくなっていても背任罪の成立は否定されません。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(昭和8年12月18日)
裁判所は、
- 在任中その任務に背き、本人に財産上の損害を加える結果になるような行為をすれば、背任罪の実行行為は終了し、その損害
の発生が在任中であったかどうかを問わず、損害の発生により背任罪は既遂となる
との見解に立った上、X銀行の自己宛小切手振出しの権限を有する支店長代理Aが自己又は第三者の利益を図りX銀行名義の自己宛小切手を作成し、その後支店長代理を免じられて小切手振出しの権限を失った後に、情を知らない第三者Bに交付して割引を受け、その結果X
銀行がBに対して手形上の義務を負担し損害を被ったという事案において、
- Aの小切手作成・交付行為により実行行為が終了し、これにより背任罪の既遂に達しており、銀行が損害を被った当時にAが事務処理の任務を有していたか否かは背任罪の成立に影響を及ぼさない
としました。
「他人の事務」とは?
「委託信任関係に基づいて他人の事務をその他人のために処理する者」の「他人の事務」は、
他人のためにする他人の事務
でなければなりません。
「他人」には、法人、団体、国、地方公共団体も含まれる
「他人の事務」の「他人」は、
- 自然人
のほか、
- 法人
- 法人格を有しない団体
- 国
- 地方公共団体
も含まれます。
国際機関が「他人の事務」の「他人」に当たるとした裁判例もあります(東京地裁判決 平成17年2月17日)。
犯人自身の事務は、「他人の事務」にはならない
自己の事務(犯人自身の事務)は、他人のために処理する場合でも、背任罪における「他人の事務」とはなりません。
例えば、一般に、金銭消費貸借において、背任の犯人が債務者であった場合、債務者(犯人)が借金を返済することは、「他人」である債権者のためにする事務ですが、必ずしも債権者の事務ではなく債務者(犯人)の固有の事務であり、債務者(犯人)において これを不当に怠っても単に債務不履行となるだけであって、背任罪が成立することはありません。
「他人の事務」か、「犯人の事務」かの区別
上記例のように、犯人が債務者として、単に他人に対して債務を負担しているにすぎない場合は、自己の事務であるとして、他人の事務とは認められません。
しかし、この種の事務のほか、多くの事務は、「他人のためという側面」と同時に「自己のためという側面」をも有しているので、当該事務を「他人の事務」とみるか「自己の事務」とみるかの区別は必ずしも容易ではありません。
この点の判断は、判例を参考にして判断していくことが有効です。
判例は、
- 委任・雇用・寄託・請負などの契約により他人の財産の管理・保全の任務を行うなどのように、他人の財産の管理に関する事務の全部又は一部を他人のために代行するような場合には、これを他人の事務であるとして、その任務違背につき背任罪の成立を認めている
- 登記協力義務のように、売却・担保物件の設定など自己の財産的処分行為を完成させるための自己の事務であると同時に、その協力なくしては相手方の財産保全が完成しないものは、主として相手方の財産保全のための事務の一部をなすものとして、他人の事務であるとして、その任務違背につき背任罪の成立を認めている
という傾向が見られます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(明治44年4月21日)
荷為替手形における貨物運送の取扱いをなす者は、貨物引換証の交付を受けた者のためにその貨物を占有保管する責任があるから他人のため事務を処理する者に当たるとした判決です。
裁判所は、
- 荷為替における貨物運送の取扱を為す者は、質権者のためにその貨物を占有保管するの責あるをもって、刑法第247条にいわゆる他人のためその事務を処理する者にほかならず
と判示しました。
大審院判決(昭和7年10月31日)
電話加入権譲渡人の電話加入権名義変更請求義務の履行は、譲受人のための他人の事務であるとして、電話加入権の二重譲渡につき背任罪の成立を認めた判決です。
裁判所は、
- Aが電話加人権の名義人より贈与を受けたるBのために、その名義書替を為すべき任務を有するにかかわらず、これを更に元の名義人よりCに売却せしめ、Cのために名義変更請求書を所轄郵便局に提出したるも、未だその名義書替を了するに至らざるときは、刑法第247条の既遂罪を構成するものにあらず
- 然れども、Aはその任務に背きBに財産上の損害を加えんとしたること明白して、ただその目的を遂げざりしに過ぎず、Aに対して背任未遂罪をもって論ずべき
と判示し、背任未遂罪が成立するとしました。
抵当権設定者の登記協カ義務は主として抵当権者のための他人の事務であるとして、二重抵当につき背任罪の成立を認めた判決です。
裁判所は、
- Aに対し自己の不動産につき根抵当権設定後、いまだその登記なきを利用し、さらにBに対して根抵当権を設定してその登記を了する所為は、Aに対する背任罪を構成する
と判示しました。
県知事の許可を条件として農地を売り渡した者は、他人である買主のために許可前にこれを勝手に負担付のものとしないのはもちろん、許可があればその所有権移転登記に協力すべき任務を有するから、これに違背して、その許可前に第三者のために抵当権設定登記した場合には背任罪を構成するとした事例です。
裁判所は、
- 県知事の許可を条件として農地を売り渡し、代金を受領した者が、右許可前に該農地につき自己の債務の担保として擅に第三者のため抵当権を設定し、その登記を経たときは、該農地の買主に対する背任罪が成立する
と判示しました。
株式を目的とする質権設定者は、株券を質権者に交付した後も融資金の返済があるまで質権者のためにその株式の担保価値を保全すべき任務を負うとし、除権判決を経てその株券を失効させて質権者に損害を与えた行為について背任罪が成立するとした事例です。
裁判所は、
- 株式を目的とする質権の設定者が、質入れした株券について虚偽の申立てにより除権判決を得て株券を失効させ、質権者に損害を加えた場合には、背任罪が成立する
と判示しました。
「他人のために事務処理をする」とは?
「他人のために事務処理をする」とは、
一定の信任関係に基づき、「他人固有の事務」又は「他人がなし得る事務」をその他人のために処理すること
をいい、
本人が第三者との関係で行うべき事務を、背任の行為者が本人に代わって担当する場合であること
を要します。
例えば、本人の代理人である背任の行為者が、本人に代わって第三者と背任に当たる契約を締結する場合が該当します。
「他人の事務」といえるためには、信任関係を要する
「他人の事務」といえるためには、行為者(犯人)と他人との間に信任関係が存在しなくてはなりません。
行為者(犯人)は、他人のために、その事務を誠実に処理すべき法律上の義務を負っていることを要します。
この信任関係は、例えば、
によって生じるのが通例でが、
- 事務管理(大審院判決 大正3年9月22日)
- 慣習(大審院判決 大判3年4月10日)
によって生じたものでもよいとされます。
なお、会社の発起人・取締役・監査役・支配人、その他事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人等は、商法上のいわゆる特別背任罪の主体となります(会社法960条)。
「他人の事務」の性質・内容
「他人の事務」は、
- 公的な事務
であると、
- 私的な事務
であるとを問いません。
また、「他人の事務」は、
- 継続的事務
であっても、
- 一時的な事務
であってもよいです。
また、「他人の事務」は、必ずしも
- 法律行為
である必要はなく、
- 事実行為
であってもよいです。
また、「他人の事務」の事務は、
- 財産上の事務に限らない
とされます。
例えば、
- 医師が患者のためにする治療
- 弁護士が身分法上の訴訟に関する依頼を処理する事務
も、「他人の事務」の事務に含まれるとされます。
「他人の事務」の事務の処理権限
「他人の事務」の事務の処理権限は、
- ある程度包括的・裁量的なものでなければならない
とれ、
- 全く機械的な事務処理しか許されない場合は含まない
と解されています。
また、「他人の事務」の事務の処理権限は、
- 必ずしもその固有の権限に基づき単独の意思で事務を処理する者に限らず、その者の補助者としてその事務を直接に担当する者であってもよい
- 行為者が単独で処分し得るものに限らず、他の者の決裁によって行われる事務であってもよい
とされます。
①に関する判例として、以下のものがあります。
大審院判決(大正5年6月3日)
裁判所は、
- 刑法第247条にいわゆる他人のためその事務を処理する者とは、単に独立の権限をもってその処理を為す者のみならず、事実上の補助者としてこれにあずかる者をも包含す
と判示しました。
大審院判決(大正11年10月9日)
裁判所は、
- 刑法第247条にいわゆる他人のためその事務を処理する者とは、単に固有の権限をもってその処理を為す者のみならず、その者の補助機関として直接その処理に関する事務を担当する者をも包含す
と判示しました。
②に関する判例として、以下のものがあります。
裁判所は、
- 信用組合の専務理事である被告人が、自ら所管する貸付事務について、貸付金の回収が危ぶまれる状態にあることを熟知しながら、無担保あるいは不十分な担保で貸付を実行する手続をとった本件行為は、それが決裁権を有する理事長の決定・指示によるものであり、被告人がその貸付について理事長に対し反対意見を具申したという事情があつたとしても、背任罪にいわゆる任務違背の行為に当たる
と判示しました。