刑法(背任罪)

背任罪(12)~「背任罪と詐欺罪・電子計算機使用詐欺罪との関係」を説明

 前回の記事の続きです。

背任罪と詐欺罪との関係

 他人のために事務を処理する者が、本人を欺いて財物又は財産上の利益を不法に領得した場合(任務違背行為が本人に対する詐欺行為を含み、これによって本人に財物又は財産上の利益を交付させた場合)に、欺罔的手段が用いられることもあり、場合には、詐欺罪、背任罪のいずれに当たるかが問題となります。

 例えば、

  • 生命保険の外交員が、顧客の重大な病気を隠して会社と契約させ、それにより募集手当等を得る行為
  • 会社の販売担当者が、買主と共謀し、支払能力に重大な間題があることを隠して、会社による販売の契約を締結し、歩合を得る行為

は、会社に損害を与えるという意味で背任罪を構成すると同時に詐欺罪にも該当し得ます。

判例

 判例は、許欺罪の構成要件が充足される限り、背任罪が許欺罪に吸収されるという考え方を採っています。

 この考え方が採られる理由として、任務違背は許欺罪の概念に包含され、背任罪は本人を弱い意味で一種「欺く」もので、その点は刑の重い詐欺罪を認めることで、背任罪の点は考慮済みになることが挙げられます。

背任罪の成立を否定し、詐欺罪の成立のみを認めた判例

 詐欺罪の成立を認めた判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和3年12月22日)

 生命保険会社の外交員が、保険契約申込者の募集に際して、被保険者の重大な既往症を隠して健康者として報告し、会社との保険契約を締結させ、会社からその周旋の対価として募集手当、出張手当、紹介料等を受領した事案です。

 裁判所は、

  • 他人のために一定の事務を処理する者は、その関係が委任であると雇用であるとを問わず、委任者若しくは雇用者に対してその任務と相容れない詐欺的行為を行い、これを欺罔し、委任者若しくは雇用者に財物を交付させ又は不法に財産上の利益を取得した場合においては、当然詐欺罪を構成すべく、たとえその行為が図利加害目的により任務違背行為に及び、本人に財産上の損害を加えたとしても、これらは他人のために一定の事務を処理する者が本人に対して及んだ詐欺罪の観念中に当然包含されるもので、別に背任罪を構成しない

と述べ、詐欺罪のみが成立するとしました。

大審院判決(昭和7年6月29日)

 生命保険会社の勧誘員が、病気にり患している親族が健康人であるように見せかけ、この親族の同意書を偽造して自らが保険契約者保険金受取人として会社に保険契約の申込みをし、かつ、同社の嘱託医に頼み込んで診察を経ることなく健康体である旨の診査報告を作成させるなどして、会社との間に保険契約を締結し保険証券を交付させた事案です。

 裁判所は、

  • 他人の委託によりその事務を処理する者がその事務の処理上任務に背き、本人に対し詐欺行為を行い、同人を錯誤に陥れ、よって財物を交付させた場合において、詐欺罪を構成し、その行為が自己又は第三者の利益を図りこれにより本人に財産上の損害を生じさせ、背任罪の構成要件を具備する場合であっても、これらは、他人のために一定の事務を処理する者が本人に対して及んだ詐欺罪の観念中に当然包含すべきものであって、背任罪は成立することなく、また1個の行為であって数個の罪名に触れる場合にも当たらない

旨判示して、背任罪は成立せず、詐欺罪が成立するとました。

大審院判決(昭和8年3月8日)

 上記判例と同様の事案です。

 裁判所は、

  • 被告人の行為が詐欺罪に当たる一方、任務違背行為が認められるところ、任務違背行為は、背任罪にのみ特有の概念ではなく、詐欺罪、横領罪においても存するところがあって、これらの場合、任務違背は詐欺罪、横領罪の概念中に包含されることを通常とするものであるから、背任罪は、任務違背行為にして他の罪に属さないものを指斥していると解すべきであり、任務違背行為が他の犯罪を構成するときは背任罪の成立を阻却する

旨判示して、背任罪は成立せず、詐欺罪が成立するとました。

最高裁判決(昭和28年5月8日)

 山林立木の売買において、買主たるA木材会社から立木の売却を求められた杉林の所有者であるXが、A会社の木材仕入生産係員と共謀の上、立木の数をA会社に過大に報告し、過大な価格でA会社にこれを購入させ、損害を与えたという事案です。

 裁判所は、第一審判決が背任罪の規定を適用したのに対し、

  • 他人の委託によりその事務を処理する者が、その事務処理上任務に背き本人に対して欺罔行為を行い同人を錯誤に陥れ、よって財物を交付せしめた場合には詐欺罪を構成し、たとえ背任罪の成立要件を具備する場合でも別に背任罪を構成するものではない

とし、詐欺罪のみの成立を認めました。

詐欺罪の成立を否定し、背任罪の成立のみを認めた判例

 欺罔を手段とする背任行為であっても、その背任行為による利益取得が人の処分行為によらない事実上のものである場合、詐欺罪は成立せず、背任罪のみが成立します。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(大正3年6月20日)

 AのためYに対する売掛代金を受け取り、その支払いがないときは売買契約を解除して商品を取り戻すべき任務を引き受けたXが、Yと通謀してその利益を図り、既に商品の返戻を受けたとの虚偽の事実をAの店用帳簿に記載し、Yに代金を支払わせることなくその商品を転売させたという事案です。

 裁判所は、許欺罪の成立を否定し、

  • 虚偽の事実を帳簿に記載して代金支払請求や商品返戻を受ける権利を喪失させるべき事実上の状態を作出した

として、背任罪の成立を認めました。

大審院判決(大正12年3月21日)

 Aからその所有の立木について売買の委託を受けた際、買主Yとの間で通謀し、Aに対しては、実際の代金よりも低い金額で売買代金を合意したように装ってAとYとの契約を締結させ、Aにその類相当金額の損害を加えた事案です。

 裁判所は、

  • 仮にこの行為の結果、Yから財産上の利益を得たとしても、これはYとの密約に基づくものであり、Yに対して何ら欺罔行為を行ったものではなく、Yとの関係において詐欺罪の成立の余地はなく、委任者であるAに対する欺罔は、このような背任の目的を達する手段にほかならないのであって、欺罔を原因として財産上不法の利益供与を受けたものということはできない
  • この行為は純然たる背任行為であり、詐欺をもって論ずべきものではない

として、許欺罪の成立を否定し、背任罪の成立を認めました。

大審院判決(昭和8年12月18日)

 A銀行のため小切手を振り出す権限を有する支店長代理Xが、自己又は第三者の利益を図るべくA銀行名義の自己宛小切手を作成し、支店長代理をやめさせられてこの権限がなくなった後に、正当な小切手であると思っていたBに交付して割引を受けたという事案です。

 裁判所は、

  • BはA銀行に対して小切手金債権を取得するにいたっていることから、Bを被害者とする詐欺罪の定型性を具備していない

と判断し、背任罪の成立を認めました。

詐欺罪と背任罪の両方が成立するとした判例

 侵害する法益が異なる場合には、詐欺罪と背任罪の両方が成立する場合があります。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(昭和9年6月19日)

 債務者Xが債権者Aに対する自己の金銭務の担保として第三者Bに質物を提供してもらい、Aの代理人としてBからその引渡しを受けて保管することをAに約しながら、Bと通謀して自己及びBの利益を図り、その物品の引渡しを受けることなく、これを他に売却処分し、Aに対し質権設定の効力の発生を不能にさせて損害を与え、その後Aに対し質物をAのために自らが保管しているかのように偽ってを欺き、自己の債務の弁済の猶予を得た事案で、背任罪と詐欺罪が成立し、両罪は併合罪になるとしました。

背任罪と電子計算機使用詐欺罪との関係

 背任罪と電子計算機使用詐欺罪とは、後者を特別法とする法条競合の関係に立つなどと理由らけられて、電子計算機使用詐欺罪のみが成立すると整理されることが多いです。

 裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(平成5年6月29日)

 信用金庫の支店長であった被告人が、債務返済の資金に窮し、為替係に指示して支店設置のオンライン・システムの端末機を操作して債権者が他の銀行に設けている預金口座に振込入金をさせるなどした行為について、電子計算機使用詐欺罪のみの成立を認めました。

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