前回の記事の続きです。
特別公務員暴行陵虐罪の罪数の考え方
特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)の罪数の考え方を説明します。
1⃣ 特別公務員暴行陵虐罪は、被害者ごとに一罪が成立します。
例えば、特別公務員暴行陵虐罪による被害者が2名いた場合、2個の特別公務員暴行陵虐罪が成立します。
また、1個の暴行・陵辱・加虐の行為で、複数の被害者を暴行・陵辱・加虐した場合は、被害者の人数分の特別公務員暴行陵虐罪が成立し、各特別公務員暴行陵虐罪は観念的競合の関係になり、一罪となります。
2⃣ 同一被害者に対する連続した暴行については一罪(包括一罪)と評価される場合が多いと考えられています。
この点に関する以下の裁判例があります。
浦和地裁判決(昭和32年8月24日)
弊察官が2回にわたり取調べ中に被疑者に暴行を加えた特別公務員暴行陵虐罪の事案で、特別公務員暴行陵虐罪は包括一罪となるとした事例です。
裁判所は、
- 被告人は、Sが第一および第二事件の容疑者として取調べのため、昭和30年5月14日から6月1日までH警察署に留置されていた間、前後数回その取調べに関与したが、その際Sから右各事件の自白を得ようとして単一の意思のもとに、(イ)同年5月15日午後7時過ぎごろから同署一階にある六畳敷の小使室において、T警部補、巡査M、同Uおよび巡査部長ZとともにSに対し第一事件について追究したが、Sが繰り返し否認するや、同日午後10時ごろ、「おれがおとなしくしていればいい気になっている。」と言いながら、その部屋の奥の中央の柱を背にし入口に向かって正座しているSの前に近寄り、その両ひざを自已の両ひざではさみSの頭髪をつかんで約3回前後に引っ張り、そのたびごとにSの後頭部を背後の柱に打ちつけ、(ロ)また、同月19日午後8時過ぎごろから同署一階にある六畳敷の宿直室において、同署捜査主任巡査部長K、巡査M、同Uおよび同NときもにSに対し第二事件について追究したが、同日午後10時ごろSが返答につまるや、「はっきりしろ。」と言いながら、その部屋の奥の中央の柱を背にし入口に向かって正座しているSの頭髪をつかんで約3回前後に引っ張り、もってそれぞれ暴行を加えたものである
という罪となるべき事実を認定した上、
- 被告人のSに対する2度にわたる暴行行為は、いずれも刑法第195条第1項に該当するが、両行為はこれを包括して一罪として処断すべきである
- 被告人の2回の暴行行為は、同一人の同一留置中に同一警察署内において、いずれも事件取調べの際に同様の目的と方法で行われたものであって、同一の構成要件に該当し、被害法益が同一であること、被告人は最初から両行為を包括的に予見したものではないが、右述のような本件行為の客観的事情によれば、後の行為の犯意は前行為の犯意に継起したものと見ることができ、かつ、このような継起的犯意も責任の評価の上からは両行為を包括的に予見した場合と区別すべき理由に乏しいこと、両行為は一般的に見て同一捜査の及び得る範囲にあること、ならびに両行為を二罪として理論上各別の訴追および既判力を認めることは被告人の地位の安全を害することの諸点から考察し、これを包括して一罪として処断するのを相当と考える
- そして、右述のように本件犯行の犯意が包括一罪の主観的要件を充たすことを明らかにするため、通例の用語に従い前記判示のように「単一の意思のもとに」という言葉を用いた
と判示しました。
3⃣ 暴行による特別公務員暴行陵虐罪の場合は、暴行罪(刑法208条)は特別公務員暴行陵虐罪に吸収されます。
4⃣ 陵虐による特別公務員暴行陵虐罪の場合については、特に、不同意性交等罪(刑法177条)・不同意わいせつ罪(刑法176条)との関係が問題となります。
陵虐行為が不同意性交等罪・不同意わいせつ罪に至ったときは、特別公務員暴行陵虐罪のほかに不同意性交等罪・不同意わいせつ罪が成立し、各罪は観念的競合の関係に立つと解されています。
この点に関する以下の裁判例・判例があります。
大阪地裁判決(平成5年3月25日)
現職警察官が、職務遂行中に所持品検査を装い、15歳の少女に対し、パトカー内等でわいせつ行為に及んだ事案について、強制わいせつ罪(現行法:不同意わいせつ罪)及び特別公務員暴行陵虐罪が成立し、両罪は観念的競合の関係にあるとした事例です。
裁判所は、
- 強制わいせつ罪と特別公務員暴行陵虐罪は観念的競合の関係に立つと解すべきである
と判示しました。
大審院判決(大正4年6月1日)
陵虐行為が姦淫(強制性交)、わいせつ行為に該当しても、特別公務員暴行陵虐罪が成立するとした判決です。
裁判所は、
- 巡査が勤務中、犯罪嫌疑者に対し、陵辱加虐の行為を加えたるときは、たとえその行為がわいせつ又は姦淫たるの実質を備うる場合といえども刑法第195条の罪を構成するものとす
- 刑法第195条にいわゆる陵虐とは、陵辱加虐の行為を指称するものにして、原判決の判示事実はこれを要するに被告人は巡査として勤務中みだりに窃盗嫌疑者たる少女の陰部を検し、手をもってその陰部を弄し、又はこれを姦淫し、若しくは姦淫せんとしたりというに在りて、被告人の行為の実質がわいせつ及び姦淫の行為たることもちろんなりといえども、同時にこれを陵辱加虐の行為なりと認むることを妨げざるは論を俟たない
と判示しました。
この判決は、「被告人の行為が強制わいせつ、強姦に至った場合に、特別公務員暴行陵虐罪の成立を否定し、被害者の告訴がないから処罰できない」(当時は、強制わいせつ罪、強姦罪は親告罪であった)とする弁護人の主張に答えたものであり、特別公務員暴行陵虐罪が成立する場合に、強制わいせつ罪(現行法:不同意わいせつ罪)、強姦罪(現行法:不同意性行等罪)が成立することを否定するものではないと考えられています。