前回の記事の続きです。
アルコ一ルの影響により正常な運転が困難な状態での走行による危険運転致死傷罪(2条1号)の説明
危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法2条1号~8号)の2条1号の行為態様である
「アルコ一ルの影響により正常な運転が困難な状態での走行」
について説明します。
「アルコール」とは?
「アルコール」とは、アルコール飲料、酒類を意味します。
ビール、日本酒、焼酎、酎ハイなどあらゆる酒類が該当します。
「~の影響により」とは?
「~の影響により」について、専らアルコールの影響によることを要するものではなく、アルコールが他の要因と競合して正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になった場合も含まれると解されています。
「正常な運転が困難な状態での走行」とは?
「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは、
アルコールの影響により、道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態
をいいます。
1号は「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」としており、これは、
道路交通法違反の酒酔い運転(道交法117条の2第1項1号)の構成要件である「正常な運転ができないおそれのある状態(正常な運転ができない可能性のある状態)」における「おそれのある状態」とは異なること
を意味します。
そして、1号の危険運転致死傷罪が成立するためには、上記の「困難な状態」が必要となるので、
運転の困難性を基礎づける事実
が必要となります。
例えば、
- 酒酔いの影響により前方の注視が困難となったこと
- ハンドル・ブレーキの操作の時期やその加減について意図したとおりに行うことが困難になったこと
など現実にこのような運転操作を行うことが困難な心身の状態にあったことが必要となります。
正常な運転が困難な状態に至っていたかどうかの判断基準
正常な運転が困難な状態に至ったのが飲酒の影響であると認めることができるのかどうかについては、
- 飲酒量
- 飲酒後の経過や状況
- 運転状況(事故現場にたどり着くまでの経過などを含む)
- 事故の態様
- 事故後の運転者の状態
- 飲酒検知の数値
などが総合的に考慮されます。
①の飲酒量の目安については、事件の内容ごとに異なるものなので、一般的に明らかにできるものではありませんが、本罪の趣旨や法定刑の重さから見て、道路交通法施行令44条の3に規定された数値である
- 身体に保有するアルコールの程度は、血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラムとする
とする規定が最低限の目安の一つとなるものと考えらています。
参考となる以下の判例があります。
飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で自動車を運転中、先行車両に追突し、死傷の結果を生じさせた事案につき、被告人はアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったとして、危険運転致死傷罪が成立するとされた事例です。
裁判所は、
- 刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの)208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは、アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいい、アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たる
- 飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で普通乗用自動車を運転中、先行車両の直近に至るまでこれに気付かず追突し、その衝撃により同車両を橋の上から海中に転落・水没させ、死傷の結果を発生させた事案において、追突の原因が、被告人が先行車両に気付くまでの約8秒間終始前方を見ていなかったか又はその間前方を見てもこれを認識できない状態にあったかのいずれかであり、いずれであってもアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったと認められるときは、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させたものとして、危険運転致死傷罪が成立する
と判示しました。
運転の困難性を基礎付ける事実
運転の困難性を基礎付ける事実として、例えば、
- 足がふらついていたこと
- 運転中にハンドルを思うように操作できなかったこと
- 運転中に意識が朦朧となるときがあったこと
- 他人から酔っぱらっていて危ないので運転しないよう注意されていたこと
などが挙げられます。
故意
危険運転致死傷罪は過失犯ではなく、故意犯であり、本罪が成立するには、
- 正常な運転が困難な状態であることの認識
言い換えると、
- 道路・交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態であることの認識
を要します(故意犯の説明は前の記事参照)。
上記の「運転の困難性を基礎付ける事実」を被疑者が認識していれば、上記認識があると認定できると解されています。
実行行為
本罪の実行行為は、
アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
です。
「運転し」ではなく「走行させ」という用語を用いているのは、各種装置を操作して運転者のコントロール下において自動車を動かす行為である「運転行為」と対比するためです。