前回の記事の続き
氏名を詐称し、詐称した氏名の運転免許証の交付を受け運転した場合の道路交通法違反(無免許運転)の成否
氏名を詐称し、詐称した氏名の運転免許証の交付を受け運転した場合においては、道路交通法違反(無免許運転)は成立しません。
この点を判示した以下の裁判例があります。
千葉地裁判決(昭和60年9月9日)
裁判所は、
- 司法警察員ほか1名作成の交通事件原票謄本(捜査報告書部分)、司法警察員K作成の運転免許の有無についての捜査報告書、被告人の当公判廷における供述を総合すれば、公訴事実記載の日時、場所において被告人が普通乗用自動車を運転していた事実及びその際被告人は被告人名義の運転免許証の交付は受けていなかった事実が認められる
- 他方、前掲判示第一の事実について掲記の各証拠を総合すれば、以下の事実が認められる
- すなわち、被告人は、昭和42年6月2日神奈川県公安委員会から普通自動車運転免許を受け、以来法定の期限毎にその更新手続をなしていたところ、昭和55年ころから妻との折合が悪くなり、当時交際していた女性と同棲するようになったことから、その居所を妻に知られたくないといったことから居住地への住民登録をなさず、また運転免許の更新手続もしなかったため、これを失効させてしまった
- しかし、再び運転免許が欲しくなり、他人名義で運転免許を取得しようと企て、前記罪となるべき事実第一に記載したAになりすまして、A名義で運転免許を入手しようと企てAの住民票謄本を入手し、昭和58年12月3日自動車教習所にAの氏名等を詐称して入所し、同月19日同教習所を卒業後、同月21日前記判示第一記載のとおりの手続をなし、千葉県運転免許試験場において学科試験等に合格し、同日自己の顔写真を貼付したA名義の昭和61年の誕生日まで有効とする普通自動車運転免許証(以下免許証という)の交付を受けた
- ところで、被告人は…、他人の氏名等を詐称して運転免許を申請し、その詐称した氏名等を記載した免許証の交付を受けたものであって、他人名義を冒用した点に違法が存し、公安委員会による免許も、氏名冒用の点を看過してなされた行政処分として、その点に瑕疵が存することになる
- しかし、その瑕疵(氏名冒用)は、当該行政処分(公安委員会による免許)を当然に無効ならしめる程度に「重大かつ明白」とまでは認められないものとして、適法に取消されない限り有効と解するのが相当である
- すなわち、「行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で、当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては適法に取り消されない限り完全にその効力を有する。」(最判昭30.12.25、民集9.14.2070)ものであるところ、運転免許は、運転免許を受けようとする者が、その旨の申請書を提出し、当該公安委員会の行う運転免許試験を受け、これに合格した者に運転免許証が交付されることによって行なわれる(道路交通法89条、92条1項)行政処分であり、また、運転免許試験は、自動車等の運転について必要な適性、技能、知識について実施される(同法97条1項)ものであって、運転免許の許否について、実質的な判断の中心をなしているのは、道路交通法1条の趣旨、すなわち、道路における危険防止等の見地から要求される運転適性、技能等にあるものといえる
- この点の判断について、瑕疵が存するような場合ならともかく、本件の場合被告人は運転免許試験を自ら受験し、その適性等について特段の問題が認められなかったことは前述のとおりである
- 本件のような場合にまでその瑕疵が重大として免許が当然無効であるとすること相当ではない
- 道路交通法自体、例えば、不正の手段によって運転免許を受けた者であっても、公安委員会によってその運転免許の停止、取消の通知を受けるまでは、免許は有効とし(同法100条)、運転免許試験に合格した者が自動車等の運転に関し、道路交通法令等に違反した場合についても、その免許を取り消し、又は免許の効力を停止することができる(同法90条)との規定をおいているのであって、このような場合でも道路交通法自体、免許が当然無効とはしていない
- 以上のとおり、被告人には運転免許について、その実質的要件に欠けるところはないが、他方運転免許証には、免許を受けた者の本籍、住所、氏名及び生年月日の記載が要件とされている(同法93条1項4号)
- なるほど運転者の氏名等は免許証交付後の交通指導、取締等の見地及び運転免許証が身分証明書の役割等をはたしていること等の面からこれを見れば、運転免許の許否の要素として重要ではないとまではいえないところであるが、被告人が交付を受けた免許証には、被告人自身の顔写真が貼付されているのであり、当該免許証が外観上も当然無効としなければならない程度の明白な瑕疵があるといえるかどうか、疑問が存するうえ、前述のとおり行政処分としての免許の許否の判断で最も重要な点は、運転の適性、技術等の有無にあることを考慮するならば、氏名冒用の故をもってこれを当然無効とすることは妥当ではないと考えられる
- また以上の点から、本件の事実関係のもとでは、運転免許は現にその申請をなし免許についての各試験を受け、自己の顔写真を貼付した運転免許証の交付を受けた行為者たる被告人に付与されたものではなく、氏名等を冒用された兼子時男に付与されたものとして、被告人に対する免許の付与はなかったとするのは相当ではない
- 以上のとおり、本件のような事実関係のもとでは、被告人に付与された被冒用者名義の運転免許は当然無効とは認められず、その取り消しがなされるまでは有効と認めざるを得ない
と判示し、道路交通法違反(無免許運転)の成立を否定しました。