道路交通法違反

道交法違反(救護措置義務違反)(4)~「道交法72条1項前段の『交通事故』とは?(『人の死傷』『物の損壊』の意義)」を説明

 前回の記事の続きです。

「人の死傷」とは?

 道路交通法違反(救護措置義務違反)は、道交法72条1項前段で、

  • 交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない

と規定されます。

 道交法72条1項前段の「交通事故」とは、道交法67条2項により、

「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」をいう

とされています。

1⃣ 「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」の「人の死傷」とは、

自己以外の者ならば、通行人、同乗者、相手方の運転者などすべての人を含む人の死傷

という意味です。

 「死傷」とは、人が死亡あるいは負傷するということです。

 ただし、道路交通法違反(救護措置義務違反)における「人の死傷」と認められるためには、「人の死傷」が車両等の交通と相当因果関係をもって生じた場合に限られます。

2⃣ 人又は物の被害が発生した以上は、その程度のいかんを問いません。

 したがって、「人の死傷」の程度が軽微であるとか、被害者が運転者などの助けをかりないで自ら措置をとりうる等は、本罪の義務を免れる理由とはなりません。

 この点につき判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和45年4月10日)

 最高裁は、

  • 人身事故を惹起した車両の運転者が車両の運転を中止して事故を確認した結果、救護の必要がないと判断して現場を立ち去った場合にこの義務違反の成否が問題となるが、この場合、車両の運転者等は、直ちに車両の運転を停止し十分こ被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した場合を除き、すくなくとも被害者をしてすみやかに医師の診察を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとして、その場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである

と判示しました。

「物の損壊」とは?

1⃣ 「車両等の交通による人の死傷若しくはの損壊」の「物」とは、一般的には、権利の客体たる外界の一部をいいますが、本来の趣旨において、

社会通念上「物」と認められるものをいう

と解されています。

 例えば、ここでいう「物」には、相手方の車両等、家屋、電柱、交通施設等はもちろん、通行人の所持品、衣類、飼犬、牛馬を含むとされます。

 ただし、道路を通行する牛馬は、軽車両とされていることに注意を要します(道交法2条1項11号イ)。

2⃣ 「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」の「損壊」とは、

物の効用を害すること

をいいます。

 必ずしも物の効用の全部を失わせることを必要とするものではなく、その一部の効用が害されても、ここにいう損壊となるとされます。

 その物の損壊の程度、具体的危険発生の有無、危険防止措置の要否の如何を問わず、いやしくも物の損壊のあったすべての場合を含むものであって、その程度が軽微であってもよいとされます。

 したがって対向車との離合に当たり、その車幅灯(車の前面両端にある小さなライト)を折損しただけであっても、また、離合に際してダンプカーの蝶ツガイの塗装が剥離した程度であっても「物の損壊」に当たり、道交法72条1項前段・後段の本項所定の義務(救護措置義務及び事故の報告義務)が生じます。

 この点に関する以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和42年4月19日)

 道交法第72条第1項後段の道路交通法違反(事故の報告義務違反)の事案です。

 裁判所は、

と判示しました。

仙台高裁判決(昭和43年5月17日)

 道交法第72条第1項後段の道路交通法違反(事故の報告義務違反)の事案です。

 裁判所は、

  • 道路交通法第72条第1項後段の法意を考えるに、同条が交通事故があった場合に、当該車両等の運転者らに警察官に対する報告義務を課しているのは、警察官をして速かに交通事故の発生を知り、被害者の救護や道路における危険の防止等交通秩序の回復につき適切な措置をとらしめ、もって被害の増大の防止と交通の安全とを図るにあるものと解される(昭和37年5月2日最高裁判所判決参照)
  • 右法意に徴し、かつ同条第2項、第3項の警察官の命令、指示権の規定に照らすときは、すべての交通事故の発生を警察官に把握せしめ、その判断と措置によって前記法意の達成を期したものと解すべく、したがって、同条第一項後段にいわる「物の損壊」とは、損壊の程度、具体的危険発生の有無、危険防止措置の要否の如何を問わず、いやしくも物の損壊のあったすべての場合を含むのであって、その程度が軽微であっても、また、被害者たると加害者たるとを問わず、さらに右事故発生につき運転者の故意、過失もしくは有責違法の有無にかかわらず、運転者各自に報告義務が課せられているものと解すべきである

と判示しました。

3⃣ 「物の損壊」は必ずしも物の実質的破壊のあることを必要とせず、その本来の目的に使用することができない状態に至らしめていれば足りるものと解すべきとされます。

 損壊したのが自己の操縦する自動車のみであったとしても「物の損壊」があったとされます。

 この点に関する以下の裁判例があります。

水戸地裁判決(昭和36年2月18日)

 道路交通取締法24条1項(現行法:道交法72条1項)にいう物の損壊とは自己の操縦する自動車のみを損壊した場合をも含むことを明示した判決です。

 弁護人は、

  • 物の損壊があったとしても、相当程度以下の軽微な場合ならば警察官に報告しなくとも刑罰には触れないのである

と主張しました。

 この主張に対し、裁判所は、

  • 旧道路交通取締法第24条第1項及び同法施行令第67条第1項にいうところの「車馬又は軌道車の交通により人の殺傷又は物の損壊があった場合」における「物の損壊」とは、車馬又は軌道車の交通に因り道路における危険防止その他交通の安全を図るため必要な措置をしなければならぬ程度に物が損壊した場合を指すものと解するこれは旧道路交通取締法第1条及び同法第24条第1項並に同法施行令第67条の目的論的解釈としで当然導かれる結果であると考える
  • 而して、その物の損壊は自車のみの損壊であっても、それが道路における危険防止等の措置を講ずべき緊急状態を生ぜしめているならば、かかる措置を講ずべきことを操縦者に要求することの必要性を否定すべき理由は考えられない
  • 従って右法条にいう「物の損壊」中には自車のみの損壊も含まれる場合もあることとなる
  • 本件自動車の交通による損壊が道路における危険防止等の緊急措置を必要としたか否かにつき案ずるに、本件自動車が被告人の運転操作の過失により道路上に横転したことは記録上明らかなところであり、右法条に謂う「物の損壊」とは右緊急措置を必要とする状態にある以上、必ずしも物の物質的破壊あることを必要とせず、その本来の目的に使用することができない状態に至らしめられで居れば足りるものと解すべきであるから、本件自動車が道路上に横転したことのみでも右法条の「物の損壊」があったものと認むべぎであるが、本件においでは更に昭和36年2月11日付捜査報告書及びS検察事務官に対する供述調書によれば本件自動車内の座席は目茶目茶となり、後部バンバーは折損する等約損害十万円に及ぶ損壊があり、その他街路樹1本が押し倒されたことが充分認められるのである
  • 従って、本件自動車の物質的破壊も決しで軽微ではなく、相当程度の損壊であり、かつ道路における危険防止等の緊急措置を必要とした状態に達していたことも充分認められるところである

と判示しました。

4⃣ 「物の損壊」は、自過失によるものであっても含まれると解されています。

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