道路交通法違反

道交法違反(事故報告義務違反)(11)~「救護措置義務違反・事故報告義務違反の故意(人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識)」を説明

 前回の記事の続きです。

道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)の故意

 道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)は故意犯です(故意犯の説明は「故意とは?」の記事参照)。

 したがって、道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)が成立するためには、交通事故を起こした運転者が、

「その車両等の交通により人の死傷、物の損壊があったことについて認識していること」

が必要となります。

 そして、その認識の程度については、

「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」

まで必要とされます(判例・通説)。

 その認識の程度として、「人又は物件に接触し、若しくはこれを転倒せしめたことのみについての認識で足りるとする見解」もありますが、これは消極説です。

 「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」まで必要とするとの見解をとった判例・裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和30年1月28日)

 裁判所は、

  • 衝突により人の死傷又は物の損壊につき、全く認識するところがなかった場合は、救護措置等しないとしても、これを責めることはできないが、本件の場合は車両同士の衝突であるから、人の死傷は認識しえたであろうことは証拠上、これを認めることができる
  • よって、その責任を免れることはできない

と判示しました。

最高裁判決(昭和40年10月27日)

 裁判所は、

  • 道路交通取締法第24条1項、同施行令第67条所定の救護などの措置義務または報告義務に違反するものとして操縦者に対し、刑事責任を負わしめるのは、被害者の殺傷の事実または物の損壊事実が発生し、しかも操縦者などがこれらの事実を未必的にしろ認識した場合に限られると解するのを相当する

と判示しました。

東京高裁判決(昭和41年1月14日)

 裁判所は、

  • 道路交通法第117条の罪の刑責を問うには、客観的に人の死傷があったというだけでは足りず、行為者においてもそのことを認識していることが必要であり、その認識がなく、物の損壊があったと誤認していた場合には、同法第117条の2第2号の刑をもって処断すべきものと解するのが相当である
  • 人の死傷があった場合のひき逃げ事故については、人の死傷があったことの認識がなく、物の損壊があった程度の認識では、同法第117条の責任を課することはできない

と判示しました。

「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」は客観的事情を総合して判断される

 「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」の有無・程度の判断は、個々の交通事故について、具体的情況に基づき合理的に判断されます。

 例えば、

  • 交通事故当時の運転者の身体、心神の状況
  • 事故現場の状況(路面の状況など)
  • 事故発生時の衝撃、音響、叫声の有無、被害者の転倒の有無
  • 自動車の損傷
  • 事故の態様

など事故発生時の四囲の客観的事情を総合して判断されます。

「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」は未必の認識で足りる

 「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」の程度について、その認識は、必ずしも確定的なもので ある必要はなく、未必的な認識で足ります。

※ 未必的な認識(未必の故意)の説明は「故意とは?の記事」参照

 この点を判示したのが以下の判例・裁判例です。

最高裁決定(昭和47年3月28日)

 裁判所は、

  • 道路交通法117条の罪の成立に必要な事実の認識は、必ずしも確定的な認識であることを要せず、未必的な認識でも足りる

と判示しました。

福岡高裁判決(平成3年12月22日)

 裁判所は、

  • 被害車両は自動二輪車で身体が直接被告人車両と接触した場合負傷する蓋然性がきわめて高いこと、被告人は帰宅後に妻に対し被害者が負傷しているかも知れない旨話していることなどを総合すると、被告人には被害者が負傷したことにつき少なくとも未必的には認識していたものと認められる
  • そして、負傷の認識については可能性の認識で足りるから、被告人には被害者を救護する義務が発生したというべきである

と判示しました。

「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」の限界

1⃣ 実際の裁判では、「人の死傷又は物件の損壊を生ぜしめたことの認識」があったかどうかが争われる場面は少なくありません。

 例えば、

酩酊した者が自動車を運転中に事故を起こし、そのまま運転を継続した場合、その運転者が極度に酩酊して心神喪失の状態となっているとき

は、その事故に過失運転致死傷罪の成立を認めることのできることは格別、道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)の成立を認めることは困難であると考えられいます。

東京地裁判決(昭和32年5月30日)

裁判所は、

  • 被告人はかねてより多量に飲酒するときは病的酩酊、すなわち、心神喪失の状態に陥り犯罪等他に害悪を及ぼす危険ある素質を有するもので、しかも、その自覚を有するものであるが、かかる素質あるものは飲酒を抑止又は制限する等危険を未然に防止する注意義務があるものである
  • しかるに被告人は昭和31年10月6日夜、右注意義務を怠り多量に飲酒し泥酔し、いわゆる病的酩酊の状態に陥り翌7日午前零時30分頃、東京都台東区〇〇合名会社S商店所有の普通乗用自動車を運転し同区雷門方面より田島町方面に向け進行し、同区浅草松清町37番地先路上で同一方向に進行中のKのひくおでん屋台車に右自動車の前部を追突させて同人を路上に転倒させ、よって同人に加療約3週間を要する左肩胛部打撲傷等を負わせたもので右は被告人の重大な過失によるものである

とし、重過失傷害の犯罪事実を認定したものの、上記交通事故を起こしたのに警察官に事故を申告をしないまま運転を継続した道交法違反(事故報告義務違反)の点については、

  • 本件に顕れた各証拠によるとその外形的事実はこれを認むるに十分ではあるが、先に説示したように当時被告人は心神喪失の状態にあったものであるから刑法第39条第1項に則り被告人に対し無罪の言渡をする

と判示し、道交法違反(事故報告義務違反)については無罪を言い渡しました。

2⃣ また、例えば、

大型貨物自動車の後部側面に原動機付自転車のような小型車が軽く接触し転倒したというような場合

については、四囲の種々の状況によっては全く認識しえないこともあり得るので、このような場合は、道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)は成立しないと考えられています。

 しかし、例えば、

進路付近に人か動物か判然としないが、何か動く物があるのを認め、その直後、異様なショックを感知したというような場合

であれば、人の死傷か物件の損壊のいずれかについての事故の確定的認識はなかったとしても、未必的認識があったと認めることはできると解されています。

 この点に関する以下の判例・裁判例があります。

福岡高裁判決(昭和32年4月30日)

 裁判所は、

  • 道路交通取締法(※現行法:道路交通法)の各種規定を検討するに、同法において過失犯を処罰する趣旨は窺われないから、刑罰法規一般の原則に従い、同法第24条第1項に違反し同法第28条第1号に当る罪についてその処罰の対象は故意犯のみに限ると解すべきは所論のとおりである
  • けれども、右故意は必ずしも確定的故意のみに限らず未必的故意をも包含するものなることは、これまた刑罰法規一般の原則に対して例外を認むべき律意が窺われない同法の解釈上当然の帰結である
  • 従って自動車運転者がその運転する自動車により人を殺傷しながら、被害者の救護、その他必要な措置を講じなかった場合、該殺傷の時志津につき当時苟も未必的認識を有しておれば道路交通取締法第24条第1項違反の刑責を免れないものといわねばならない
  • これを本件についてみるに、原判決挙示にかかる被告人の司法警察員に対する第二回供述調書中「途中門司市白木崎町三丁目のところに来て前方2、20メートル位のところで何か白いものを認めましたので急ブレーキをかけましたが、この時非常に大きなショックがあり何か轢いたのではないかと思いましたが、森夜の事であるしまさか人があんなところに居るとは夢にも思っておらず、犬か何かであったと思ってそのまま停車もせずに帰ったのであります」とある部分、被告人の検察事務官に対する供述調書中「自動車が前記電柱の間近6位に迫った頃何か動いた様な気がしたので急にハンドルを右に切る拍子に車体が右に傾いて電柱の横を通過するときショックがあった様な気も致しますがはつきり記憶しません」とある部分、その他原判決挙示の各種証拠を総合すれば、被告人は原判示一の如く自己の運転する自動車をKに接触せしめてKを転倒、死亡させたことについて当時確定的認識はなかったとしても、少くとも未必的認識を有していた事実を肯認するに十分である
  • 従って被告人が当時原判示二の如き被害者の救護や警察職員への届出の措置を講じなかったことは、すなわち未必的故意に基くものというべく、原審が被告人に対し原判示二の事実を認定してこれにつき道路交通取締法第24条第1項、道路交通取締令第53条、同法第28条第1号を適用処断したのはまことに相当にして、原判決に所論の如き事実誤認、法令適用の誤り又は審理不尿の違法は存しない

と判示しました。

「人の死傷」の認識はないが、「物件の損壊を生ぜしめたことの認識」がある場合は、救護措置義務違反は成立しないが、事故報告義務違反は成立する

 一般に車両が他人の車両や物件に接触ないし衝突したとき、相手方の運転者等の傷害についてまでは認識がなかったとしても、接触ないし衝突の認識がある限り、少なくとも相手方の車両又は物件の損壊については未必的にも認識があったと認められるので、道交法違反(救護措置義務違反)は成立しなくても、道交法違反(事故報告義務違反)が成立します(昭和30年1月28日東京高裁)。

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