これから22回にわたり、単純収賄罪(刑法197条1項前段)を説明します。
収賄罪の種類
収賄罪には種類があり、
- 刑法197条1項前段で「単純収賄罪」
(単純収賄罪は、犯行態様に応じて「賄賂収受罪」「賄賂要求罪」「賄賂約束罪」に細分されます)
- 刑法197条1項後段で「受託収賄罪」
(受託収賄罪は、犯行態様に応じて「賄賂収受罪」「賄賂要求罪」「賄賂約束罪」に細分されます)
- 刑法197条2項で「事前収賄罪」
- 刑法197条の2で「第三者供賄罪」
- 刑法197条の3第1項・2項で「加重収賄罪」
(加重収賄罪は、犯行態様に応じて「事前加重収賄罪」「事後加重収賄罪」に細分されます)
- 刑法197条の3第3項で「事後収賄罪」
- 刑法197条の4で「あっせん収賄罪」
を規定します。
この記事カテゴリーでは、単純収賄罪(刑法197条1項前段)を説明ます。
刑法197条の構成(単純収賄罪、受託収賄罪、事前収賄罪)
刑法197条は、
1項 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の拘禁刑に処する
2項 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、5年以下の拘禁刑に処する
と規定し、
- 1項前段が収賄罪の基本類型である「単純収賄罪」
- 1項後段が収賄罪の加重類型の一つである「受託収賄罪」
- 2項が収賄罪の特殊な形態の一つである「事前収賄罪」
の規定となっています。
単純収賄罪の保護法益
単純収賄罪の保護法益は、
- 公務員の職務行為の公正性
- 公務員の職務行為に対する社会の一般的信頼
と解されています。
単純収賄罪の保護法益に触れた判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和6年8月6日)
「職務執行の公正」のみではなく、それに対する「社会の信頼」を明確に保護法益として打ち出し、現在の通説と同じ立場に立つ判例です。
裁判所は、
- 法が収賄罪を処罰する所以は、公務員の職務執行の公正を保持せんとするに止まらず職務の公正に対する社会の信頼をも維持せんとするに在れば、被告人A及びBが原判示の如くその職務に関し他の被告人らより賄賂を収受したるにおいては、たとえこれがために各生徒が正当の代価をもって一定の日時までに所要の教科書を整うるを得ることにつき何らの障害を与えざりしとするも、中学校教務主任の職務上の公正に対し社会の信頼を損なうこと多大にして所論の如く何らの被害法益なきものというべからず
と判示しました。
大審院判決(昭和11年5月14日)
裁判所は、
- 賄賂罪は公務の公正を保護することを目的とする規定なれば、公務員が職務に関し収賄するときは世人をして法律秩序につき疑惑を起こせしめ、もって公務の公正を害するに至るおそれあるなればなり
と判示しました。
裁判所は、
- すべて公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者でないことは憲法15条2項の規定するところであり、公務員の職務とせられる公務の執行は、一部の利益のためにではなく全体の利益のためになさるべきものである
- 従って、公務の威信と公正を保持すべき必要のあることは多言を要せず、いやしくも公務の執行に対し国民の信頼を失うがごときことがあってはならないそれ故、もし公務員の職務に関して、金銭その他の利益による賄賂を伴うようなことがあれば、その職務の威信と公正は害せられ、職務の執行に対する信頼の失われるに至ることは明瞭である
- 刑法197条は、上述のような公務員の職務の性質に鑑み、その職務の威信と公正を害すると認められる収賄の非行を犯罪として処罰することを定めたものであって…
と判示しました。
裁判所は、
- 賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものである
旨判示しました。
単純収賄罪(刑法197条)の合憲性
刑法197条は、公務員に対して不当に不利益な取扱をするものということではないから憲法14条に違反せず、合憲であることを明らかにした判例があります。
裁判所は、
- すべて公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でないことは憲法15条2項の規定するところであり、公務員の職務とせられる公務の執行は、一部の利益のためにではなく全体の利益のためになさるべきものである
- 従って、公務の威信と公正を保持すべき必要のあることは多言を要せず、いやしくも公務の執行に対し国民の信頼を失うがごときことがあってはならない
- それ故、若し公務員の職務に関して、金銭その他の利益による賄賂を伴うようなことがあれば、その職務の威信と公正は害せられ、職務の執行に対する信頼の失われるに至ることは明瞭である
- 所論刑法197条は、上述のような公務員の職務の性質に鑑み、その職務の威信と公正を害すると認められる収賄の非行を犯罪として処罰することを定めたものであって、同条において、公務員が、その他の者と区別して取扱われているからといって、右はもとより合理的な根拠に基づくものであり、公務員に対し、不当に不利益な取扱をするものということはできない
- されば、同条が憲法14条に違反するとの論旨は理由がない
と判示しました。