刑法(贈収賄罪)

単純収賄罪(6)~賄賂とは?⑤「政治献金が賄賂に該当するか否か」を説明

 前回の記事の続きです。

政治献金が賄賂に該当するか否か

1⃣ 献金とは、

  • 政治家個人又は政党等の団体の政治活動の資金とするために行われる寄付

をいいます。

 政治資金の寄付は、政治活動が特定の者の経済的利害と結び付きやすく、疑惑をもたらすことが少なくないことから、政治資金規正法により、法人・団体の行う寄付の範囲や個人の政治家に対する寄付について質的・量的側面から規制が加えられ、その明朗化が図られています。

2⃣ 政治献金と賄賂は、

  • 政治資金は政治活動に対する財産的支援行為

であり、賄賂は

  • 公務員の職務行為に対する不法な報酬

であることから、それそれ別個な観念です。

 政治家の多数は議員として公務に従事し、あるいはこれを目指して政治活動を行っているものであり、政治資金の寄付の形態を採っている財産的利益の提供であっても、これが議員としての特定の職務行為の対価としての性格を持つことはあり得ます。

 実際に行われた政治献金が政治家の公務員としてのある具体的な職務行為と対価性を有する場合は、政治献金であるからといってその賄賂としての性格が失われるものではなく、収賄罪が成立し得ます。

 賄賂としての性格がある政治献金は、ある政治家の政治活動全般を支援する性質のものではなく、

政治家たる公務員の公務員としての特定の具体的な職務行為との関連で提供者にとって有利な行為をすることを期待して行われるもの

であるので、職務行為に対する不法な報酬としての性格が認めれます。

 判例・裁判例は、

供与された金員が公務員の職務行為と対価性を有するどうか

の判断を行った上で結論を示しており、

政治活動の資金の名目で提供されたもであっても、公務員の職務行為と具体的に対価関係が認められるかどうかを賄賂性を認めるかどうかの判断基準としている

といえます。

 したがって、政治献金の形態を採って行われた財産的利益の提供が賄賂に該当するかどうかは、具体的な事実関係の下において、

政治献金の形態を採って行われた財産的利益を受領した政治家の公務員としての特定の職務行為と対価性が認められるかどうか

という事実認定の問題となります。

3⃣ なお、政治献金と賄賂との関係が以上のようなものである以上、供与された金員について政治資金規正法所定の手続が採られているかどうかは賄賂性の有無を左右するものではく、職務との対価性が認められれば同手続が採られていても賄賂に当たるし、職務との価性が認められない場合は、仮に同法違反の献金であっても、賄賂には該当しないこととなります。

政治献金と賄賂との関係に関する裁判例

 政治献金と賄賂との関係に関する裁判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和34年12月26日)

 裁判所は、

  • 被告人が本件各金員を受領したことは、これを認めることができるが、右各金員は、Aとの間の政治資金援助の約束に基き、単なる政治資金として受領したものであって、被告人は、右各金員を、大蔵大臣あるいは復金委員会会長たる自己の職務につき受領したものでないのはもとより、これと密接な関係がある行為につき受領したものでもなく、従って、被告人の右各職務に関し受領したものではないから、被告人の右各行為は、いずれも、刑法第197条の収賄罪を構成しない

と判示しました

東京地裁判決(昭和33年9月29)

 売春業者を構成員とする団体の幹部が売春取締法案の審議に際し、衆議院議員に贈賄した事実を認めた事例です。

 裁判所は、

  • 贈収賄罪における賄賂は公務員の職務と対価関係に立つ不法な報酬と解せられるところ、公務員が関係筋からその職務とは無関係に私生活上の個人的関係において利益を受ける場合はこれを目して賄賂とすることのできないことはいうまでもないところであるが、これは極めて稀有の事例に属し、かつ証拠によって厳格に認定さるべき事実間題に属するものである一方、世上一般に中元、歳暮、餞別等の名の下に公務員に供与される類のものは当該公務員との日頃の職務上の関係において提供されるものであって職務と全く無関係のものとはなし難いのであるが、ただこれらの授受が職務執行の公正を疑わせる事情がないとして社会観念上是認される儀礼の範囲にとどまる限りは違法性を欠くものとして賄賂性を否定すべきてあると解すべきところ、果して右違法性を欠くも のかどうかは当該公務員の職種、公務員の地位身分、供与された利益の性質価格及び一般社会慣行等諸般の事情を基にして判断せらるべき評価の問題であって法律間題に属すると解すべきである弁護人主張のように本件金30万円が被告人Cの前示調査視察のための費用ないし報酬としての趣旨のみで贈与されたものとしても、当時同被告人は売春対策審議会委員の職にあり右の調査の結果は同審議会における売春業者の転廃業に関する審議にさいし直接利用しうべき状況にあり、またそのために同被告人はこれらの調査を行ったものとあるから、そのための費用ないし報酬を売春業者より受けることは右審議会委員の職務に関する対価と認むべきであり、同被告人の衆議院議員としての売春取締立法に対する審議の経歴に照せば同院議員としてもまた同様の関係に立つから被告人Aらから被告人Cに対し贈与された本件30万円は結局賄賂と判断すべきである

と判示しました。

東京地裁判決(昭和34年1月19日)

 裁判所は、図書館法の制定に尽力している国会議員の金銭の贈与について、

  • 当該議員が法案通過の成否の鍵を握ってるものではないこと、贈与者にとって同法の成立が特に利益になるわけでもないこと、他に贈与者にいて自己の利益を漁るような行動も認められないことなどからすれば、同議員が情熱を傾けている世界連邦建設同盟について、その政治活動を支援するための政治資金の提供であった蓋然性が強い

とし、無罪を言い渡しました。

札幌地裁判決(昭和35年3月2日)

 裁判所は、

  • 公務員個人に対する供与ではなく、政党に対する献金であり、政治資金規正法上の手続が採られていなくても、闇献金が多く、党の帳簿等に記載されていないこと等をもって党に対する献金でないと認めることはできない

として無罪を言い渡しました。

最高裁判決(昭和63年4月11日)大阪タクシー汚職事件

 衆議院の委員会で審査中の法律案に関し同委員会に所属しない同院議員に対する贈賄罪が成立するとされた事例です。

 裁判所は、

  • 衆議院議員に対し、同院大蔵委員会で審査中の法律案につき、関係業者の利益のため廃案、修正になるよう、同院における審議、表決に当たって自らその旨の意思を表明すること及び同委員会委員を含む他の議員に対してその旨説得勧誘することを請託して金員を供与したときは、当該議員が同委員会委員でなくても、贈賄罪が成立する

と判示し、議員に対する現金の供与につき、単に被告人らの利益にかなう政治活動を一般的に期待するにとどまらず、法案の廃案・修正のため働きかけを依頼した趣旨であるとして賄賂性を認めました。

大阪地裁判決(平成4年2月25日)

 国会法74条の質問の請託を受け、その報酬として現金1000万円の供与を受けたとして参議院議員に対する受託収賄罪の成立が認められた事例です。

 裁判所は、

  • 本件1000万円はもっぱら質問主意書の提出に対する謝礼として授受がなされたものであり、賄賂であることは明らかである

と判示し、弁護人の政治献金であるとの主張を排斥して賄賂性を認めました。

東京高裁判決(平成13年4月25日)最高裁決定(平成15年1月14日)

 公務員が請託を受けて公正取引委員会の委員長に対し、同委員会が調査中の審査事件を告発しないように働き掛けることとあっせんした事案です。

 裁判所は、

  • 土木建築工事の請負等を業とする建設会社の副社長であった被告人Aが、公正取引委員会が、県内の公共工事を受注する同社等の建設会社の支店の営業責任者らにより組織されていた同業者団体の会員による入札談合の疑いがあるとして調査を続けていたことに関し、衆議院議員である被告人Bに対し、公正取引委員会が告発をしないよう、同委員会委員長に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、これを承諾した被告人Bに対し、その報酬として金員を供与し、被告人Bが同金員の供与を受けた場合には、被告人A及び被告人Bの各行為は、それぞれ刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)198条の斡旋贈賄罪、同法197条の4の斡旋収賄罪を構成する

と判示し、弁護人の政治献金であるとの主張を排斥して賄賂性を認めました。

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