前回の記事の続きです。
この記事では、刑法176条1項の条文にある
- 「次に掲げる行為又は事由」(刑法176条1項の1号~8号)
- 「その他これらに類する行為又は事由」
の意義を説明します。
①「次に掲げる行為又は事由」(刑法176条1項の1号~8号)とは?
不同意わいせつ罪は、刑法176条において、
1項 次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する
1号 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと
2号 心身の障害を生じさせること又はそれがあること
3号 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること
4号 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること
5号 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと
6号 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること
7号 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること
8号 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること
2項 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする
3項 16歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする
と規定されます。
「次に掲げる行為又は事由」とは?
「次に掲げる行為又は事由」は、
刑法176条1項の1号~8号に掲げる行為・事由
をいいます。
1号~8号に掲げる行為・事由は、
刑法176条1項の条文にある「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にあるかどうかの判断を容易にし、安定的な運用を確保する観点から、当該状態の原因となり得る行為・事由が例示的に列挙されたもの
です。
したがって、刑法176条1項の不同意わいせつ罪が成立するためには、
「1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」があり、それによって、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」に陥ったといえること
が必要となります。
別の見方をすれば、「1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」があるだけで、直ちに「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」にあるとして不同意わいせつ罪が成立するものではないことに注意が必要です。
1号~8号は、複数が併存し得る
複数の「1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」が相まって「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の原因となることが起こり得ます。
よって、「1号~8号に掲げる行為・事由その他これらに類する行為・事由」は一つに特定される必要はありません。
例えば、
- 1号 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと
- 6号 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること
2つの事由が併存して不同意わいせつが成立する場合や、
- 1号 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと
- 7号 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること
の2つの事由が併存して不同意わいせつが成立する場合が挙げられます。
1号の意義
1号の「暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと」の意義を説明します。
1⃣ 1号にいう「暴行」とは、
身体に向けられた不法な有形力の行使
をいい、その程度を問いません。
2⃣ 1号にいう「脅迫」とは、
他人を畏怖させるような害悪の告知
をいい、その程度を問いません。
3⃣ 「暴行若しくは脅迫を用いること」とは、
行為者自身が、被害者に対し、わいせつな行為の手段として暴行・脅迫をする行為
をいいます。
4⃣ 「それらを受けたこと」とは、
被害者が、第三者から暴行・脅迫を受けた場合や、行為者からわいせつな行為の手段としてではなく暴行・脅迫を受けた場合
をいいます。
2号の意義
2号の「心身の障害を生じさせること又はそれがあること」を説明します。
1⃣ 2号にいう「心身の障害」とは、
身体障害、知的障害、発達障害、精神障害
をいい、一時的なものを含み、その程度も問いません。
性的に被害に遭っている最中に生じる精神障害も「心身の障害」に含まれるとされます。
2⃣ 「心身の障害を生じさせること」とは、
行為者自身が、被害者に対し、わいせつな行為の手段として、強いストレスを与えるなどして、一時的な精神症状を引き起こさせる行為
が該当します。
3⃣ 「それがあること」とは、
被害者が身体障害、知的障害、発達障害、精神障害を有している場合
をいいます。
3号の意義
3号の「アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること」の意義を説明します。
1⃣ 3号にいう「薬物」とは、
それを摂取すると、意識がはっきりしない、ろれつが回らない、身体の自由が利かないといった影響を生じ得るもの
を意味します。
「アルコール」又は「薬物」の種類や摂取量は問わないとされます。
2⃣ 「アルコール若しくは薬物を摂取させること」とは、
行為者自身が、被告者に対し、わいせつな行為の手段として、アルコール又は薬物を摂取させる行為
をいいます。
3⃣ 「それらの影響があること」とは、
- 被害者が、第三者によって飲酒させられたり薬物を摂取させられたりして、それらの影響を受けている場合
- 行為者によるわいせつな行為の手段としてではなく飲酒させられたり薬物を摂取させられたりし、あるいは、自ら飲酒したり薬物を摂取したりして、それらの影響を受けている場合
が該当します。
4号の意義
4号の「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」の意義を説明します。
1⃣ 4号にいう「睡眠」とは、
眠っていて意識が失われている状態
をいいます。
2⃣ 「その他の意識が明瞭でない状態」とは、
睡眠以外の原因で意識が明瞭でない状態
をいいます。
例えば、
- 完全な睡眠状態ではないものの、半覚醒状態で意識がもうろうとしている状態
- 極度の過労により、意識がもうろうとしている状態
が挙げれらます。
2⃣ 「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること」とは、
行為者自身が、被害者に対し、わいせつな行為の手段として催眠術を用いるなどして、完全に眠らせたり、意識がもうろうとした状態にする行為
が該当します。
3⃣ 「その状態にあること」とは、
- 被害者が完全に眠っている場合
- 半覚醒状態で意識がもうろうとしているなど意識が明瞭でない状態にある場合
が該当します。
5号の意義
5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」の意義を説明します。
「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」とは、
被害者において、わいせつな行為がなされようとしていることを認識してからわいせつな行為がなされるまでの間に、そのわいせつな行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないこと
をいいます。
例えば、
- 突然背後から胸を触られた場合
- 振り向きざまにいきなりキスをされた場合
などが該当します。
「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」に該当する場合であっても、それだけで不同意わいせつ罪は成立せず、同罪が成立するためには、さらに「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にあったこと」が必要になります。
6号の説明
6号の「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること」の意義を説明します。
1⃣ 6号は、
- 被害者が、予想外の事態に直面したり、予想を超える事態に直面したことから、自分の身に危害が加わるかもしれないと考えたり、驚くなどして、平静を失った状態
つまり、
- 被害者がフリーズした状態
をいいます。
2⃣ 「予想と異なる事態」とは、
実際に生じている事態が被害者の予想したところと異なること
を意味します。
3⃣ 「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること」とは、例えば、
行為者自身が、わいせつな行為を求められるとは予想していない被害者に対し、わいせつな行為の手段として、二人きりの密室でわいせつな行為を迫ることで、被害者を恐怖又は驚愕させる行為
が該当します。
4⃣ 「その事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること」とは、例えば、
人気のない夜道で、脇道から人が出てくるとは思っていなかった被害者が、わいせつな行為をすることを意図せず脇道から出てきた行為者と不意に出くわしたことにより、恐怖又は驚愕している場合
が該当します。
7号の意義
7号の「虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること」の意義を説明します。
1⃣ 7号にいう「虐待」とは、
物理的又は精神的にひどい取扱いをすること
をいいます。
例えば、
- 殴る、けるなどの暴力を振るう身体的虐待
- 親が子に対して性的行為をする性的虐待
- 育児放棄(ネグレクト)
- 他の兄弟姉妹との間で著しい差別的取扱いをしたり、ほかの家族に対する暴力を見せるなどの心理的虐待
- いじめ
- DV
が該当します。
2⃣ 「虐待に起因する心理的反応」とは、例えば、
- 虐待に起因する順応(虐待を通常の出来事として受け入れる心理状態になること)
- 虐待に起因する無力感(虐待を受けたために、抵抗しても無駄であると考える心理状態になること)
- 虐待に起因する恐怖心(虐待を目の当たりにしたために恐怖心を抱いている状態になること)
が該当します。
3⃣ 「虐待に起因する心理的反応を生じさせること」は、
行為者自身が、被害者に対し、わいせつな行為の手段として身体的虐待を繰り返し、わいせつな行為をされることについて無力感を植え付ける行為
が該当します。
4⃣ 「それがあること」とは、
被害者が、第三者から虐待を受けたり、行為者からわいせつな行為の手段としてではなく虐待を受けたために、恐怖心を抱いている場合
が該当します。
5⃣ 7号は、個々の虐待それ自体ではなく、上記のような心理的反応を「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の原因となる行為・事由として捉えるものです。
個々の虐待行為の存在について、日時・場所や行為態様が特定されなければならないものではないとされます。
つまり、不同意わいせつ罪の成立を認めるに当たり、7号に該当する身体的虐待、性的虐待、心理的虐待などについて、その各虐待を具体的に特定する必要はないとされます。
8号の意義
8号の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」の意義を説明します。
1⃣ 8号にいう「経済的関係」は、
金銭や物などの財産に関わる人的関係
を意味します。
例えば、
- 雇用主と従業員
- 債権者と債務者
といった人的関係が該当します。
2⃣ 8号にいう「社会的関係」は、
家庭・会社・学校などの社会生活における人的関係
を意味します。
例えば、
- 父と娘、祖父と孫、兄弟姉妹などの家族関係
- 上司と部下
- 先輩と後輩
- 教師と生徒
- 介護職員と入所者
といった人的関係が該当します。
3⃣ 「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益」とは、
行為者によるわいせつな行為に応じなければ、行為者の経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力によって被害者自らやその親族等が受ける不利益
を意味します。
例えば、
- 社員である被害者が、社長によるわいせつな行為に応じなければ、社長の地位に基づく影響力により、仕事を得ることができなくなる
- 部活の新入部員である被害者が、部活の先輩によるわいせつな行為に応じなければ、先輩の地位に基づく影響力により試合にも出られなくなる
といったことが該当します。
なお、わいせつ行為の行為者が、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」を現実には行使しない場合であっても、被害者がその影響力により不利益を受けると思い、それを憂慮したと認めらえるのであれば、8号に該当し、不同意わいせつ罪が成立すると考えられています。
4⃣ 8号にいう「憂慮」とは、
被害者が前記のような不利益が及ぶことを不安に思うこと
をいいます。
5⃣ 「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること」とは、
行為者自身が、被害者に対し、わいせつな行為の手段として、行為者自身の言動によってそのような不安を抱かせる行為
をいいます。
6⃣ 「それを憂慮していること」とは、
被害者が、第三者によってなされた言動や、行為者によってわいせつな行為の手段としてではなくなされた言動により、そのような不安を抱いていた場合
が該当します。
②「その他これらに類する行為又は事由」とは?
「その他これらに類する行為又は事由」とは、
刑法176条1項の1~8号に掲げる行為・事由のいずれかに「類する」行為・事由
をいいます。
1号の「暴行」に類するもの
1号の「暴行」に類するものとして、
- 被害者に向けた向けたものでない暴行(間接暴行、人の身体に向けられたものとはいえない有形力の行使)
が該当し得ます。
1号の「脅迫」に類するものとして、
- 脅迫にまで至らない害悪の告知(人を畏怖させるに足りる害悪の告知に当たるとはいえないもの)
- 人を不安にさせたり困惑させる言動
が該当し得ます。
2号の「心身の障害」に類するもの
2号の「心身の障害」に類するものとして、
- 医学的に「心身の障害」といえるかどうかの判断が難しいもの
- 「心身の障害」と類似する症状が現れるもの
が該当し得ます。
3号の「アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること」に類するもの
3号の「アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること」に類するものとして、
- アルコール又は薬物以外の物質によって、類似の影響が生じる場合
が該当し得ます。
4号の「睡眠その他の意識が明瞭でない状態」に類するもの
4号の「睡眠その他の意識が明瞭でない状態」に類するものとして、
- 入眠時や睡眠からの覚醒時に起こる睡眠麻痺(金縛り)の状態
が該当し得ます。
5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」に類するもの
5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」に類するものとして、
- 被害者において、わいせつな行為がなされようとしていることを認識してからわいせつな行為がなされるまでの間に、そのわいせつな行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないとまではいえないが、物理的・心理的要素も考慮した場合には、同意しない意思を形成し、表明し又は全うするための時間のゆとりがない場合と同等といえる場合
が該当し得ます。
6号の「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること」に類するもの
6号の「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること」に類するものとして、
- 恐怖、驚愕とはいえないが、それらに類似する心理状態にある場合
が該当し得ます。
7号の「虐待に起因する心理的反応」に類するもの
7号の「虐待に起因する心理的反応」に類するものとして、
- 精神医学的には「虐待に起因する心理的反応」とは判断し難いものの、これと類似する症状・反応が現れる場合
が該当し得ます。
8号の「不利益の憂慮」に類するもの
8号の「不利益の憂慮」に類するものとして、
- 「憂慮」とはいえないが、それらに類似する心理状態にある場合
が該当し得ます。