刑法(贈収賄罪)

単純収賄罪(21)~「賄賂の『約束』とは?」「単純収賄罪(賄賂約束罪)」を説明

 前回の記事の続きです。

賄賂の「約束」とは?

 単純収賄罪は、刑法197条1項前段において、

  • 公務員が、その職務に関し、賄を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する

と規定します。

 ここにいう「約束」とは、

  • 贈収賄当事者間の賄賂の授受についての合意

をいいます。

 単純収賄罪(賄賂約束罪)は、贈賄者と収賄者の意思の合致があって初めて成立するものなので、両者の約束は必要的共犯の関係に立ち、一方が成立しなければ、他方も成立しません。

 例えば、賄賂の約束をした贈賄者側に単純収賄罪(賄賂約束罪)が成立しなければ、賄賂の約束をした収賄者側に単純収賄罪(賄賂約束罪)は成立しません。

 単純収賄罪(賄賂約束罪)は、

  • 贈賄者側に単純収賄罪(賄賂約束罪)
  • 単純収賄罪(賄賂約束罪)

の両方が必ず成立しなければならない犯罪です。

既遂時期

 単純収賄罪(賄賂約束罪)は、

  • 贈収賄当事者間の賄賂の授受についての合意が成立した時点

で既遂に達します(既遂の説明は前の記事参照)。

 旧法時代の判例ですが、この点に関する判例があります。

大審院判決(明治36年6月29日)

 裁判所は、

  • 官吏収賄罪は、官吏がその職務に関し、内嘱の申込を受けたる日に成立するものに非ずしてその内嘱お申込に応じたる日において成立す

と判示しました。

 なお、申込みを受けた時に公務員でなくても、応諾した時に公務員であれば、事前収賄罪(刑法197条2項)ではなく、単純収賄罪(賄賂約束罪)が成立します。

 この点に関する以下の判例があります。

大審院判決(明治36年6月29日)

 裁判所は、

  • 官吏収賄罪は、官吏がその職務に関し内諾の申込を受けたる日に成立するものに非ずして、その内諾の申込に応じたる日において成立す
  • 従って、申込を受けたる日は、未だその職にあらずとするも、申込に応じたる日においてその職に在りたるときは同罪を構成す

と判示しました。

贈賄者と収賄者における約束の成立過程は問わない

 贈賄者と収賄者における約束の成立過程は問いません。

 具体的には、

  • 贈賄者の申込みに対して収賄者が承諾する場合(大審院判決 昭和9年4月18日)
  • 収賄者の要求に対して贈賄者が承諾する場合(大審院判決 昭和15年5月27日)

の両パターンにおいて、贈賄者と収賄者の双方に単純収賄罪(賄賂約束罪)が成立します。

意思表示が外部に現れなくても、内心の意思の合致で単純収賄罪(賄賂約束罪)は成立する

 要求、申込みの形を採らずに、相互の意思の合致により単純収賄罪(賄賂約束罪)が成立する場合があります。

 例えば、

  • 相手が贈収賄を行う意思を示せば、自分も相手に贈収賄を行う意思を示す用意があるというように、内心の意思が合致したような場合

にも単純収賄罪(賄賂約束罪)が成立します。

 全くその意思が内心にとどまり何らの挙措動作も伴わず、外部にいかなる徴表も現れないような場合には、単純収賄罪(賄賂約束罪)の成立を認めることが困難な場合もあり得ますが、単なる目の動き、手ぶり、身ぶりであっても、内心の意思が外部に現され、意思の合致がそれによって相互に確認できるような場合には単純収賄罪(賄賂約束罪)の成立が認められます。

賄賂性の認識は贈賄側と収受側の両方に必要である

 約束の対象である利益についての賄賂性の認識がは、贈賄側と収受側の双方にあることを要します。

 賄賂を受け取ろうとする収受側の賄賂の要求に対し、贈賄側が、賄賂性の認識なく、利益の供与を承諾した場合には、賄賂を受け取ろうとする収受側に単純収賄罪(賄賂要求罪)のみが成立し、単純収賄罪(賄賂約束罪)は成立しません。

 逆に、贈賄側の賄賂提供の申込みに対し、収受側が賄賂性の認識なく、これを承諾しても、贈賄側に贈賄罪(賄賂申込罪、刑法198条)のみが成立し、単純収賄罪(賄賂約束罪)は成立しません。

賄賂となる利益は、約束の当時現存することを要しない

 賄賂となる利益は、約束の当時現存することを要しません。

 この点を判示した判例があります。

大審院判決(昭和7年7月1日)

 裁判所は、

  • 賄賂収受罪又は同交付罪の成立するには、現実利益の授受を必要とすれども、賄賂約束罪はこれと異なり、単に後日利益を授受すべきことを約束するによりて成立するものなれば、その約束せらるる利益は必ずしも約束の時において現存することを要せず
  • ただ約束の時において後日供与せらるべき利益を予期し得るをもって足る

と判示しました。

 なお、この判例が述べるように、約束成立の時点で、当該利益が予期し得るだけの客観的可能性のあることは必要であるとされます。

約束の対象となる利益は、第三者の処分権内に属するものであってもよい

1⃣ 約束の対象となる利益が第三者の処分権内に属するものであってもよく、第三者がその利益の供与を承諾することが期待できる程度にあればよいです

 この点を判示した判例があります。

大審院判決(昭和8年11月2日)

 裁判所は、

  • 賄賂たる利益は、必ずしも確定的なることを要せず
  • その需要欲望を充たすと否とが第三者の意思に係り、その者の承諾なくしてはその実現を見ること能わざる場合においても、その第三者においてその供与を為すべきことが期待し得られるにおいては、その機会にあずかることは、すなわち人の欲望を充たすに足るべき利益なり

と判示しました。

大審院判決(昭和9年6月12日)

 裁判所は、

  • 第三者をして利益を供与せしむるべしとの申込といえども、諸般の状況より観察して第三者において利益の供与を承諾すべきことが期待し得られる場合においては、賄賂の提供たり得るものとす

と判示しました。

大審院判決(昭和14年3月17日)

 裁判所は、

  • 第三者の処分圏内にある利益といえども、これが供与を約する者において第三者に対し、影響を及ぼし得る地位に在りて、人をして賄賂実現の可能を期待せられ得る場合においては、賄賂約束罪の目的物たるを得るものとす

と判示しました。

2⃣ 約束成立後、結局、諸般の事情から第三者の承諾が得られず、利益の授受が行われなかったとしても、それが単純収賄罪(賄賂約束罪)の成立を妨げるものではありません。

 一旦約束が成立した以上、その後に両者が約束を解除しても、単純収賄罪(賄賂約束罪)の成否に影響せず、後の解除は単なる犯罪後の情状にすぎません。

 この点に関する判例があります。

大審院判決(昭和15年5月27日)

 裁判所は、

  • 一旦成立したる賄賂約束罪は、爾後該約束解除の意思を表示するも、その成立に消長なきものとす
  • 蓋し刑罰法令に規定する刑罰は、民事法令に規定する効果と全然その観念を異にしある行為にして、苟も犯罪の成立要素充足せる以上、爾後なされたる民事的消減事由如何にかかわらず罪責を負担せしむべきものなればなり

と判示しまし、約束の履行は犯罪の成否に影響しないとしました。

約束した利益の内容は、時期・金額等において確定的でなくてもよい

 約束した利益の内容は、時期・金額等において確定的でなくてもよいです。

大審院判決(昭和7年7月1日)

 裁判所は、

  • 被告人がその職務に関し、相当金銭上の謝礼を約束したる以上、賄賂約束罪を構成すべきこともちろんにして、金額及び履行期の確定せざることは同罪の成立を妨ぐるものに非す

と判示しました。

 約束した利益の内容は、時期・金額等において確定的でなくてもよいとはいうものの、その内容があまりにも不確定である場合は約束が成立したとまではいえません。

 例えば、賄賂となるべき利益が何であるのか確定せず、単に、後日お礼をするという程度の約束では意思の合致があったとしても、その内容があまりに不確定であり、約束が成立したとまではいえません。

 しかし、お礼の内容(金銭、品物等)が確定していれば、金額や数量が不確定であっても、約束の重要部分が確定したものとして、約束の成立があったとすべきとされます。

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