これから2回にわたり、事後収賄罪(刑法197条の3第3項)を説明します。
刑法197条の3の構成(事前加重収賄罪、事後加重収賄罪、事後収賄罪)
刑法197条の3は「加重収賄罪」と「事後収賄罪」を規定します。
条文は、
1項 公務員が前二条【第197条、第197条の2】の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期拘禁刑に処する
2項 公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする
3項 公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の拘禁刑に処する
と規定します。
1項 … 事前加重収賄罪
1項の加重収賄罪は、
収賄行為をした後に職務上不正行為をし、又は相当の行為をしなかった場合を処罰するもの
であり、
「事前加重収賄罪」
と呼びます。
2項 … 事後加重収賄罪
2項の加重収賄罪は、
不正行為をし、又は相当の行為をしないでおいて、その後に収賄行為をした場合を処罰するもの
であり、
「事後加重収賄罪」
と呼びます。
3項 … 事後収賄罪
3項は、
「事後収賄罪」
を規定します。
事後収賄罪は、公務員が、退職後、その在職中の職務違反行為に関して収賄する場合を処罰するものです。
事後収賄罪(刑法197条の3第3項)とは?
事後収賄罪(刑法197条の3第3項)は、
- 公務員が、在職中に、まずその職務に関して不正な行為をし又は相当の行為をしないで、そのことについて、賄賂を収受、要求若しくは約束をし(単純収賄罪と受託収賄罪の行為)、又は第三者に賄賂を供与させ又は賄賂を要求若しくは約束し(第三者供賄罪の行為)、退職後、その在職中の職務違反行為に関して収賄する場合を処罰するもの
です。
主体(犯人)
1⃣ 事後収賄罪は、
- 公務員を退職し、公務員の地位がない者
だけが主体(犯人)となります。
したがって、公務員の身分を有する者が職務権限を異にする他の公務員の職務に転じた後に、前の職務に関して賄賂を収受した場合は、事後収賄罪ではなく、通常の収賄罪(単純収賄罪:刑法197条1項前段又は受託収賄罪:刑法197条1項後段)が成立します。
この点に関する以下の判例があります。
裁判所は、
- 収賄罪は公務員が職務に関し賄賂を収受するによって成立する犯罪であって公務員が他の職務に転じた後、前の職務に関して賄賂を収受する場合であっても、いやしくも収受の当時において公務員である以上は収賄罪はそこに成立し、賄賂に関する職務を現に担任することは収賄罪の要件でないと解するを相当とする
と判示しました。
裁判所は、
- 一般的職務権限を異にする他の職務に転じた公務員に対し前の職務に関して賄路を供与した場合であっても、贈賄罪が成立する
と判示しました。
2⃣ 公務員退職後、賄賂を収受し、再度公務員に復職した場合に、単純収賄罪又は受託収賄罪が成立するのか、事後収賄罪が成立するのかについて争いがあります。
学説では、
- 公務員の身分が継続していないため、現に公務員であっても、事後収賄罪が成立するにすぎないとする説
- 現に公務員である以上、単純収賄罪又は受託収賄罪が成立するとする説
の対立があります。
この点に関する見解の説明は以下のようになります。
前職在職中に賄賂の要求・約束の構成要件的行為があれば請託不正行為を前職中にしている限り、事前加重収賄罪(刑法197条の3第1項)と事後収賄罪が成立します。
両罪の関係については、事後収賄罪が事前加重収賄罪に吸収されるとする見解がありますが、賄賂の授受に及んでいることから包括一罪と解するのが適当と考えられています。
これに対し、前職中は要求も約束もしておらず、非公務員である時に賄賂を収受したとすれば、前職中に請託と不正行為がある限り事後収賄罪の構成要件を充足しているので、事後収賄罪が成立することになります。
しかし、後職の公務に就いてから、賄賂を収受した場合には、現に公務員であるから、上記の確立した判例に従い、単純収賄罪又は受託収賄罪が成立すると解すべきであり、その間、公務員の身分を失っていたことは、無関係と解すべきとされます。
これは、そのように解しないと、公選の議員について、収賄罪の成立する余地がなくなる可能性があり、立法目的に反するためです。
3⃣ 「公務員」の意義については、収賄罪の基本類型である単純収賄罪と同じなので、単純収賄罪(10)の記事をご確認ください。
事後収賄罪の罪数の考え方
事後収賄罪(刑法197条の3第3項)の罪数の考え方を説明します。
事前加重収賄罪と事後収賄罪の関係
在職中に、事後収賄罪の構成要件的行為である請託を受け、賄賂を要求、約束し、その後職務上不正の行為をし、しかる後退職してから賄賂を収受した場合には、要求、約束の時点で本条1項の事前加重収賄罪(法定刑:1年以上の有期拘禁刑)が成立し、その後に事後収賄罪(法定刑:5年以下の拘禁刑)が成立することになります。
そして両罪の関係については、法定刑重い事前加重収賄罪に事後収賄罪が吸収されると解する見解がありますが、包括一罪と解するのが適当と考えられています。
事後加重収賄罪と事後収賄罪の関係
公務員在職中に不正行為をして賄賂の要求、約束をし、賄賂を収受した場合は、本条2項の事後加重収賄罪が成立し、事後収賄罪は成立しません。
第三者供賄罪と事後収賄罪の関係
1⃣ 事後収賄罪は、1項の事前加重収賄罪のように三者供賄罪(刑法197条の2)の行為を構成要件に含んでいません。
2⃣ また、事後収賄罪は、2項の事後加重収賄罪の場合と異なり、第三者に賄賂を供与、要求、約束させる場合を含んでいません。
これは、事後収賄のような場合にまで、第三者供賄を罰することは、対価関係の密接さを欠くと考えられたからではないかと考えられています。
3⃣ これらのことから、第三者供賄の場合には、1項の事前加重収賄罪又は2項の事後加重収賄罪のみ成立し、事後収賄罪の成立はありません。