刑法(現住建造物等放火)

現住建造物等放火罪(4) ~「耐火性建造物の一部分を独立の建造物とみることができるか否かの判断基準と現住建造物等放火罪の成否」を説明~

 前回の記事の続きです。

建物内の部分的独立性

 建造物の一部分に居住部分が含まれれば、一体をなす建造物全体が現住建造物性を有し、その建物に放火すれば、現住建造物等放火罪が成立するというのが原則的な考え方です。

 しかし、近年の裁判では、耐火性建造物の普及により、建造物の一区画から他の区画に延焼しにくい構造等の場合において、当該区画の部分のみが独立して放火罪の客体となり、全体を一体とした単一の建造物とは捉えられない場合もあるとされるようになっています。

 耐火性建造物の一部分を独立の建造物とみることができるか否かの考え方については、

不燃構造によって居住部分に火災の影響が全く及ばない部分(延焼の可能性がない部分)は、現住建造物の一部とすべきでない

とするのが一般的となっています。

 外観上は1個の建造物であっても、非現住の放火部分から現住である他部分への延焼の可能性が全く存しないことが明らかな場合(言い換えると、火力が特定区画を出ないよう完全に人の制御下に置かれている場合)にまで、現住部分に対する抽象的危険があるとして現住建造物放火罪を肯定することは困難と考えられます。

 耐火性建造物の一部分を独立の建造物とみることができるか否かの判断基準について言及した裁判例として以下のものがあります。

仙台地裁判決(昭和58年3月28日)

 裁判官は

  • 単に物理的な観点のみならず、その効用上の関連性、接着の程度、連絡・管理の方法、火災が発生した場合の居住部分への延焼の蓋然性など各種の観点を総合して判断すべき

し判示しました。

裁判例

 耐火性建造物の独立性を肯定した裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和52年5月4日)

 新宿駅ビルの一部であるコンクリート造りで2階建不燃性建造物の警察署派出所に対して放火したが未遂にとどまった事案で、同派出所を独立の建造物と認定し、同派出所に対する現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 新宿駅東ロ派出所は新宿駅ビルの一部をなすコンクリート造りのニ階建不燃性建造物であるが、その内部は、一階に見張所と事務室の境にある敷居、鴨居、階段下の木造部分、一階東側の窓枠と窓の桟、ニ階に送風ロの枠、排水管のおおい、床の一部、押入等、建造物の一部を構成すると認められる木製の可燃部分があり、その他一階には片面板張りの引戸、書類、地図、木製腰掛、木箱等、ニ階には畳、布団、扉等の可燃物があったことが認められる
  • ところで、右派出所内に火炎びんを投入した場合、その火炎は、直ちに又は右の可燃物に引火することによって、ニ階の右建造物の一部をなす木製部分に燃え移って、これを独立して燃焼させうるものであることは十分認められるところであるから、前記木製部分を取りはずし、交換の可能な付属物であるとし、これらは建造物の一部ではないことを前提として、東ロ派出所が放火罪の客体となりえない旨の所論主張(※弁護人の主張)は肯認できない

と判示し、現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

仙台地裁判決(昭和58年3月28日)

 被告人が、夜間、鉄筋コンクリート10階建マンションの1階の現に人がいない病院に侵入し、封筒等を窃取した上、犯跡隠蔽のため病院に放火し、その壁・天井等に燃え移らせた事案につき、同病院はすぐれた防火構造を備え、一区画から他区画へ容易に延焼しにくい構造となっているマンションの一室であり、構造上及び効用上の独立性が強く認められるから、放火罪の客体としての性質は同病院部分のみをもって判断すべきであるとして、同病院部分に対する非現住建造物等放火罪が成立するとしました。

福岡高裁判決(平成10年1月20日)

 自己の横領事実の発覚を防ぐために火事騒ぎを起こし税務調査を延期させようと企て、鉄筋コンクリート造り6階建で3階以上に居住者がいるビルの1階の理髪店に放火した事案で、上階への延焼の可能性が少ないと判示し、理髪店に対する非現住建造物等放火罪が成立するとしました。

 上記裁判例とは反対に、耐火性建造物の独立性を否定した裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和58年6月20日)

 自己の居住する鉄筋造り3階建マンションの空室に放火し、押入れ内の壁面等を熏焼したにとどまった事案につき、同マンションは耐火構造ではあるが、新建材等の燃焼による有毒ガスが他の部屋に侵入し、人体への危害のおそれがあり、また、耐火構造といっても、各室間の延焼が容易でないというだけで、状況によっては、火勢が他の部屋に及ぶおそれが絶対にないとはいえないとして、同マンション全体を1個の建造物とみた上、同マンション全体に対する現住建造物等放火未遂罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和59年6月22日)

 東京交通会館地下2階の塵芥処理場に放火して、火を燃え広がらせて同会館に延焼させようとしたが、同会館の警備保安係員等に火を消火された事案で、同会館が耐火構造になっているといっても、火が燃え広がることが容易でないということだけで、建造物自体に可燃性の部分も少なくなく、状況によっては火勢がこれに及ぶおそれが絶対にないとはいえないとして、東京交通会館全体を1個の建造物とみて、東京交通会館全体に対する現住建造物等放火未遂罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 塵芥処理場は、東京交通会館の地下2階に存在するものの、右会館とは不可分一体の構造となっているもので、右処理場を含め右2館が耐火構造になっているといっても、火が燃え拡がることが容易でないというだけで、同会館の内部特に地下1階には飲食店等の店舗、事務所等が多数存在し、地下2階にも駐車場があるなど地下2階を含め建造物自体に可燃性の部分も少なくなく、状況によっては火勢がこれらのものに及ぶおそれが絶対にないとはいえない構造のものであることが明らかであり、このことは被告人もそれまで多数回にわたって同会館に出入りしているのであるから、当然認識していたと認めるのが相当である
  • しかも、本件塵芥処理場に限ってみても、当時運転を休止していたとはいえ、天井に吸排気のダクトが取り付けられているなど付加物も少なくなく、同じ地下2階には駐車場もあり、火勢如何によっては、火が他に燃え拡がり独立燃焼に達することもないとはいえず、被告人において本件現場の構造材質状態を念入りに検討し、こうした独立燃焼がないことを確認したうえで点火に及んだものでないのであるから、一部にしろ本件建造物を焼燬するに至ることについて、少くとも被告人に未必の故意のあることを推認することができる

と判示しました。

最高裁決定(平成元年7月7日)

 12階建のマンション内に設置されたエレベーターの「かご」の側壁約0.3平方メートルを燃焼させた事案につき、マンション全体の現住建造物等放火罪が成立するとしました。

 この最高裁判決の原審は、エレベーターがマンションの居住空間部分と一体として住居として機能し、取り外しも容易でないことから、マンションの一部を構成すると判断しており、焼損部分が居住者の共有部分であるときには、いわば玄関と同様に機能的に居住部分と一体とみることができることを主な理由として、部分的な独立性を認めなかったものとされます。

東京地裁判決(平成16年4月20日)

 鉄筋コンクリート造り4階建の銀行社員寮(人が現在する部屋あり)の空室に放火した事案において、他の居室に延焼する可能性が否定し難く、火災により生じた一酸化炭素等の有毒ガスが他の居室に入り込み人に危険を及ぼす可能性もあったこと、各居室は出入ロ、階段、通路を共有し、各居室に自由に行き来できる状況にあったことから、物理的にも機能的にも全体として1個の建造物に当たるとし、鉄筋コンクリート造り4階建の建物全体に対する現住建造物等放火罪が成立するとしました。