刑法(準強制性交等罪・準強制わいせつ罪)

準強制性交等罪、準強制わいせつ罪(4) ~具体例③「性的行為に関する理解能力や判断能力に欠けるところのない者が、行為者の作為によって、その判断過程に影響力を及ぼされた事例」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

 今回の記事では、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の具体例として、

  • 性的行為に関する理解能力や判断能力に欠けるところのない者が、行為者の作為によって、その判断過程に影響力を及ぼされた事例

を紹介します。

性的行為に関する理解能力や判断能力に欠けるところのない者が、行為者の作為によって、その判断過程に影響力を及ぼされた事例

 通常の状態では性的行為に関する理解能力や判断能力に欠けるところのない女子が、行為者の作為によって、その判断過程に影響力を及ぼされた場合には、準強制性交等罪が成立するかは検討を要します。

 被害者に行為者との間で性的交渉を持つことについての何らかの程度における認識がある場合として判例に多く見られる事例は、医師や医師と称する行為者が正当な医療行為を行うものと誤信している被害者に対して強制性交やわいせつ行為をする事案です。

 この種の事案については、被害者が医療に必要な行為と誤信しているため、通常の意味での性的行為を行うという認識に欠ける場合が多く、その様な場合には、準強制性交等罪・準強制わいせつ罪の成立が認められています。

 そうでない場合でも、病気とそのための治療の必要性の告知という状況上、心理的にも物理的にも性的行為を拒むことを期待することは著しく困難な状態であったとして、準強制性交等罪・準強制わいせつ罪の成立を認めるべきとする場合が多いといえます。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正15年6月25日)

 裁判官は、

  • 医師がその治療患者たる少女の自己を信頼するの厚きに乗じ、必要なる施術をなすもののごとく誤信せしめて姦淫したるときは、強姦罪(現行法:強制性交等罪)成立するものとす

と判示しました。

東京高裁判決(昭和33年10月31日)

 医師が患者を処置台の上で強制性交した事案で、裁判官は、

  • 被害者A、Bが処置台上において身体を拘束されていなかったことや、いづれも精神異常者でなかったことは明らかであるが、同人らは医師である被告人を信解し、医師が正当な医療行為をなすものと信じ切って右処置台上に仰臥し、処置台は遮断幕の設備のない異例のものであったため、婦女の羞恥心から施療中、瞑目していたのであるから、右各被害者は被告人の本件犯行当時、抗拒不能の状態に陥っていたものと認むるを相当とするところ、被告人はこの状態を利用したものである
  • 本件犯行の態様から見て、被告人に被害者が抗拒不能の状態に陥っていた点につき認識がなかったものということはできない
  • 従って、被告人に対し、抗拒不能に乗じ姦淫したものと認定し、刑法第178条を適用した原判決は相当である

と判示し、医療行為と誤信した被害者を姦淫した行為について、準強制性交等罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和38年6月25日)

 患者たる婦女Aが医師を信頼し、必要な施療を行うものと誤信しているのに乗じ、医師が強制性交する行為について、準強制性交等罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • Aは、数回、いずれも治療の都度、右同様の所為(※施術と称しての姦淫)を受けたことが認められるのである
  • しかし、右はいずれもAの供述によれば、治療中、治療の一部に仮装して為されたものであること明らかである
  • しかも、診察台上にたれ下がったカーテンにより遮断されて被告人の行動を目撃することができず、その間、時に内心疑念を懐くことありながらも、かかる場合の医学上の知識に乏しく、そのため事態を適確に認識することができなかったところから、妊娠6か月の中絶施術にはかかる方法も必要なのかと考えていたというのであって、このような誤認にも無理からぬ点があるうえ、時に疑念を懐くも、かかる施術を受けている患者としての心理からは、右の如く不確かな疑念につき自己の治療に当る医師に問いただすことは著しく困難であるところから、そのまま医師たる被告人の為すに委せ必要なる施術をなすものと信じてこれを黙過するのほかなかったものである
  • 9月13日、右の疑念はいよいよ深まり、遂に問いただすに至ったまでの間の経緯に鑑みれば、右の姦淫がAの同意によるものなどとは到底考えられないことはもとより、右の如く医師が、治療患者たる婦女の自己を厚く信頼し、陰部を露出したまま診察台上に仰臥し、かつカーテンにより遮断されて医師の行動を目撃し得ないのに乗じ、必要なる施術を為すものの如く誤信せしむる場合は、刑法第178条にいわゆる「抗拒不能に乗じ」る場合に当たるものというべきである

と判示し、準強制性交等罪の成立を認めました。

名古屋地裁判決(昭和55年7月28日)

 にせ医師が治療行為に仮装し、被害者の承諾を得て姦淫した場合について、準強姦罪(現行法:準強制性交等罪)の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法178条にいう「抗拒不能の状態」には、被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができない身体的抗拒不能に基づく場合と被害者が姦淫行為に対して心理的に抵抗することができない心理的抗拒不能に基づく場合があるところ、身体的抗拒不能とは、被害者の身体が緊縛されている場合の如く、姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合や、身体的機能の傷害などのため被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合をいい、心理的抗拒不能とは、催眠、恐怖、驚愕錯誤などのため、被害者が姦淫行為自体を認識することが十分に期待できないと評価される場合や、更に進んで被害者が姦淫行為自体を認識できたとしても、自由なる意思のもとに行動する精神的余裕が失われ、被害者が姦淫行為に対して抗拒することが期待できないと評価される場合をいうと解するのが相当である
  • 被告人は、被害者あるいはその近親者、友人の氏名を確認して、被害者に近づき、巧みに警戒心を解かせて、喫茶店へ誘い込み、同所において自己が医師であると思い込ませ、母親など近親者が性病、梅毒に罹患しているため、被害者もそれが遺伝しているおそれが強く、近親者からの依頼で検査が必要であり、しかも公然と検査をすれば戸籍に登載されるとか、近親者から特に秘密のうちに検査してほしいと依頼されているなど言葉巧みに虚言を弄して、被害者をして病院以外の場所で被告人の検査を受けるほかないものと思い込ませて、ホテルへ誘い込み、その場で更に医師を装って性病、梅毒の症状等をもっともらしく述べ、被害者にますます誤信の度を深めさせて、性病、梅毒検査の方法、結果などについて虚偽の説明をし、不安にかられた被害者がその検査に同意をせざるをえない心理状態に追い込み、正規の検査方法を装って判示の如く避妊用ゼリーを検査薬と偽ってその膣内に注入し、被害者に対して、同女らが予想もしていなかった、性病、梅毒に罹患しているとの検査結果が出たと告知して、被害者を驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れたうえ、被害者が被告人を権威ある医師と誤信しその言動に無批判に誘導されてしまう心理状態にあるのに乗じさらにその治療方法は被告人との性交によるほかはないと言葉巧みに申し向けて、前記の如き心理状態にある被害者をして自己の罹患している梅毒をひそかに治すためには被告人の説明どおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信させて治療行為に仮装して姦淫するに至ったことが認められる
  • なお、医師Y作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によると、同医師は、犯行当時における被害者らは、被暗示性の昂進した精神状態であって、権威ある医師と誤信している被告人の言動に無批判に誘導されてしまう状態であり、催眠状態ではないが、催眠下と類似した意識状態であったと説明する
  • 叙上の認定によれば、被害者は、被告人を権威ある医師と誤信し、被害者の心理状態に即応した被告人の極めて効果的な言動により、驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れられ、当時の状況からして自由なる意思のもとに行動する精神的余裕を失い、被告人の説明するとおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信し、姦淫行為を拒否することは期待できない状態、即ち心理的に刑法178条にいう「抗拒不能の状態」にあったものといわざるをえない

と判示し、準強姦罪(準強制性交等罪)の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和62年4月15日)

 検査や治療のため拒み得ない処置と誤信して偽医者との性行為等に応じた被害者が刑法178条にいう「抗拒不能」の状態にあったと認められた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法178条にいう抗拒不能は、物理的、身体的な抗拒不能のみならず、心理的、精神的な抗拒不能を含み、たとえ物理的、身体的には抗拒不能といえない場合であっても、わいせつ、姦淫行為を抗拒することにより被り又は続くと予想される危難を避けるため、その行為を受け容れるほかはないとの心理的、精神的状態に被害者を追い込んだときには、心理的、精神的な抗拒不能に陥れた場合にあたるということができる
  • そして、そのような心理的、精神的状態に追い込んだか否かは、危難の内容、行為者及び被害者の特徴、行為の状況などの具体的事情を資料とし、当該被害者に即し、その際の心理や精神状態を基準として判断すベきであり、一般的平均人を想定し、その通常の心理や精神状態を基準として判断すべきものではない
  • 刑法178条は、個々の被害者の性的自由をそれぞれに保護するための規定であるから、犯人が当該被害者にとつて抗拒不能といいうる状態を作出してわいせつ、姦淫行為に及び、もってその性的自由を侵害したときは、当然その規定の適用があると解すベきである
  • これを本件についてみると、被告人は、警察から依頼された医師であると名乗ったうえ、言葉巧みに売春と性病の検査を受ける必要があることを説き、その検査を拒否すれば警察に不利な報告をしたり、警察による公の捜査が行われたりして名誉や信用が失墜すると告げ、さらに、最悪の場合には逮捕されることもありうると暗示し、そのため被害者は、ひたすら被告人の言葉を信じ、これに従うほかないと観念して検査に応じたものであるから、被害者が被る危難の性質、程度、被告人の言動の巧妙さ、被害者の年齢、性知識、家庭環境などを考えあわせると、被害者が心理的、精神的な抗拒不能に陥っていたと認めるに十分である
  • また、被告人は、性行為による治療行為についても、手指を挿入する検査をした結果、性体験ない者としてはおかしい反応があったとか、性病のおそれがあるとか告げて不安を募らせ、医師が男性器を挿入して性病を治療するのが一番効果的であると告げ、そのため被害者は、その言葉を信じてこれに応じるほかないという気持に追い込まれたものであるから、これまた被害者が抗拒不能に陥っていたことは明らかである
  • 最後に、性体験のなかつた被害者が性器への手指挿入や性行為という検査、治療を受け容れ、そこに打算、好奇心その他の動機の介在を疑う余地がないという事実自体、被害者が心理的、精神的に抗拒不能に陥っていたことの何よりの証左であることを指摘しておくべきであろう
  • 結局、被告人は、このような被害者の心理状況を利用して巧みに被害者を抗拒不能に陥れたうえ、わいせつ行為及び姦淫行為に及んだものであって、その刑責は否定すべくもない

と判示しました。

横浜地裁判決(平成16年9月14日)

 医学系大学受験専門の学習塾の学長として塾生の指導に当たっていた被告人が、自己を医師と偽り、診察・治療行為を仮装して、4名の女子塾生(当時14歳~16歳)を申し欺いて、わいせつ行為(陰部に指を挿入したり、陰部をビデオ撮影するなど)を繰り返していた事案について、同女らが刑法178条にいう「抗拒不能」の状態にあったと認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被害者らは、本件各欺罔時、13歳ないし16歳の素直な性格の少女らで、いずれも被告人の指導を受けていたが、合格実績や著名大学卒、海外留学、先端研究などを吹聴する被告人の言動を信じ込んで、塾長で優秀な医師として強い畏敬の念を懐いて心服しきっていた
  • そのうえ、第1の被害者は悪性腫瘍等の病気への強い不安感を抱かされ、被告人の診療に依存せざるを得ない心理状態に陥っていたこと、他の被害者らは、いずれも受験生として成績向上を強く望んでいたため、成績向上のための特殊な治療的な行為であると信じ込んでしまったことなどから、本件各行為の外形的な認識はあっても、被告人にわいせつ目的などはなく、正当な診療・治療等の行為を行うものと信じ込まされていたものと認められる
  • そうすると、いずれの被害者も、被告人のわいせつ目的を疑ったり、性的行為を拒むことが著しく困難な状態にあったことは優に肯認することができるから、前記「抗拒不能」の状態に当るものと認めるのが相当である

と判示し、準強制わいせつ罪が成立するとしました。

次回記事に続く

 次回記事では、準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の具体例として、

  • 被害者の無知、困惑、驚愕等に乗じて、あるいは被害者の置かれている特別の状況を利用して、被害者にとって抗拒不能といい得る状況を作出した事例

を紹介します。

準強制性交等罪、準強制わいせつ罪の記事まとめ一覧