刑法(建造物等損壊罪)

建造物等損壊罪(7) ~「建造物損壊罪における正当防衛、緊急避難、自救行為、正当行為」を説明~

 前回の記事の続きです。

建造物損壊罪における違法性阻却事由

違法性阻却事由とは?

 犯罪は

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろったときに成立します。

 犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。

 この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます(詳しくは、前の記事参照)。

 建造物損壊罪(刑法260条)の違法性阻却事由として、

  1. 正当防衛
  2. 緊急避難
  3. 自救行為
  4. 正当行為

が論点として上がるので、以下でそれぞれを説明します。

① 正当防衛

 不動産に関する権利の保全又は回復のために行われた建造物損壊行為に対し、正当防衛が認められる要件として、

  • 被告人側に保全・回復すべき権利が明白に存在すること
  • 被告人の権利に対する相手方の侵害行為が現状を積極的に変更するという形で行われ、しかもそれは不動産侵奪、業務妨害などの犯罪になるような性質のものであること
  • 被告人側の権利の保全・回復のための行為が、相手方の侵害行為の継続中又はその終了直後に行われていること
  • 相手方の侵害行為に対して直ちに民事上の救済その他の法的保護を受けることができない事情にあったこと
  • 被告人の行為が自己の権利を保全又は回復するのに必要な限度にとどまり、これによって相手方に与えた損害は相手方の侵害行為によって被告人の受ける損害よりも軽微であること

が挙げられます。

 建造物損壊行為に対し、正当防衛が認められた裁判例として以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和31年12月11日)

 被告人所有地に何らの権利も有しない者が、年末で官庁の休日が続くのを見越して一夜のうちに建造したバラックを取り壊した事案です。

 裁判官は、

  • 自己になんら権利のない他人の土地に、故意かつ隠秘的に建造物を突如に不法建築したことは、急迫不正の侵害であって、この侵害に対し、権利者において他の防止手段を講ずることが不可能で、しかも裁判所が休日等のため仮処分を求めるいとまなく、即刻この建造物を撤去しなければ、爾後、人が使用する等土地所有者の権利回復が困難な事情にあった場合、自己の権利防衛手段としてやむを得ざるに出たこれが損壊行為は、正当防衛にあたる

とし、建造物損壊罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

東京高裁判決(昭和35年9月27日)

 隣地所有者が、和解により確定した境界線を一方的に無視して約156cm被告人方所有地に入ったところに突如塀を築造しはじめたので、被告人がその完成を阻止するため、手で板塀をはぎとった事案です。

 裁判官は、

  • 甲所有の土地に隣接する土地の所有者乙が、突如不法に甲の所有地内に板塀を設置する行為は急迫不正の侵害であって、これに対し、甲において他に適切な防止手段がなく、しかも直ちにこれを制止せず放置しておくならば短時間内に右板塀は完成し、土地所有権を侵害され、たやすく回復し難い損害を被むるに至るべき場合に、自己の権利を防衛するため、やむことを得ざるに出たこれが損壊行為は正当防衛に該当する

とし、建造物損壊罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

名古屋高裁判決(昭和36年3月14日)

 旧地主から賃借した土地に工場や事務所を建設し、他の部分を材料置場として使用していた被告人が、公道の出入口を閉ざす結果となるような敷地内の場所に新地主が建てたバラックを解体撤去した事案で、急迫不正の侵害に対しやむことを得ざるにいでたる行為にあたるとし、建造物損壊罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

② 緊急避難

 不動産に関する自力救済的な行為については、主として、正当防衛又は自救行為の成否が争点となっており、過去に緊急避難の成立を認めた裁判例は見当たりません。

 しかし、建造物等損壊罪に対し、緊急避難が成立する余地があることを述べた以下の判例があります。

最高裁判決(昭和47年6月13日)

 宅地造成業者である被告人が、造成地の一部につき代物弁済の予約をして金融業者から資金を借り入れたところ、右債権を譲渡された取立業者が代物弁済により右土地を取得したと主張して、その一角に名ばかりの倉庫を建設し、暴力団の看板を立てて不穏な雰囲気を醸成し、そのため分譲地の購入者のうちには解約する者も出て倒産の危機に瀕するに至ったことから、被告人が、かかる危難を避けるためやむを得ず右倉庫を取り壊して撤去したという事案について、場合によっては緊急避難の成立する余地もあり得るとして、原判決を破棄し、原審差し戻した事例です。

 裁判官は、

  • 本件において被告人が一審以来主張するところは、判示K、Hらの所為は、被告人の経営する分譲地の一角に、名ばかりの「倉庫」を設け、これに暴力団の看板を立てて不穏なふん囲気を醸成し、分譲地の売れ行きをそこね、既に契約した者のうちにも解約する者を生じ、よって被告人の会社を倒産の危機に瀕するにいたらしめたもの、すなわち被告人の営業に対する威力業務妨害的行為であって、被告人は、かかる現在の危難を避けるため、やむなく本件所為に出でたに過ぎない、というのであり、記録上、この主張にそうがごとき事情も、ある程度うかがわれないではなく、もし、被告人の主張するごとくであるならば、場合によっては、被告人の所為が罪とならず、あるいはその刑を減軽免除すべきこともありうるところである
  • してみれば、たやすく被告人の緊急避難の主張を退けた原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるに帰し、右違法が判決に影響するこというまでもなく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める

と判示しました。

 なお、差戻し後の控訴審(広島高裁判決 昭和49年2月4日)は、緊急避難又は自救行為の主張を排斥し、建造物損壊罪が成立すると認定しています。

 この最高裁判決は、事実関係によっては建造物損壊罪にも緊急避難が認められる場合があり得ることを判示した点において注目されています。

③ 自救行為

 建造物損壊罪における自救行為は、

一定の権利を有する者が、これを保全するために官憲の手を待つことなく、自ら直ちに必要の限度において適当なる行為をすること

をいいます(最高裁判決 昭和24年5月18日)。

 建造物損壊罪において、自救行為の成否が争点となった裁判例として、以下のものがあります(いずれの裁判例も自救行為の成立を否定している)。

最高裁判決(昭和30年11月11日)

 被告人がその所有家屋(店舗)を増築する必要上、自己の借地内につき出ていた隣家玄関の軒先を相手の承諾なしに間口約242cm、奥行約30cmにわたり切り取った事案で、自救行為の成立を否定した事例です。

 裁判官は、

  • 被告人が、その所有家屋(店舗)を増築する必要上、自己の借地内に突き出でていたA所有家屋の玄関の軒先の間ロ8奥行1にわたり、Aの承諾を得ないで切り取った場合において、右玄関はAが建築許可を受けないで不法に増築したものであり、また被告人の店舗増築は経営の危機を打開するため遷延を許さない事情にあって、右軒先の切除によりAのこうむる損害に比しこれを放置することにより被告人の受ける損害は甚大であったとしても、被告人の右建造物損壊行為が自救行為としてその違法性を阻却されるものではない

とし、自救行為の成立を否定し、建造物損壊罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和36年11月14日)

 被告人が賃借して居住する家屋の柱に隣家の居住者Aが角材及びタイルトタンを打ちつけて設置したAの居宅の一部について、被告人がこれを自力で除去した事案で、自救行為の成立を否定した事例です。

 裁判官は、

  • Aの右所為が、被告人の住家に対する占有権を一部侵害した不法行為であるにしても、同人の設けた前記工作物を除去するについては適法な他の方法によるべきであり、民法第720条刑法第37条所定の場合を除いては、これを損壊除去するが如きは法の許さないところであり、適法な権利行為とは言い得ないのであって、その工作物が刑法第260条の建造物である限り、同法条に該当する犯罪行為たるを免れないのである

と判示し、自救行為の成立を否定し、建造物損壊罪が成立するとしました。

④ 正当行為

 建造物損壊罪において、正当行為刑法35条)の成否が争点となった判例として以下のものがあります。

大審院判決(昭和3年2月4日)

 執行吏が職務行為として釘付けした倉庫の窓を破壊する行為は、正当行為であるとし、建造物損壊罪を構成しないとしました。

大審院判決(昭和5年11月27日)

 他人の居住する家屋を地上から持ち上げ、約18メートル移動させた行為について、居住者の承諾なくその家屋を持ち上げ移動し、取り壊す行為は、たとえ雇主の命令に基づくものであっても正当な業務とはいえないとし、正当行為の成立を否定し、建造物損壊罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和8年11月8日)

 船主がスト破りを雇い入れて船舶を運行することを阻止するため、スト海員が船舶を損壊した行為について、正当性を否定し、建造物損壊罪が成立するとしました。

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