前回の記事の続きです。
刑法262条(犯人が自己所有する物の損壊)を説明
刑法262条は、
自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は配偶者居住権が設定されたものを損壊し、又は傷害したときは、前3条(刑法259条:私用文書等毀棄罪、刑法260条:建造物等損壊罪、刑法261条:器物損壊罪)の例による
と規定します。
「自己の物」とは、「犯人の所有に属する物」という意味です。
犯人自身が所有する建造物や物を、犯人自身が損壊させた場合に、通常であれば建造物等損壊や器物損壊罪は成立しません(自分の物を壊しても罪に問われない)。
しかし、犯人自身が所有する建造物や物でも、その建造物や物に他人の権利が関係している場合(国から差押えを受けているなど)は、その建造物や物を損壊すれば、建造物等損壊や器物損壊罪が成立します。
このルールを定めたのが刑法262条です。
刑法262条は、
- 本来所有者の任意の処分に委ねられるべきものである自己所有物につき、他人が本条所定の権利等(差押え、物権の負担、賃貸、配偶者居住権)を設定することによって、その物についての利益を有するときには、その利益を保護するため、自己所有物の処分に制約を加える趣旨の規定
であり、
- 当該他人の個人的利益の保護を目的とするもの
と解されています。
この点を判示したのが以下の裁判例です。
大阪高裁判決(昭和60年9月6日)
裁判官は、
- 刑法262条の法意は、本来所有者の任意の処分に委ねられるべき自己所有物といえども、他人が同条所定の権利等を設定することによってその物についての利益を有するときには、その利益を保護するため自己所有物の処分に制約を加えることにあり、個人的利益の保護を目的とするものと解される
と判示しました。
【参考】類似規定
類似の規定が刑法115条(差押え等に係る自己の物に関する特例)にあります。
刑法115条は、刑法109条1項(非現住建造物等放火罪)、刑法110条1項(建造物等以外放火罪)を対象とする規定です。
刑法115条の場合、差押え、物権の負担、賃貸、配偶者居住権のほかに「保険に付したもの」が含まれる点が刑法262条と異なります。
刑法262条の客体
「自己の物」とは?
刑法262条に規定する「自己の物」とは、
犯人の所有に属する物
をいいます。
刑法115条に規定する「自己の所有に係る」物と格別の差はありません。
「差押え」とは?
刑法262条に規定する「差押え」とは、刑法259条(私用文書等毀棄罪)、刑法260条(建造物等損壊罪)、刑法261条(器物損壊罪)に規定する物について、
私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分
をいいます。
差押えの執行に当たる公務員がこれを強制的に自己の占有に移すか否かを問いません。
これは、刑法262条が差押債権者等の権利ないし法律上の利益を保護法益としていることに照らせば、公務員の占有の有無により刑法上の保護に異同を生ずべき合理的根拠に乏しく、また、「差押え」に占有移転を必要とすれば、「物権を負担し、又は賃貸した」場合との均衡を失することになるためです。
したがって、刑法262条の「差押え」には、
も含まれます。
この点を判示したのが以下の裁判例です。
民訴法上の不動産仮差押えは、刑法262条の「差押え」に当たるとし、仮差押えを受けた建造物を損壊した行為について建造物損壊罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法262条にいう「差押」とは、同法259条ないし261条に規定する物について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分を指称し、民訴法上の不動産の仮差押を含む
としました。
前掲大阪高裁判決(昭和60年9月6日)
上記判決と同様、民訴法上の不動産仮差押えは、刑法262条の「差押え」に当たるとし、仮差押えを受けた建造物を損壊した行為について建造物損壊罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法262条の法意は、本来所有者の任意の処分に委ねられるべき自己所有物といえども、他人が同条所定の権利等を設定することによってその物についての利益を有するときには、その利益を保護するため自己所有物の処分に制約を加えることにあり、個人的俐益の保護を目的とするものと解される
- 同条にいう「差押」は、その執行にあたる公務員が職務上保管すべき目的物の占有を強制的に自己に移すと否とにかかわりなく、ひろく本来の語義における「差押」、すなわち特定物(同条にあっては同法259条ないし261条に規定する物)について私人による事実上又は法律上の処分を禁止する国家機関の強制処分を指称し、これと同一の処分禁止の効力をその中心的な効果として有する民事訴訟法上の仮差押をも含むものと解するのが相当である
- そうすると、仮差押を受けた自己所有建物を損壊した被告人の原判示所為を刑法262条、260条に該当するとした原判決には、法令の解釈適用の誤りはない
と判示しました。
広島高裁判決(昭和31年4月17日)
競売法(旧法)による不動産競売開始決定があった建造物を損壊した事案で、決定があった時点で他人の建造物に該当し、その建造物を損壊すれば建造物損壊罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 競売法による不動産競売開始決定においては民事訴訟法の競売開始決定のように同時に不動産の差押を宣言するものではないが、競売法による不動産の競売もまた一種の執行処分にほかならないから、同法による競売開始決定は担保権者のためにその目的物を差押える効力を生ずるものと解すべきである
- 公訴事実は本件の建物にT株式会社に対する被告人の債務のため抵当権が設定してあり、この抵当権に基いて競売手続が開始されその進行中、被告人がこれを損壊したというにあることが記録に徴し明瞭であり、原判決も右の趣旨に従って罪となるべき事実を認定しているのであって、同建物が刑法第262条にいわゆる「差押を受け」及び「物権を負担し」ていることには相違ないところであるから、これを損壊した以上、いずれの見地よりするも同条による罪責を免れるわけにはいかない
と判示しました。
「物権」とは?
刑法262条に規定する「物権」とは、
を指します。
ただし、刑法262条の趣旨からして、占有権はその性質上除かれます。
また、譲渡担保権については、物の所有権が外部的に犯人に留保されているときには、除かれると解すべきとされます。
これらの物権に基づくその物に対する権利者の利益は、所有者に対してこれらの物権を主張し得てこそ、刑法上の保護が与えられるものと解されます。
したがって、物の現所有者がこれらの物権の設定契約の当事者であるときは、当該物権が登記されているか否かを問わず、その権利者の利益は本条の保護の対象になります。
しかし、現所有者が物権設定契約の当事者である元所有者から所有権を取得した者であるときは、権利者の権利が現所有者に対抗し得る場合に限り、刑法262条の対象になると解されます。
この点に関し、最高裁決定(昭和38年10月3日)は、
旨判示しています。
なお、この決定の原判決である仙台高裁判決(昭和37年2月20日)は、
- 建物の登記事項のうち建物敷地の地番等の表示が多少実際と相違していても、他の登記事項において登記上の建物と実際の建物の両者の間に同一性が認められる程度に両者が吻合していれば、当該建物の登記として有効であり、当該不動産の所有権を前所有者から取得した第三者に対抗し得るとして、根抵当権の設定された自己所有の建物を解体した被告人の行為が建造物損壊罪に該当する
旨判示しており、参考になります。
「賃貸」とは?
刑法262条に規定する「賃貸」とは、民法所定の賃貸借契約をいい、使用貸借は含みません。
また、契約が成立すれば足り、目的物の現実の交付や賃料受領の有無は問いません。
刑法262条の保護法益は賃借権者の権利そのものであり、賃借権者が現に家屋に居住しているという生活関係ではないから、賃借人が現に賃借家屋に居住しているかどうかは刑法262条の適用において直接問題になりません。
行為
刑法262条に規定する行為は、損壊又は傷害です。
「損壊」は、刑法258条(公用文書等毀棄罪)及び刑法259条(私用文書等毀棄罪)の「毀棄」並びに刑法260条(建造物等損壊罪)及び刑法261条(器物損壊罪)の「損壊」と同義です。
「傷害」は刑法261条(器物損壊罪)の「傷害」(動物に対する傷害の意味)と同義です。
処罰
刑法262条の処罰は、前3条(刑法259条:私用文書等毀棄罪、刑法260条:建造物等損壊罪、刑法261条:器物損壊罪)の例によります。
つまり、客体が前3条のいずれに当たるかにより、刑法259条(私用文書等毀棄罪)、刑法260条(建造物等損壊罪)、刑法261条(器物損壊罪)のいずれかが適用されます。
したがって、損壊した物が親告罪である刑法259条(私用文書等毀棄罪)又は刑法261条(器物損壊罪)の客体に当たるときは、それが自己の物(犯人の所有に属する物)であっても親告罪となり、差押債権者等に告訴権が認められるとともに、これらの権利者等による告訴を必要とします。
この点、参考となる以下の判例があります。
告訴権者は所有者に限られない上、刑法262条にいう権利者等のみならず、これらのために物を占有管理する者も告訴権者に含まれることを示した判例です。
裁判官は、
- 刑法261条の毀棄罪の告訴権者は、毀棄された物の所有者には限られない
- ブロック塀、その築造されている土地およびその土地上の家屋の共有者の一人の妻で、右家屋に、米国に出かせぎに行っている夫の留守を守って子供らと居住し、右塀によって居住の平穏等を維持していた者は、右塀の損壊により害を被った者として、告訴権を有する
と判示しました。
大審院判決(昭和14年2月7日)
裁判官は、
と判示しました。
刑法262条と封印等破棄罪(刑法96条)の関係
封印又は差押えの標示された物自体を損壊することによって他人の権利を害し、同時に封印又は差押えの標示を無効にした場合は、封印等破棄罪(刑法96条)の罪と刑法262条の罪の両罪が成立します(最高裁判決 昭和27年6月3日)。