自動車運転死傷処罰法

自動車運転死傷処罰法(11)~「赤信号を殊更に無視した走行による危険運転致死傷罪(2条7号)」を説明

 前回の記事の続きです。

赤信号を殊更に無視した走行による危険運転致死傷罪(2条7号)の説明

危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法2条1号~8号)の2条7号の行為態様である

「赤信号を殊更に無視した走行」

について説明します。

本法2条7号は、

赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

を危険運転行為として処罰するものです。

「赤色信号」又は「これに相当する信号」とは?

 「赤色信号」とは、

公安委員会が設置した信号機の表示する赤色灯火の信号

をいいます。

 「これに相当する信号」とは、

赤色信号と同様の効力を有する信号

をいい、例えば、「道路交通法が定める警察官の手信号」が該当します。

赤色信号を殊更に無視とは?

 赤色信号を殊更に無視とは、

赤色信号に従わない行為のうち、およそ赤色信号に従う意思のないもの

を意味します。

 例えば、

  • 赤色信号であることについて確定的認識があって交差点手前の停止線で停止することが十分可能であるのにこれを無視して交差点に進入する場合
  • 信号の規制自体を無視していておよそ赤色信号であるかどうかを一切意に介することなく赤色信号の規制に違反して交差点に進入する場合
  • 被疑者が赤色宿号に気づいたときの速度から停止線で停止できず、停止線を越えて停止することになるが、特段の道路上の危険を生じさせない場所に停車することが可能であるのにそのまま交差点を通過した場合
  • 対面信号機が赤色表示をしていることを知り、いったん停止線を越えた位置で停止したが、再度、赤色信号のまま発進して人身事故を起こした場合

が該当します。

 「赤色信号を殊更に無視」に当てはまらない場合として、

  • 赤色信号を看過した場合
  • 信号の変わり際に赤色信号であるかもしれないという未必的認識で交差点に進入する場合

が挙げられます。

「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは?

 「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、

  • 自車が相手方と衝突すれば大きな事故を生じさせる速度

   あるいは

  • 相手方の動作に即応するなどしてそのような大きな事故を回避することが困難であると認められる速度

をいいます。

 具体的には、通常時速20~30キロメートルであればこれに当たり得ます。

 最高裁決定(平成18年3月14日)は、時速20キロメートルで「重大な交通の危険を生じさせる速度」に当たると判断しています。

被害者(又はその運転車両)についての認識

 赤信号を殊更に無視した走行による危険運転致死傷罪の成立を認めるに当たり、

被害者(又は被害車両)の認識までは必要ではない

とされます。

 これは、赤色信号を無視して一定の速度で走行する運転行為が、被害者・被害車両の歩行・走行状態との関連においてではなく、その運転行為自体において、一般的に人や自動車等と衝突するなどして死傷の結果を発生させる高度の危険性を有する行為であることに着目したものであるためです。

 よって、

  • 衝突するまで被害者・被害車両に対する認識がなかった場合
  • 交差点において、自車以外には交通がないと軽信又は誤信した場合

であっても、赤信号を殊更に無視した走行による危険運転致死傷罪が成立し得ます。

判例・裁判例

 赤信号を殊更に無視した走行による危険運転致死傷罪の判例・裁判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(平成20年10月16日)

 被疑者が自車を運転して赤色信号無視を警察官に現認され、パトカーに追われて逃走中に、その追跡を振り切るため交差点手前で車が止まっているのを見て赤色信号だろうと思ったが同信号機の表示を意に介することなく時速約70キロメートルで交差点に進入して歩行者をはねて死亡させた事案で、危険運転致死罪の成立を認めました。

 裁判所は、

  • 刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの)208条の2第2項後段にいう赤色信号を「殊更に無視し」とは、およそ赤色信号に従う意思のないものをいい、赤色信号であることの確定的な認識がない場合であっても、信号の規制自体に従うつもりがないため、その表示を意に介することなく、たとえ赤色信号であったとしてもこれを無視する意思で進行する行為も、これに含まれる

と判示しました。

札幌高裁判決(平成29年4月14日)

 被疑者2名が2台の車両でスピード競争をしながらいずれも赤信号を殊更無視した事案です。

 裁判所は、

  • 被告人2名がそれぞれ運転する2台の自動車で対面する信号機が赤色を表示している交差点に進入し、先行車両が左方道路から進行してきた被害車両に衝突するなどして、その運転者及び同乗者を死傷(4名死亡)させた事案で、被告人両名がおよそ赤色信号に従わずに高速度で交差点を通過する意思を相通じ、共謀して危険運転行為に及んだ

として、危険運転致死傷罪の成立を認めました。

大阪地裁判決(平成15年6月19日)

 被告人が無免許でかつ酒気を帯びた状態で自動車を運転し、赤色信号を殊更無視して、時速70~80kmで交差点に進入したため、交差道路を走行中の自動車の側面に衝突し、同車の運転者の女性、その夫、その娘2名の計4名を死亡させるとともに、自車に同乗していた被告人の妻に傷害を負わせた危険運転致死傷罪、道路交通法違反(無免許運転、酒気帯び運転)の事案です。

 裁判所は、

  • 被告人は事故現場交差点に進入する際クラクションを鳴らし続けた事実が認められ、この事実に、被告人はまっすぐ前を見て運転していたとF子が供述していること、被告人車両が走行した道路は見通しのよい直線道路であり、赤色信号を見落とすとは考え難いことを併せ考えれば、被告人は、対面信号機が赤色信号を表示していることを認識しながら、これを殊更に無視して事故現場交差点に進入したと優に認められる
  • 被告人は、本件犯行当日、妻の運転する自動車で食事に出かけ、飲食店でビールを飲み、さらに、友人の勤務するスナックでブランデー等を飲んだ後、妻、友人と共に上記自動車に乗り込んだが、友人の交際相手を呼び出す件をめぐって友人と口論になり、同人が下車した後、友人に対して激しい怒りを感じ、その場から早く立ち去りたいという気持ちから、自動車を急発進させて、本件各犯行に至ったものである
  • このように、被告人は、自ら運転する必要が全くないにもかかわらず、友人の態度に激高し、他人に及ぼす危険を顧みることなく自らの感情の赴くままに自動車を暴走させて、本件に至っており、その身勝手な動機に酌量の余地はない

と判示し、危険運転致死傷罪、道路交通法違反(無免許運転、酒気帯び運転)の成立を認め、懲役13年の刑を言い渡しました。

東京地裁判決(平成14年11月20日)

 被告人が、酒気を帯びて普通乗用自動車を運転し帰宅を急ぐなどするあまり、赤色信号を殊更に無視し、かつ、時速約110kmの速度で自車を運転して暠交差点に進入したことにより、横断歩道を歩行中のAに自車を衝突させてAを死亡させた危険運転致死罪、道路交通法違反(酒気帯び運転)の事案です。

 裁判所は、

  • 危険運転致死について、その犯行態様をみると、現場は市街地を通る幹線道路上の交差点であり、いかに深夜で交通閑散であったとはいえ、同所の赤色信号を無視し、かつ、制限速度時速50kmの2倍以上の高速度で自動車を進入させることが極めて危険であるのは明らかであり、他人の生命身体の安全への配慮を全く欠いた無謀で悪質な行為というほかない

と判示し、危険運転致死罪、道路交通法違反(酒気帯び運転)の成立を認め、懲役5年6月の刑を言い渡しました。

大阪地裁堺支部判決(平成14年7月8日)

 飲酒後に普通乗用自動車を運転して帰宅中、赤信号を無視して交差点を通過したところを警察官に現認されてパトカーで追尾され、警察に検挙されることにより、トラック運転手としての職を失うことをおそれて逃走中、赤信号を無視して時速約80キロメートルの速度で交差点に進入し、左方道路から青色の灯火信号に従って交差点内に進入してきたB運転の自動車に衝突してBを死亡させた危険運転致死罪の事案です。

 裁判所は、

  • 被告人は、最高速度が毎時30キロメートルと規制されている片側一車線の道路(一車線の幅員は3メートル足らず)を、その制限速度を大幅に超過する時速約80キロメートルもの高速度で進行した上、見通しの悪い本件交差点に差し掛かり、その対面信号が赤色であることを十分認識しながら、これを無視して同速度のまま交差点内に進入して被害車両と衝突したものであって、他人の生命、身体の安全を顧みない誠に危険かっ無謀な態様の犯行である上、飲酒運転中に、ただ単に早く帰宅したいとの理由で赤信号を無視して交差点内を進行したところを警察官に現認されて追尾され、検挙による失職をおそれて逃走を企てた挙げ句に本件に至ったその経緯や動機は、保身のために他者への危害を省みない誠に身勝手なものであって酌量の余地はない
  • 危険運転致死傷罪が、自動車運転による死傷事犯の実情等を踏まえ、悪質かつ危険な運転行為により人を死傷させた者に対し、その事案の実態に即した処分及び科刑を行うべく、罰則強化の一環として創設された犯罪類型であって、その処罰は、行為の有する実質的危険性に照らし、暴行により人を死傷させた者に準じることとされ、ことに危険運転致死罪においては、暴行の結果的加重犯である傷害致死罪に準じた重い刑が規定されているのであって、このような法の趣旨をも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重い

と判示し、危険運転致死罪の成立を認め、懲役3年6月の刑を言い渡しました。

津地裁判決(平成14年5月8日)

 被告人は、交差点の手前約137メートルの地点で、同交差点の信号機の赤色灯火信号を認めたのにもかかわらず、先を急ぐ余り、これを殊更無視して同交差点を直進しようと考え、直進車線で信号待ちのために停車している自動車約10台を避けて先行車両が停止していない右折車線に進路を変更した上、指定最高速度が時速40キロメートルであるにもかかわらず時速約70キロメートルないし80キロメートルの速度で同車線を直進して交差点に進入し、青信号に従い判示交差点に進入してきた被害車両と衝突し、被害車両の乗員1名を死亡させ、2名を負傷させた危険運転致死傷罪の事案です。

 裁判所は、

  • 殊更赤信号を無視したばかりか赤信号を無視して交差点に進入するに当たり、制限速度を大幅に上回る上記高速度で進行した犯行態様は、交通上の危険をあえて生じさせ、他者の安全を全く顧みない、あまりにも無謀かっ危険なものであって、被告人の判示犯行は、その危険性に照らせば暴行により人を死傷させた者に準じ、厳しい非難に値する

と判示し、危険運転致死傷罪の成立を認め、懲役4年の刑を言い渡しました。

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