自動車運転死傷処罰法

自動車運転死傷処罰法(13)~「アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転による危険運転致死傷罪(3条1項)」を説明

 前回の記事の続きです。

 この記事では、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転による危険運転致死傷罪(3条1項)」を説明をします。

 「アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転による危険運転致死傷罪(3条1項)」を、適宜、「本罪」又は「3条の危険運転致死傷罪」といって説明します。

アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転による危険運転致死傷罪(3条1項)の説明

 アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転による危険運転致死傷罪は、自動車運転死傷処罰法3条1項において、

アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は12年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は15年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

 本罪は、

アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させる行為を危険運転致死傷罪とするもの

です。

本罪の創設趣旨

 本罪が創設される以前は、アルコール又は薬物の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、そのことを運転者自身がわかっていながら自車を運転し、その結果、アルコール又は薬物のために正常な運転は困難な状態となって(この状態になったことは必ずしも運転者が認識していた必要はない)人を死傷させた場合、危険運転致死傷罪に該当せず、自動車運転過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪、法定刑: 7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)によって処罰することしかできませんでした。

 そこで、本罪は、こうした事案の悪質性や危険性の実態に応じた処罰をすることを目的として創設されました。

 本罪の法定刑は死亡事案の場合は15年以下の拘禁刑、負傷事案の場合は12年以下の拘禁刑です。

「3条の危険運転致死傷罪」と「2条の危険運転致死傷罪」との比較

 3条の危険運転致死傷罪は、2条の危険運転致死傷罪における危険運転行為と同等とまではいえないものの、なお危険性・悪質性が高いと認められる運転行為をあえて行い、客観的に「正常な運転が困難な状態」に陥って人を死傷させる行為を危険運転致死傷罪とし、その法定刑を、

  • 2条の危険運転致死傷罪(法定刑:人を負傷させた場合は15年以下の拘禁刑、人を死亡させた場合は1年以上の拘禁刑)

よりは軽く、

よりは重く定めるものです。

 2条の危険運転致死傷罪よりも法定刑が軽い理由は、3条の危険運転致死傷罪は、2条の危険運転致死傷罪よりも違法性及び責任非難の程度は低いためです。

 2条の危険運転致死傷罪は、実行行為が死傷結果を惹起する具体的な危険性があります。

 これに対し、3条の危険運転致死傷罪では、因果の経過として「正常な運転が困難な状態に陥る」ことを客観的要件としていますが、その認識は不要であり、実行行為(正常な運転に支障が生じるおそれのある状態で自動車を運転する行為)の危険性は抽象的なものにとどまり、その認識で足りるものとしていることから、2条の危険運転致死傷罪よりも違法性及び責任非難の程度は低いとされます。

 5条の過失運転致死傷罪よりも法定刑が重い理由は、アルコール又は薬物の影響により「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」で自動車を運転するという、相当程度の危険性があるのに、そのことを認識しながら運転行為に及び、その危険性が顕在化して「正常な運転が困難な状態」に陥り人を死傷させるという点で、過失犯である5条の過失運転致死傷罪よりは違法性及び責任非難の程度が高いためです。

本罪が適用される場面

 2条1号の危険運転致死傷罪が、その成立に

「正常な運転が困難な状態」であることの認識を必要としている

のに対し、本罪は、

「正常な運転が困難な状態」であることの認識を必要としていない点

に違いがあります。

 本罪は、

アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態にあることを認識しながら自動車を運転し、客観的には、アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥るという経過を経て、人を死傷させたものの、「正常な運転が困難な状態」の認識が認められない場合

に適用されることとなります。

 「正常な運転が困難な状態」の認識が認められない場合として、例えば、

  • 運転開始当初には酒の酔いが回っていなかったが、その後酔いが回って仮睡状態(「正常な運転が困難な状態」) に陥ったものの、仮睡状態に陥った時点で「正常な運転が困難な状態」にあることの認識を有しない場合
  • 運転開始前に摂取した薬物の薬理効果により突然意識を喪失し、「正常な運転が困難な状態」に陥って人を死傷させたが、意識を失った時点で、その状態にあることの認識を有しない場合
  • 被疑者に「正常な準転が困難な状態」の認識がなく、客観的にも「正常な運転が困難な状態」に陥って人を死傷させた状況が認められない場合

が挙げられます。

「アルコール」「薬物」 とは?

 本罪(3条1項)の「アルコール」「薬物」の意義は、2条1号の危険運転致死傷罪における「アルコール」「薬物」の意義と同じです。

 「アルコール」とは、アルコール飲料、酒類を意味します。

 ビール、日本酒、焼酎、酎ハイなどあらゆる酒類が該当します。

 「薬物」とは、

などが該当します。

 薬物の影響により正常な運転が困難な状態であったことの認定に当たっては、

  • 薬物の種類、効能、服用量
  • 事故前の状態、事故の態様、事故後の状況

などを総合的に考慮して判断されます。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは?

 本罪(3条1項)の「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、

  • 正常な運転が困難な状態にはいたっていないが、アルコール又は薬物の影響で自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度低下して危険な状態
  • そのような危険性のある状態になり得る具体的なおそれがある状態

の両者を含みます。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」がアルコールの影響による場合

 アルコールの影響による場合は、

道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当する程度のアルコール(血中アルコール濃度0.3mg/ml、呼気中アルコール濃度0.15mg/l以上)

を身体に保有している状態にあれば、通常は「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に当たり得ます。

 また、本罪は道路交通法違反(酒気帯び運転)のように客観的に一定程度のアルコールを身体に保有しながら自動車を運転する行為を処罰する罪ではなく、運転の危険性・悪質性に着目した罪です。

 そのため、例えば、アルコールの影響を受けやすい者について、酒気帯び運転罪に該当しないアルコール量(血中アルコール濃度0.3mg/ml、呼気中アルコール濃度0.15mg/l未満)を保有しているにとどまる場合であったとしても、自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度減退して危険性のある状態にあれば、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当します。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」が薬物の影響による場合

 薬物の影響による場合には、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」でることを認定するに当たっては、薬物やその薬理作用は多種多様であることから、個別に判断することになります。

 例えば、

薬理作用によって手足の動作に支障を来たし、意識が鈍麻する状態

は、薬物の影響により自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度減退していたとして、「正常な運転に支障を及ぼすおそれのある状熊」と認定され得ると考えられます。

「~の影響により」とは?

 本罪(3条1項)の「~の影響により」の意義は、2条1号の危険運転致死傷罪におけるそれと同じです。

 専らアルコール又は薬物の影響によることを要するものではなく、アルコール又は薬物が他の要因と競合して正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になった場合も含まれると解されています。

「正常な運転が困難な状態」とは?

 「正常な運転が困難な状態」とは、

道路や交通の状況などに応じた運転をすることが難しい状態

をいいます。

 例えば、

  • 酔いのために前方をしつかり見て運転することが難しい状態
  • 酔いのために自分が思ったとおりにハンドルやブレーキを操作することが難しい状態

が該当します。

故意

 本罪は、過失犯ではなく、故意犯であり、本罪が成立するためには故意が必要となります(故意犯の説明は前の記事参照)。

 本罪の故意は、

その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転したことの認識

です。

 その故意の内容として、「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態にあることの認識」があれば足り、具体的にいつの時点でそのような状態になるかまでを認識している必要はありません。

 「正常な運転が困難な状態に陥る」ことの認識は不要です。

 「正常な運転が困難な状態に陥る」ことは、客観的な因果の経過として本罪の成立を限定する要件であり、「よって」の後に置かれていることからも、実行行為の一部ではないことから、その点についての故意は不要となります。

 加えて、アルコールの影響に関する故意も必要であり、その故意は、

酒気帯び運転罪に該当する程度のアルコールを身体に保有していることについて認識

があれば足り、具体的なアルコールの保有量についてまで認識を要するものではありません。

 さらに、道路交通法違反(酒気帯び運転)の成立に必要な故意とは異なり、身体にアルコールを保有する状態であることの認識だけでは足りず、

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」を基礎付ける事実についての認識

も必要になります。

 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」を基礎付ける事実とは、例えば、

  • 飲酒量(酒気帯び運転に該当する程度のアルコールを飲酒していること)
  • 足がふらっくなどといった飲酒後の状況

が挙げられます。

アルコールの影響の受けやすさの違いによる故意の認定の考え方

 運転者がアルコールの影響を受けやすい人であった場合は、道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当しない程度のアルコール量でも客観的に「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にある場合には、故意の内容として、

自己がアルコールの影響を受けやすく、当該アルコール量により、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあることを認識していること

が必要となります。

 運転者が自らはアルコールの影響を受けにくいと認識していた場合については、客観的に「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあり、かつ、道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当する程度のアルコールを身体に保有していることを認識していたのであれば、通常は、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」について故意があるといえるとされます。

因果関係

 本罪が成立するためには、

  • 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転」したことと「正常な運転が困難な状態に陥ったこと」との間
  • 「正常な運転が困難な状態に陥ったこと」と「死傷結果」との間
  • 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転」したことと「死傷結果」との間

のいずれについても因果関係があることが必要となります。

罪数の考え方

2条の危険運転致死傷罪との関係

 ある運転行為が本罪と2条の危険運転致死傷罪の複数の類型に当たる場合においては、包括一罪になるものと解されています。

5条の過失運転致死傷罪との関係

 5条の過失運転致死傷罪は過失犯です。

 これに対し、本罪は、自動車の運転上必要な注意を怠った過失犯としてとらえるのではなく、故意に危険な運転行為を行った結果、人を死傷させる罪として構成された故意犯です。

 故意犯である本罪が成立する場合には、過失犯である5条の過失運転致死傷罪は成立しません。

道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転、薬物影響運転)との関係

 本罪の危険運転行為は、

  • 構成要件として、道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転、薬物影響運転)の罪を取り込んでいること
  • 本罪の法定刑が特に重く設定されていること

に照らし、本罪が成立する場合には、当該危険運転行為が同時に上記道交法違反行為に該当していても、別途道路交通法違反として成立することはなく、本罪のみが成立します。

 ただし、本罪の危険運転行為が構成要件として取り込んでいない上記以外の道路交通法違反の罪は、本罪とは別個に成立します。

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