前回の記事の続きです。
この記事では、「病気の影響により正常な運転に支障が生じる状態での運転による危険運転致死傷罪(3条2項)」を説明をします。
「病気の影響により正常な運転に支障が生じる状態での運転による危険運転致死傷罪(3条2項)」を、適宜、「本罪」又は「3条の危険運転致死傷罪」といって説明します。
病気の影響により正常な運転に支障が生じる状態での運転による危険運転致死傷罪(3条2項)の説明
病気の影響により正常な運転に支障が生じる状態での運転による危険運転致死傷罪は、自動車運転死傷処罰法3条2項において、
自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする
と規定されます。
「前項と同様とする」とは、3条1項の「人を負傷させた者は12年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は15年以下の拘禁刑に処する」の意味です。
本罪は、
自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、その結果、正常な運転が困難な状態に陥り人を死傷させた行為を危険運転致死傷罪とするもの
です。
本罪の創設趣旨
本罪が創設される以前は、病気の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、そのことを運転者自身がわかっていながら自車を運転し、その結果、病気のために正常な運転は困難な状態となって(この状態になったことは必ずしも運転者が認識していた必要はない)人を死傷させた場合、危険運転致死傷罪に該当せず、自動車運転過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪、法定刑: 7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)によって処罰することしかできませんでした。
そこで、本罪は、こうした事案の悪質性や危険性の実態に応じた処罰をすることを目的として創設されました。
本罪の法定刑は死亡事案の場合は15年以下の拘禁刑、負傷事案の場合は12年以下の拘禁刑です。
「3条の危険運転致死傷罪」と「2条の危険運転致死傷罪」との比較
3条の危険運転致死傷罪は、2条の危険運転致死傷罪における危険運転行為と同等とまではいえないものの、なお危険性・悪質性が高いと認められる運転行為をあえて行い、客観的に「正常な運転が困難な状態」に陥って人を死傷させる行為を危険運転致死傷罪とし、その法定刑を、
- 2条の危険運転致死傷罪(法定刑:人を負傷させた場合は15年以下の拘禁刑、人を死亡させた場合は1年以上の拘禁刑)
よりは軽く、
- 5条の過失運転致死傷罪(法定刑:7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)
よりは重く定めるものです。
2条の危険運転致死傷罪よりも法定刑が軽い理由は、3条の危険運転致死傷罪は、2条の危険運転致死傷罪よりも違法性及び責任非難の程度は低いためです。
2条の危険運転致死傷罪は、実行行為が死傷結果を惹起する具体的な危険性があります。
これに対し、3条の危険運転致死傷罪では、因果の経過として「正常な運転が困難な状態に陥る」ことを客観的要件としていますが、その認識は不要であり、実行行為(正常な運転に支障が生じるおそれのある状態で自動車を運転する行為)の危険性は抽象的なものにとどまり、その認識で足りるものとしていることから、2条の危険運転致死傷罪よりも違法性及び責任非難の程度は低いとされます。
5条の過失運転致死傷罪よりも法定刑が重い理由は、アルコール又は薬物の影響により「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」で自動車を運転するという、相当程度の危険性があるのに、そのことを認識しながら運転行為に及び、その危険性が顕在化して「正常な運転が困難な状態」に陥り人を死傷させるという点で、過失犯である5条の過失運転致死傷罪よりは違法性及び責任非難の程度が高いためです。
「自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気」とは?
本罪(3条2項)の「自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるもの」は、自動車運転死傷処罰法施行令3条1号~6号に規定されており、その内容は、
- 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する統合失調症(1号)
- 意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く)(2号)
- 再発性の失神(脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気であって、発作が再発するおそれがあるものをいう。) (3号)
- 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症(4号)
- 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈するそう鬱病(そう病及び鬱病を含む。)(5号)
- 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害(6号)
です。
「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは?
本罪(3条2項)の「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、
- 「正常な運転が困難な状態」であるとまではいえないが、自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が、そうではないときの状態と比べて相当程度減退して危険性のある状態
- そのような危険性のある状態になり得る具体的なおそれがある状態の両方を含む状態
をいいます。
例えば、
- 病気の症状が発現しつつある場合
- 意識を失うような発作の前兆症状が出ている場合
- 前兆症状は出ていないが、決められた薬を飲んでいないために運転中に発作のため意識を失うおそれがある場
- 意識喪失や急性の精神病状態に陥る具体的なおそれがある場合
が挙げられます。
「その走行中に」とは?
本罪(3条2項)の「その走行中に」とあるのは、危険運転の実行行為としての一連の運転行為終了までの間に、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあることを必要とするものです。
例えば、遠い将来において危険性のある状態になり得るという場合は「その走行中に」に当たりません。
「~の影響により」とは?
本罪(3条2項)の「~の影響により」の意義は、専ら病気の影響によることを要求するものではなく、病気が他の要因と競合して正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になった場合も含まれると解されています。
「正常な運転が困難な状態」とは?
「正常な運転が困難な状態」とは、
道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態
をいいます。
例えば、
- 意識を失うおそれがある病気(施行令3条2号、3号、4号、6号の病気) については意識を失っている状態
- 精神疾患(施行令3条1号、5号の病気)については急性の精神病状態に陥っている状態
であれば、これに当たります。
※ 急性の精神病状態とは?
数日単位で急に現れ、幻覚や妄想に加えて、明らかに病的な行動の型(極端な興奮や過活動、顕著な精神運動制止、緊張病性行動)がみられる状態をいいます。
このような状態においては、行動は幻覚や妄想に相当影響され、意思伝達や判断に重大な欠陥が認められるとされます。
故意
1⃣ 本罪は故意犯であり、本罪の故意があると認められるためには、
「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」で自動車を運転したことの認識
が必要です。
2⃣ 具体的にいつの時点でそのような状態になるかまでを認識している必要はありません。
3⃣ 「正常な運転が困難な状態に陥ること」は、客観的な因果の経過として本罪の成立を限定する要件であり、「よって」の後に置かれていることからも、本罪の実行行為の一部ではないことから、「正常な運転が困難な状態に陥ること」についての故意は不要です。
4⃣ 具体的な病名の認識までは不要です。
自動車の運転に支障を及ぼすような何らかの病気のために、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態にあることを認識していれば足ります。
例えば、
- 突然意識を失ったり眠りに落ちたりしてしまうなどの経験から症状を自覚していた場合
- 家族から注意されるなどして症状を認識し、そのような病気の症状の影響により、走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態にあることを認識していた場合
であれば、本罪の故意が認められます。
因果関係
本罪が成立するためには、
- 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転」したことと「正常な運転が困難な状態に陥ったこと」との間
- 「正常な運転が困難な状態に陥ったこと」と「死傷結果」との間
- 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転」したことと「死傷結果」との間
のいずれについても因果関係があることが必要となります。
罪数の考え方
2条の危険運転致死傷罪との関係
ある運転行為が本罪と2条の危険運転致死傷罪の複数の類型に当たる場合においては、包括一罪になるものと解されています。
5条の過失運転致死傷罪との関係
5条の過失運転致死傷罪は過失犯です。
これに対し、本罪は、自動車の運転上必要な注意を怠った過失犯としてとらえるのではなく、故意に危険な運転行為を行った結果、人を死傷させる罪として構成された故意犯です。
故意犯である本罪が成立する場合には、過失犯である5条の過失運転致死傷罪は成立しません。
道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転、薬物影響運転)との関係
本罪の危険運転行為は、
- 構成要件として、道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転、薬物影響運転)の罪を取り込んでいること
- 本罪の法定刑が特に重く設定されていること
に照らし、本罪が成立する場合には、当該危険運転行為が同時に上記道交法違反行為に該当していても、別途道路交通法違反として成立することはなく、本罪のみが成立します。
ただし、本罪の危険運転行為が構成要件として取り込んでいない上記以外の道路交通法違反の罪は、本罪とは別個に成立します。