自動車運転死傷処罰法

自動車運転死傷処罰法(15)~「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪(4条)」を説明

 前回の記事の続きです。

過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪(4条)の説明

 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪は、自動車運転死傷処罰法4条において、

アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転した者が、運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合において、その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、更にアルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させることその他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をしたときは、12年以下の拘禁刑に処する

と規定されます。

本罪の創設経緯

 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪は、

飲酒運転をして死傷事故を起こした際、危険運転致死傷罪の要件を判断する証拠をなくして重い処罰を免れる「逃げ得」を防止するため

に創設されました。

本罪の趣旨

 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪は、

アルコール等の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、過失により人を死傷させた場合において、その運転の時のアルコール等の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、アルコール等の影響についての証拠収集を妨げる行為を行った者について、これらの複合的な行為を一個の罪として処罰対象とするもの

です。

 アルコール及び薬物の影響による危険運転致死傷罪(2条1号3条1項)は、客観的に、アルコール及び薬物の影響により「正常な運転が困難な状態」にあったことを構成要件(成立要件)としていますが、交通事故を起こした後に犯人が逃走した場合は、アルコール又は薬物による影響の程度が立証できず、アルコール及び薬物の影響による危険運転致死傷罪(2条1号3条1項)で処罰することができなくなる場合があります。

 そうなれば、犯人に適正な処罰を与えることができなくなります。

 このような事態に対処する方策として、本罪が設けられているものです。

 アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、過失により人を死傷させた上、更に重い処罰を免れようとしてアルコール又は薬物の影響についての証拠収集を妨げるという行為に対し、本罪を適用することで、犯人に対し、適正な処罰を与えることができるものです。

 なお、本罪は、2条1号3条1項の危険運転致死傷が成立しない、又は、その立証ができない場合に適用されるので、2条1号3条1項の危険運転致死傷が成立する場合には、本罪は成立しません。

本罪の性質

 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪は、

  1. アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転するという故意行為
  2. 運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させるという過失行為
  3. アルコール又は薬物を摂取すること、その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させること、その他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為(免脱行為)

をするという故意行為からなる複合形態の罪です。

保護法益

 本罪の保護法益は、主として

  • 人の生命・身体

であり、免脱行為を構成要件とする点で、

  • 刑事司法作用

も保護法益とするものです。

法定刑

 本罪は、

  1. 道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転)
  2. 過失運転致死傷罪
  3. 証拠隠滅罪(アルコール及び薬物の有無程度の証拠を隠滅)

の各行為からなる複合形態の罪です。

 本罪の法定刑は12年以下の拘禁刑ですが、これは、

  • 証拠隠滅罪については刑法上、犯人が自ら行った場合には処罰対象とされていないことに鑑みて、①~③の各行為に対する罪の法定刑の合計より重い法定刑を規定することは相当ではないこと
  • 過失運転致死傷罪については、被害者を死亡させた場合と負傷させた場合とで法定刑が同じであり、本罪について死亡の場合と負傷の場合とで法定刑に差を設けることは相当ではないこと

が考慮され、本罪の法定刑が12年以下の拘禁刑とされたものです。

「アルコール」「薬物」 とは?

 本罪(4条)の「アルコール」「薬物」の意義は、2条1号の危険運転致死傷罪における「アルコール」「薬物」の意義と同じです。

 「アルコール」とは、アルコール飲料、酒類を意味します。

 ビール、日本酒、焼酎、酎ハイなどあらゆる酒類が該当します。

 「薬物」とは、

などが該当します。

 薬物の影響により正常な運転が困難な状態であったことの認定に当たっては、

  • 薬物の種類、効能、服用量
  • 事故前の状態、事故の態様、事故後の状況

などを総合的に考慮して判断されます。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは?

 本罪(4条)の「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」とは、

  • 正常な運転が困難な状態にはいたっていないが、アルコール又は薬物の影響で自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度低下して危険な状態
  • そのような危険性のある状態になり得る具体的なおそれがある状態

の両者を含みます。

 運転開始時には「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」であったとしても、その後の長時間の運転中にアルコールの影響が低下していき、死傷を生じさせた運転の時点では「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」でなくなっていた場合には、本罪は成立しないと解されています。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」がアルコールの影響による場合

 アルコールの影響による場合は、

道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当する程度のアルコール(血中アルコール濃度0.3mg/ml、呼気中アルコール濃度0.15mg/l以上)

を身体に保有している状態にあれば、通常は「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に当たり得ます。

 また、本罪は道路交通法違反(酒気帯び運転)のように客観的に一定程度のアルコールを身体に保有しながら自動車を運転する行為を処罰する罪ではなく、運転の危険性・悪質性に着目した罪です。

 そのため、例えば、アルコールの影響を受けやすい者について、酒気帯び運転罪に該当しないアルコール量(血中アルコール濃度0.3mg/ml、呼気中アルコール濃度0.15mg/l未満)を保有しているにとどまる場合であったとしても、自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度減退して危険性のある状態にあれば、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に該当します。

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」が薬物の影響による場合

 薬物の影響による場合には、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」でることを認定するに当たっては、薬物やその薬理作用は多種多様であることから、個別に判断することになります。

 例えば、

薬理作用によって手足の動作に支障を来たし、意識が鈍麻する状態

は、薬物の影響により自動車を運転するのに必要な注意力、判断能力、操作能力が相当程度減退していたとして、「正常な運転に支障を及ぼすおそれのある状熊」と認定され得ると考えられます。

「その運転上必要な注意を怠り」とは?

 本罪(4条)の「その運転上必要な注意を怠り」について、運転上必要な注意を怠り過失運転致死傷を起こしたことが、アルコール又は薬物の影響によることは要件とはされていません。

 アルコール又は薬物の影響と自動車運転上の過失との関連性は不要です。

 したがって、本罪の過失運転致傷は、アルコール又は薬物の影響とは無関係な過失でもよいです。

「~の影響により」とは?

 本罪(4条)の「~の影響により」の意義は、2条1号の危険運転致死傷罪におけるそれと同じです。

 専らアルコール又は薬物の影響によることを要するものではなく、アルコール又は薬物が他の要因と競合して正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になった場合も含まれると解されています。

「その他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為」とは?

 本罪(4条)の「その他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為」としては、4条の条文に例示されている

  • 「更にアルコール又は薬物を摂取すること」
  • 「その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させること」

と同様に、

身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を増減させることによって、運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚を免れるべき行為であることが必要

と考えられています。

 例えば、

  • 身体に保有するアルコールを急速に分解する薬物を摂取する行為

は「その他その影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為」に当たり得えます。

 しかし、例えば、

  • 同乗者を身代わりに立てる行為
  • 飲んだ酒の空き缶が警察に見つからないように処分する行為

だけでは、直ちに免脱行為に当たらないと解されています。

 ただし、運転者が身代わりの依頼をしただけでなく、依頼を受けた者が身代わりとして現場に駆けつけた警察官に申告するなどして、一定の時間、搜査が運転者に及ばず、その間に、運転者が身体に保有するアルコールの濃度を減少させたときは、免脱行為に当たり得ると解されています。

免脱行為の該当基準

 アルコール又は薬物の影響により過失運転致死傷罪を起こしたことを捜査機関に発覚することを免れるための行為(免脱行為)に当たるといえるためには、当該行為の結果、「その影響の有無又は程度が発覚すること」を現に免れたことまでは必要ありませんが、

運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えることができる程度の行為

がなされる必要があります。

 なので、「その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を低下させる」行為について、その場から離れた後に一定程度の時間が経過するなどしたことで、運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与える程度にアルコール等の濃度が低下した場合には免脱行為に当たります。

 しかし、「その場を離れ」たものの、極めて短時間のうちに現場に戻り警察官等への報告を行うなど運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えない程度の濃度しか低下していない場合は、免脱行為には当たらないと解されています。

故意

 本罪は、過失犯ではなく、故意犯であり、本罪が成立するためには故意が必要となります(故意犯の説明は前の記事参照)。

 本罪が成立するには、以下の1⃣と2⃣の両方の故意が必要です。

1⃣ 本罪の故意は、

その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転したことの認識

です。

 その故意の内容として、「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態にあることの認識」があれば足り、具体的にいつの時点でそのような状態になるかまでを認識している必要はありません。

 「正常な運転が困難な状態に陥る」ことの認識は不要です。

 「正常な運転が困難な状態に陥る」ことは、客観的な因果の経過として本罪の成立を限定する要件であり、「よって」の後に置かれていることからも、実行行為の一部ではないことから、その点についての故意は不要となります。

 加えて、アルコールの影響に関する故意も必要であり、その故意は、

酒気帯び運転罪に該当する程度のアルコールを身体に保有していることについて認識

があれば足り、具体的なアルコールの保有量についてまで認識を要するものではありません。

 さらに、道路交通法違反(酒気帯び運転)の成立に必要な故意とは異なり、身体にアルコールを保有する状態であることの認識だけでは足りず、

「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」を基礎付ける事実についての認識

も必要になります。

 「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」を基礎付ける事実とは、例えば、

  • 飲酒量(酒気帯び運転に該当する程度のアルコールを飲酒していること)
  • 足がふらっくなどといった飲酒後の状況

が挙げられます。

アルコールの影響の受けやすさの違いによる故意の認定の考え方

 運転者がアルコールの影響を受けやすい人であった場合は、道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当しない程度のアルコール量でも客観的に「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にある場合には、故意の内容として、

自己がアルコールの影響を受けやすく、当該アルコール量により、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあることを認識していること

が必要となります。

 運転者が自らはアルコールの影響を受けにくいと認識していた場合については、客観的に「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」にあり、かつ、道路交通法違反(酒気帯び運転)に該当する程度のアルコールを身体に保有していることを認識していたのであれば、通常は、「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」について故意があるといえるとされます。

2⃣ 本罪の行為である

  1. アルコール又は薬物の影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転する行為
  2. 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させる行為
  3. 免脱行為

のうち、①及び③の行為については、その故意を要します。

 ③の免脱行為については、「アルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的」が必要です。

 その趣旨は、アルコール又は薬物の影響の発覚を「免れる目的」とは全く別の目的で「その場を離れたような当罰性の認められない場合を本罪の対象から除外することにあり、積極的な原因・動機を要求するものではありません。

 したがって、例えば、現場を離れてアルコール又は薬物の濃度を低減させる行為を、その旨を認識して行ったときは、通常は、アルコール又は薬物の影響が発覚することを免れる目的があったことも認められます。

 また、他の目的(例えば犯人性の発覚を免れる目的)が併存していても、本罪の目的に欠けるところはありません。

 ②の死傷結果の故意は、自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させる行為の時点においては不要ですが、その後の免脱行為の時点では、人の死傷の結果が生じていることの認識が必要です。

 これは、免脱行為とは、人の死傷の結果を生じさせた運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度の発覚を免れる行為であって、人の死傷を当然の前提としていることによります。

 物損事故を起こしたという認識しか有しないで免脱行為をした場合に、本罪が適用され得ることとするのは適当でないとされます。

成立時期

 免脱行為のうち「その場を離れて身体に保有するアルコール又は薬物の濃度を減少させる」行為については、

その場から離れて一定程度の時間を経過させるなどアルコール又は薬物の濃度に変化が生じる程度に至らしめるなどして、運転時のアルコール等の影響の有無又は程度の発覚に影響を与えることができる程度の濃度減少に達した時点

で、本罪が成立するものと考えられています。

 これは、本罪は、身体のアルコール又は薬物の濃度という重要な証拠収集・保全を妨げることに高い違法性・責任非難があるという観点から設けられた罪なので、証拠収集・保全を妨げ得る状態に達することが必要であるためです。

共犯

 事故を起こした運転手が、アルコール又は薬物の影響の発覚を免れるために免脱行為に、第三者が加功しても、その免脱行為のみ加工した第三者に対しては、本罪の共犯(共同正犯)は成立しません。

 しかし、運転手の刑事事件の証拠隠滅を図ったことになるので、その第三者に対し、証拠隠滅罪刑法104条)が成立します。

罪数の考え方

2条1号と3条1項の危険運転致死傷罪との関係

 本罪は、2条1号3条1項の危険運転致死傷罪を補充するものなので、2条1号又は3条1項の危険運転致死傷罪が成立する場合には、本罪は成立しません。

5条の過失運転致死傷罪との関係

 本罪は、過失運転致死傷罪の構成要件を完全に取り込んだものであること、本罪の法定刑が相当に重く設定されていることに照らし、本罪が成立する場合には、5条の過失運転致死傷罪は成立しません。

道路交通法違反との関係

 本罪の免脱行為のうち、「その場を離れて…」の行為による場合と道路交通法違反(被害者の不救護、事故の不申告)との罪数関係が問題となります。

1⃣ 道路交通法違反(被害者の不救護、事故の不申告)との関係について、本罪は作為犯であり、道路交通法違反(被害者の不救護、事故の不申告)は不作為犯であるという点が異なります。

 そして、本罪は、道路交通法違反(被害者の不救護、事故の不申告)と異なり、単にその場から立ち去ることにより直ちに成立する罪ではないので、本罪と道路交通法違反(被害者の不救護、事故の不申告)とは併合罪の関係になります。

2⃣ 道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転)との関係については、本罪は、飲酒運転、過失運転致死傷罪、証拠隠滅罪の複合形態の罪として相応の法定刑としていることなどから、本罪が成立する場合に、同時に酒気帯び運転行為や酒酔い運転行為がなされていても、別個にこれらについて道路交通法違反(酒気帯び運転、酒酔い運転)は成立しません。

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