被害者の承諾がある場合は強制性交等罪は成立しない
性交することに対し、被害者の真意に出た承諾がある場合には、強制性交等罪(刑法177条)は成立しません。
暴行・脅迫があったとしても、被害者の承諾がある場合には、暴行・脅迫によって強制性交したとはいえないから、 違法性阻却というより、構成要件該当性を欠くこととなり、強制性交等罪の成立が否定されることになります。
被害者の承諾は黙示の承諾でもよい
性交することに対する被害者の承諾は、自由な意思決定に基づく真意の承諾であることが必要です。
そのようなものである限り、黙示の承諾でもよいとされます。
参考となる判例として以下のものがあります。
盛岡地裁判決(昭和33年5月28日)
姦淫について暗黙の承諾があったと認め、無罪を言い渡した事例です。
裁判官は、
- 被告人は、A女に対し、人通りのない暗がりの細い山道に連れ出して手を引っぱったり、押し倒したりなどしたうえ、A女のズボン及びズロースを引き下げ姦淫しようとしたのではあるが、他方、A女が被告人に誘われるまま右山道に入り、ときには被告人より先に歩いて行き、また相当時間、被告人と話をして自分の家の様子など打明け、被告人に好意を示したこと、三人連れの男の一人から関係を求められたとき、大声を出したり、足蹴りしたり、相当強い反抗の態度を示したにもかかわらず、被告人に対してはそれ程の態度に出なかったこと、被告人がA女の側を立ち去ったまま戻ってこなかったので、自分を好いていないのだと思いがっかりし、かつまた憤慨したこと、本件が未遂に終っているにかかわらず、被告人に対し自分でもその非を認め、是非会いたいから訪ねて来てもらいたいというような手紙を出したり、通常この種の事件に見られる金品の授受もないのに、心よく告訴取下書を書いたこと等の事実から、本件当時におけるA女の心理状態を究明すると、A女もまた年若い男性に対して少からぬ好奇心を抱いており、被告人と話をしているうちに次第に打ち解け、被告人に好意をもつようになり、被告人の前示所為に対し、一応は反抗の態度を示したけれども、内心では被告人においてさらに積極的に肉体関係を求めてくる場合には、これに応じないわけではないとの気持になっていたものと認められる
- すなわち、A女は被告人から姦淫されることを積極的に求めていたものでないことはもとよりであるが、自分の好意を抱く被告人があくまでその所為に出るときにおいても強く反抗しようとする程の意思をもっていたものではなく、いわば姦淫されることにつき、暗黙のうちに承諾していたものとみるべきであるから、結局、被告人がA女の意思に反し強いて姦淫しようとしたということはできない
と判示し、強姦未遂(現行法:強制性交等未遂)の成立を否定し、無罪を言い渡しました。
東京高裁判決(昭和43年11月28日)
被害者の形式的な承諾をしただけであるとし、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の成立を認めました。
共犯者4名が被害者A子に馬乗りになるなどして姦淫をしようとした後、被告人がA子に対し、「いいか」といって性交の同意を求め、A子が「いい」と答えた後、姦淫した行為について、裁判官は、
- 被告人において、殊更被害者に特段の暴行を働かなかったとしても、もとより本件共同正犯としての刑責を免がれ得る筋合ではない
- ましてや、仮に被告人が、その本件所為におよんだ際、「いいか」といつて了解を求めたのに対し、被害者において「いい」と答えたにしたところで、右のごとき経緯、ないし当時の状況からみて、その答えがA子の自由な真意に基づく承諾と考え得られないものであることはいうまでもない
と判示し、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の成立を認めました。
被害者をだまして強制性交の承諾を得た場合は、有効な性交の承諾とはいえず、準強制性交等罪の成立が認められる
被害者をだまして強制性交の承諾を得たような場合には、錯誤に基づく承諾であって、有効な承諾とはいえません。
このような場合には、暴行・脅迫がないのが通常なので、強制性交等罪には当たらないこととなり、準強制性交等罪(刑法178条)の成立の問題となります。
名古屋地裁判決(昭和55年7月28日)
にせ医師が治療行為に仮装し、被害者の承諾を得て姦淫した場合について、準強姦罪(現行法:準強制性交等罪)の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 刑法178条にいう「抗拒不能の状態」には、被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができない身体的抗拒不能に基づく場合と被害者が姦淫行為に対して心理的に抵抗することができない心理的抗拒不能に基づく場合があるところ、身体的抗拒不能とは、被害者の身体が緊縛されている場合の如く、姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合や、身体的機能の傷害などのため被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合をいい、心理的抗拒不能とは、催眠、恐怖、驚愕、錯誤などのため、被害者が姦淫行為自体を認識することが十分に期待できないと評価される場合や、更に進んで被害者が姦淫行為自体を認識できたとしても、自由なる意思のもとに行動する精神的余裕が失われ、被害者が姦淫行為に対して抗拒することが期待できないと評価される場合をいうと解するのが相当である
- 被告人は、被害者あるいはその近親者、友人の氏名を確認して、被害者に近づき、巧みに警戒心を解かせて、喫茶店へ誘い込み、同所において自己が医師であると思い込ませ、母親など近親者が性病、梅毒に罹患しているため、被害者もそれが遺伝しているおそれが強く、近親者からの依頼で検査が必要であり、しかも公然と検査をすれば戸籍に登載されるとか、近親者から特に秘密のうちに検査してほしいと依頼されているなど言葉巧みに虚言を弄して、被害者をして病院以外の場所で被告人の検査を受けるほかないものと思い込ませて、ホテルへ誘い込み、その場で更に医師を装って性病、梅毒の症状等をもっともらしく述べ、被害者にますます誤信の度を深めさせて、性病、梅毒検査の方法、結果などについて虚偽の説明をし、不安にかられた被害者がその検査に同意をせざるをえない心理状態に追い込み、正規の検査方法を装って判示の如く避妊用ゼリーを検査薬と偽ってその膣内に注入し、被害者に対して、同女らが予想もしていなかった、性病、梅毒に罹患しているとの検査結果が出たと告知して、被害者を驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れたうえ、被害者が被告人を権威ある医師と誤信しその言動に無批判に誘導されてしまう心理状態にあるのに乗じさらにその治療方法は被告人との性交によるほかはないと言葉巧みに申し向けて、前記の如き心理状態にある被害者をして自己の罹患している梅毒をひそかに治すためには被告人の説明どおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信させて治療行為に仮装して姦淫するに至ったことが認められる
- なお、医師Y作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によると、同医師は、犯行当時における被害者らは、被暗示性の昂進した精神状態であって、権威ある医師と誤信している被告人の言動に無批判に誘導されてしまう状態であり、催眠状態ではないが、催眠下と類似した意識状態であったと説明する
- 叙上の認定によれば、被害者は、被告人を権威ある医師と誤信し、被害者の心理状態に即応した被告人の極めて効果的な言動により、驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れられ、当時の状況からして自由なる意思のもとに行動する精神的余裕を失い、被告人の説明するとおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信し、姦淫行為を拒否することは期待できない状態、即ち心理的に刑法178条にいう「抗拒不能の状態」にあったものといわざるをえない
と判示し、準強姦罪(現行法:準強制性交等罪)の成立を認めました。
承諾は暴行・脅迫の開始時には存在していなければならない
性交に対する被害者の承諾は、暴行・脅迫の開始時には存在していなければなりません。
もし、暴行・脅迫の開始後に、性交に対する被害者の真意の承諾がなされた場合には、強制性交等罪の既遂は成立しませんが、未遂が成立することになります。
そもそも、このような場合には、特段の事情がない限り、被害者の真意の承諾があったと認定すべきではないと考えられます。
承諾は、被害者に本人の承諾に限る
性交の承諾という事柄の性質上、被害者本人の承諾に限られます。
親権者等の承諾があったとしても、被害者本人の承諾がなければ、強制性交等罪が成立します。
たとえば、母親が娘と男性Aが性交することに同意していたとしても、娘本人が性交を嫌がっている場合で、男性Aが暴行・脅迫を加えて娘と無理やり性交すれば、男性Aに対し、強制性交等罪が成立します。
また、上記のケースで娘が13歳未満であった場合は、刑法177条後段に規定により、男性Aが娘に暴行・脅迫を加えなくても、強制性交等罪が成立します。
親が子を強制性交した場合でも強制性交等罪が成立する
親が子を強制性交した場合でも強制性交等罪が成立します。
参考となる判例として、以下のものがあります。
東京地裁判決(昭和36年3月30日)
父親が15歳の娘を強姦した事案で、裁判官は、
- 暴行をもって婦女を姦淫した以上、強姦罪の成立することは明白であつて、その婦女の近親であるか否かによつて左右されるものでない
と判示し、強姦罪(現行法:強制性交等罪)の成立を認めました。
刑法177条後段の13歳未満の者に対する性交は被害者の承諾がなくても強制性交等罪が成立する
刑法177条後段の13歳未満の者に対する強制性交等罪の成立を認めるに当たっては、被害者の性交に対する承諾の有無を問いません。
つまり、被害者の性交に対する承諾があったとしても、刑法177条後段の強制性交等罪が成立します。
この点について判示した以下の判例があります。
大審院判決(大正14年8月6日)
裁判官は、
- 刑法177条後段の犯罪は、13歳未満の婦女の承諾を得て、これを姦淫したるときにおいても成立するものとす
と判示しました。
なお、13歳未満の者の親権者などが代わりに性交に対する承諾した場合でも、刑法177条後段の強制性交等罪は成立しません。